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収監令嬢・蛇足の舞台裏 ~神々の事情~
男神の回顧録Last・男神の未来【後日談】
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『リンドブロムの聖女』の舞台が幕を下ろした、二か月後。
“ちょっと、いい? セルフィスの耳に入れておきたいことがあるの”
と、スラァ様が久しぶりにわたしに連絡を寄越してきた。
その日わたしはマユが『聖女の匣迷宮』と名付けた領域で過ごしていて、時刻は地上で言うところの真夜中。
マユはわたしの隣で静かに寝息を立てていた。
「……何でしょう?」
そっとベッドから起き出し、居間まで移動してから返事をする。
音を立てないようにゆっくりとソファに腰かけると、スラァ様がすうっと息を吸い込む音が聞こえた。
“日本の『繭』が、死んだわ”
「えっ……」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
しかし反射的に、脳裏に一つの映像が浮かび上がる。
わたしの横を、黒く長い髪を靡かせた少女が走り抜けた。
伸ばした手。もう一人の少女と共に、その身体はホームの向こうへ消える。
日本の『繭』……そうだ、魂の緒を残してきた、マユの本当の身体。
わたしが最初に惹かれた、あの美しく逞しい少女。
“一度も意識を取り戻すことなく、そのまま。……まぁそうね、本人はこっちにいるのだし”
「……」
相槌ぐらい打たねばならないと思ったが、どうしても言葉にならなかった。
確かに、あと数年の命だとは聞いていた。だけど……こんな、あっけなく。
そうだ。わたしは――『繭』を殺したのだ。
本来なら、地球の日本で生き永らえるはずだった、彼女を。
“欠損した魂をどうにかできないかしら、と行ってみたんだけど、やっぱり無理だったわ。身体から煙のように抜け出て、そのまま消滅してしまったの”
「……」
後頭部に巨大な岩を載せられたかのように、頭がひとりでに下がっていく。首から背中にかけて嫌な痺れが走り、身動きが取れない。
頭の中で大きな鐘を打ち鳴らされたように、グラグラと視界が揺れる。
わたしが犯してしまった罪は、結局消えることは無いのか。
日本にもし残っていたら、マユはどんな人生を歩んでいたのだろう。
こんな『もし』は、考えても仕方がないことだとはわかっているが。
「今の……この世界のマユに、何か影響はあるのでしょうか?」
“それはないわ。完全に分離してしまったんだもの”
「……」
完全に分離した。
だからこそマユの魂は欠けたままで、日本の繭は死んでしまったのだ。
「マユは……ここで天寿を迎えた場合、どうなるのでしょうか」
“難しいところね。欠けながらも丸い珠になり、天頂部での浄化に耐えられれば転生できるけど、そうでなければまた消滅の危機だわ”
「……」
消滅――マユが、世界から完全に消える。
だったら……わたしがしたことは、結局何だったのだ。単なる延命処置か。
どうあがいても、本当の意味でマユを助けることはできないのか。
“ちょっと、ちゃんと最後まで話を聞いて。このことを伝えたのは、別にセルフィスを凹ませるためじゃないわ”
スラァ様の焦ったような声に、我に返る。
暗闇の中で一つ深呼吸をし、ソファに深く座り直した。
「……何ですか?」
“マリアンセイユの人生を、ちゃんと歩ませてあげて。充実させなさい”
「……え?」
人生をちゃんと歩ませる? 充実させる?
どういう意味だ?
“ただ慈しみ、愛すだけじゃなくて。色んな事を経験させてあげて。普通の人生の何倍もの感情を味わうことができれば……それだけ魂が『生きてる』と感じれば、魂の欠損は補える”
「……」
“オリジナルのマリアンセイユの魂、覚えてるでしょう? 生きてるのに、小さく丸くなってしまった彼女の珠を”
「はい」
マユの魂を入れるために身体から抜いたマリアンセイユの魂の珠は、既にわたしの手には無い。
物語が幕を閉じたときに天へと返したが、天頂部の浄化には耐えられないと判断され、プリーベ様の元へ還ったのだ。
“身体が生きていても、本人に生きる気力が無ければああなってしまうの。だけど、ちゃんと心さえ生きていれば、どれだけでも強くなれるから”
「そうなんですか?」
“ええ”
「……」
わたしがマユの人生を彩るのか。この世界の支配者、魔王として。
マユが退屈することのないように。嬉しいこと楽しいことだけじゃない、辛く悲しいことも、必要以上に遠ざけることなく。
それでも、見守ることすらままならなかった頃に比べれば。
嘘でしか接することができなかったあの頃に比べれば、傍で本当の言葉を伝えられる今の方が、どれだけ幸せだろう。
「わかりました。やってみます」
“ただ……浄化に成功したら、マリアンセイユはセルフィスのことを忘れるわよ。それはいいの?”
「わかりません。それは、そのときになってみなくては」
するりと出た言葉は、自分でも意外なものだった。
“え……”
スラァ様の、やや驚いたような声が聞こえる。
わたしも、少し不思議だった。
でも、忘れてほしくないとか、ずっと一緒にいたいとか、そういう気持ちが無い訳ではなく……ただ素直に『未来はわからない』と思ったのだ。
舞台の裏側にいたとき、こうしようああしようと考えていたことは、何一つその通りにはならなかった。
しかしわたしが考えた筋書きなんかより、マユが選び取った結末の方が何倍も重厚で美しく、そして鮮やかだった。
マユの成長はわたしの予想を遥かに越えた。そして今後も、後に語り継がれる聖女としてこの世界を駆け巡るのだろう。
そしてそんなマユが、わたしはたまらなく愛しい。
「でも……マユがその寿命を終えるとき、わたしは必ず傍にいます。そのときにマユが何を想い、何を望むか。それを聞いて、決めます」
“……そう”
「そして、もしマユが『生まれ変わっても一緒にいたい』と言ってくれたら、そのときはスラァ様、よろしくお願いします」
“ええ……ええっ!?”
どうやらしんみりとしていたらしいスラァ様が、急に頼みごとをされて素っ頓狂な声を上げる。
“お願いって、何よ?”
「わたしとマユを同じ世界で出会えるようにしてください。……スラァ様が紡ぐ物語の中で」
“ええっ!?”
「今度は平凡な家庭を作ってみたいとも思うので、村人Aとかでいいですよ。その頃には二級神じゃないですか?」
“そんな簡単に行くわけないでしょー!”
「……そうですか」
スラァ様なら器の世界の住人を大事に扱ってくれそうだと思ったのだが。
やや残念に思いながら相槌を打つと、スラァ様は
“うーん……まぁ、目指してはみるけどね”
と、まんざらでもないようだった。
“実は、紡いでみたい物語はあるのよ”
「どんな物語ですか?」
“世界を救った勇者が、その最果ての地で女の赤ちゃんを拾うの”
「世界を救う冒険譚じゃないんですね」
“そう、終わったあと。遅すぎた救済に世界はすっかり荒廃してしまっていて、勇者は絶望するの。だけどそこで赤ちゃんを拾って、この子を育てる決意をするの”
「……」
少しだけ、嫌な予感がする。
ひょっとして、その元勇者とやらをわたしにさせるつもりなのだろうか。
“元勇者は世界を更生させるための旅をしながら育てるんだけど、女の子が美しく成長するにつれて娘に強く惹かれてしまうの”
「え……」
“だけどそんなことは許されない、と養父である自分と男である自分の間でもがき苦しむのよ。主人公を慕う元仲間の魔法使いや、成長した少女に言い寄る剣士も関わってきて……”
「とても粘度が高そうな物語ですが」
“それがいいんじゃない! 二人の関係性に世界の真実とか少女の背景とかいろいろ絡んでくるのよ。これ、どう!?”
「どう、と言われても。まさか、マユをその少女にするつもりですか」
“そうそう! マルチエンディングだけど、ちゃんと『娘と結婚』エンドもあるし”
「背徳的な匂いまでしますね。平凡はどこへ行ったのでしょうか」
“あんた、自分のキャラを解ってないわね。平凡な生活を送るなんて無理よ”
「……」
随分な言われ方だ、と思っているとスラァ様が
“まぁ、それはさておき……そろそろ時間ね”
とやや声を和らげた。
“そろそろ切るわ。いい加減、限界でしょう”
「……はい」
“じゃあね”
スッとスラァ様の気配が消える。その瞬間、体中から冷たい汗が噴き出て、わたしは思わずソファの背もたれに体重を預けた。
さっきから後頭部がズキズキと痛みを訴えてきている。わたしが発明した『女神のロッド』は、便利だが体への負担が大きく、いつまでも慣れない。
いや……この痛みは、やはり『繭』の死の衝撃のせいか。
スラァ様が紡ぐ物語――スラァ様も、わたしの気を紛らわせるためにそんな話をしてくれたのだろう。
しかしそんな未来の話をしても、この忌まわしい過去が消える訳ではない。わたしがセルフィスである限り、付き纏う事実。
勿論わたしも、自分の罪を忘れていた訳ではない。
……だけど。
いつもならこのまま魔王城に戻るのだが、今夜は到底そんな気にはなれなかった。
再びマユの寝室に戻り、そっとベッドに入る。
「……ん」
端の方へ転がっていたマユはその気配に気づいたのか、コロンと寝返りを打つ。そしてそのままわたしの方へモゾモゾと近づき、ギュッと胸元を掴んだ。
愛しくて切なくて、嬉しいような苦しいような複雑な気持ちになる。
両腕を広げ、その輪の中にマユを招き入れると、そっと抱きしめた。
マユの心臓の音と健やかな寝息とぬくもりが、わたしの頭痛を和らげてくれるような気がする。
* * *
結局わたしは、最初から最後までマユに甘えっぱなしだったのだな、と思う。
このときも翌朝まで寝入ってしまい、さらにマユが甘いのいいことにだいぶん我儘を言ってしまったのだが。
そうか、閉じ込めていては駄目なのか……。なるべくマユの好きなようにやらせなくては。
そう思い実行に移してみたが、そうするとマユは何らかの問題を引き起こしてしまうので、これはこれで頭を悩ませてしまう。
しかし、日々こうして言葉を交わし――『魔王』と『聖女』としてこの世界を生き抜くことができれば。
失敗を繰り返しながらも、共に歩んでいくことができたなら。
その先に待ち受けるわたしたちの物語の結末は、きっと満足のいくものになっていると思う。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、セルフィス」
「何ですか?」
「セルフィスって、セルフィスって名前なの?」
「……どういう意味でしょう?」
「魔王に名前はないって、ムーンが言ってたのよ」
「そうですね。魔王にはないですが、わたしにはあります」
「……ん? どういう意味?」
「真の名ですよ。だからわたしは、マユに縛られたのかもしれませんね」
「え、そうなの?」
「……なぜそんなガッカリした顔をするんです?」
「だって、名前で縛っただけ? それだけ? 私のこういうところが良かった、とかじゃないの?」
「それはそうですよ、勿論」
「え、どこどこ?」
「うーん……難しいですね、言葉で説明するのは」
「やっぱり無いんじゃない! いつか魔法、解けちゃう?」
「ああ、それを心配してるのですか。本当に可愛いですね、マユは」
「誤魔化さないでよ!」
「わたしは魔王ですよ? マユに名付けの魔法だけで縛られる訳が無いでしょう」
「……それもそうか……」
「それより、この世界の話をしましょうか。この世界の現状……そして未来に訪れる可能性のある危機を」
「うん!」
「マユも魔獣訪問を終えて、聖女っぽくなってきましたしね」
「聖女っぽく、ってナニ……? その程度なの?」
魔界の中心、魔王城。
そこでは、神すらも予想できなかった魔王と聖女の会話が繰り広げられている。
――飽きることなく、ずっと。
- Complete -
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『蛇足の舞台裏』はこれにて終了。
残すは『収監令嬢・アフターエピソード』です。
“ちょっと、いい? セルフィスの耳に入れておきたいことがあるの”
と、スラァ様が久しぶりにわたしに連絡を寄越してきた。
その日わたしはマユが『聖女の匣迷宮』と名付けた領域で過ごしていて、時刻は地上で言うところの真夜中。
マユはわたしの隣で静かに寝息を立てていた。
「……何でしょう?」
そっとベッドから起き出し、居間まで移動してから返事をする。
音を立てないようにゆっくりとソファに腰かけると、スラァ様がすうっと息を吸い込む音が聞こえた。
“日本の『繭』が、死んだわ”
「えっ……」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
しかし反射的に、脳裏に一つの映像が浮かび上がる。
わたしの横を、黒く長い髪を靡かせた少女が走り抜けた。
伸ばした手。もう一人の少女と共に、その身体はホームの向こうへ消える。
日本の『繭』……そうだ、魂の緒を残してきた、マユの本当の身体。
わたしが最初に惹かれた、あの美しく逞しい少女。
“一度も意識を取り戻すことなく、そのまま。……まぁそうね、本人はこっちにいるのだし”
「……」
相槌ぐらい打たねばならないと思ったが、どうしても言葉にならなかった。
確かに、あと数年の命だとは聞いていた。だけど……こんな、あっけなく。
そうだ。わたしは――『繭』を殺したのだ。
本来なら、地球の日本で生き永らえるはずだった、彼女を。
“欠損した魂をどうにかできないかしら、と行ってみたんだけど、やっぱり無理だったわ。身体から煙のように抜け出て、そのまま消滅してしまったの”
「……」
後頭部に巨大な岩を載せられたかのように、頭がひとりでに下がっていく。首から背中にかけて嫌な痺れが走り、身動きが取れない。
頭の中で大きな鐘を打ち鳴らされたように、グラグラと視界が揺れる。
わたしが犯してしまった罪は、結局消えることは無いのか。
日本にもし残っていたら、マユはどんな人生を歩んでいたのだろう。
こんな『もし』は、考えても仕方がないことだとはわかっているが。
「今の……この世界のマユに、何か影響はあるのでしょうか?」
“それはないわ。完全に分離してしまったんだもの”
「……」
完全に分離した。
だからこそマユの魂は欠けたままで、日本の繭は死んでしまったのだ。
「マユは……ここで天寿を迎えた場合、どうなるのでしょうか」
“難しいところね。欠けながらも丸い珠になり、天頂部での浄化に耐えられれば転生できるけど、そうでなければまた消滅の危機だわ”
「……」
消滅――マユが、世界から完全に消える。
だったら……わたしがしたことは、結局何だったのだ。単なる延命処置か。
どうあがいても、本当の意味でマユを助けることはできないのか。
“ちょっと、ちゃんと最後まで話を聞いて。このことを伝えたのは、別にセルフィスを凹ませるためじゃないわ”
スラァ様の焦ったような声に、我に返る。
暗闇の中で一つ深呼吸をし、ソファに深く座り直した。
「……何ですか?」
“マリアンセイユの人生を、ちゃんと歩ませてあげて。充実させなさい”
「……え?」
人生をちゃんと歩ませる? 充実させる?
どういう意味だ?
“ただ慈しみ、愛すだけじゃなくて。色んな事を経験させてあげて。普通の人生の何倍もの感情を味わうことができれば……それだけ魂が『生きてる』と感じれば、魂の欠損は補える”
「……」
“オリジナルのマリアンセイユの魂、覚えてるでしょう? 生きてるのに、小さく丸くなってしまった彼女の珠を”
「はい」
マユの魂を入れるために身体から抜いたマリアンセイユの魂の珠は、既にわたしの手には無い。
物語が幕を閉じたときに天へと返したが、天頂部の浄化には耐えられないと判断され、プリーベ様の元へ還ったのだ。
“身体が生きていても、本人に生きる気力が無ければああなってしまうの。だけど、ちゃんと心さえ生きていれば、どれだけでも強くなれるから”
「そうなんですか?」
“ええ”
「……」
わたしがマユの人生を彩るのか。この世界の支配者、魔王として。
マユが退屈することのないように。嬉しいこと楽しいことだけじゃない、辛く悲しいことも、必要以上に遠ざけることなく。
それでも、見守ることすらままならなかった頃に比べれば。
嘘でしか接することができなかったあの頃に比べれば、傍で本当の言葉を伝えられる今の方が、どれだけ幸せだろう。
「わかりました。やってみます」
“ただ……浄化に成功したら、マリアンセイユはセルフィスのことを忘れるわよ。それはいいの?”
「わかりません。それは、そのときになってみなくては」
するりと出た言葉は、自分でも意外なものだった。
“え……”
スラァ様の、やや驚いたような声が聞こえる。
わたしも、少し不思議だった。
でも、忘れてほしくないとか、ずっと一緒にいたいとか、そういう気持ちが無い訳ではなく……ただ素直に『未来はわからない』と思ったのだ。
舞台の裏側にいたとき、こうしようああしようと考えていたことは、何一つその通りにはならなかった。
しかしわたしが考えた筋書きなんかより、マユが選び取った結末の方が何倍も重厚で美しく、そして鮮やかだった。
マユの成長はわたしの予想を遥かに越えた。そして今後も、後に語り継がれる聖女としてこの世界を駆け巡るのだろう。
そしてそんなマユが、わたしはたまらなく愛しい。
「でも……マユがその寿命を終えるとき、わたしは必ず傍にいます。そのときにマユが何を想い、何を望むか。それを聞いて、決めます」
“……そう”
「そして、もしマユが『生まれ変わっても一緒にいたい』と言ってくれたら、そのときはスラァ様、よろしくお願いします」
“ええ……ええっ!?”
どうやらしんみりとしていたらしいスラァ様が、急に頼みごとをされて素っ頓狂な声を上げる。
“お願いって、何よ?”
「わたしとマユを同じ世界で出会えるようにしてください。……スラァ様が紡ぐ物語の中で」
“ええっ!?”
「今度は平凡な家庭を作ってみたいとも思うので、村人Aとかでいいですよ。その頃には二級神じゃないですか?」
“そんな簡単に行くわけないでしょー!”
「……そうですか」
スラァ様なら器の世界の住人を大事に扱ってくれそうだと思ったのだが。
やや残念に思いながら相槌を打つと、スラァ様は
“うーん……まぁ、目指してはみるけどね”
と、まんざらでもないようだった。
“実は、紡いでみたい物語はあるのよ”
「どんな物語ですか?」
“世界を救った勇者が、その最果ての地で女の赤ちゃんを拾うの”
「世界を救う冒険譚じゃないんですね」
“そう、終わったあと。遅すぎた救済に世界はすっかり荒廃してしまっていて、勇者は絶望するの。だけどそこで赤ちゃんを拾って、この子を育てる決意をするの”
「……」
少しだけ、嫌な予感がする。
ひょっとして、その元勇者とやらをわたしにさせるつもりなのだろうか。
“元勇者は世界を更生させるための旅をしながら育てるんだけど、女の子が美しく成長するにつれて娘に強く惹かれてしまうの”
「え……」
“だけどそんなことは許されない、と養父である自分と男である自分の間でもがき苦しむのよ。主人公を慕う元仲間の魔法使いや、成長した少女に言い寄る剣士も関わってきて……”
「とても粘度が高そうな物語ですが」
“それがいいんじゃない! 二人の関係性に世界の真実とか少女の背景とかいろいろ絡んでくるのよ。これ、どう!?”
「どう、と言われても。まさか、マユをその少女にするつもりですか」
“そうそう! マルチエンディングだけど、ちゃんと『娘と結婚』エンドもあるし”
「背徳的な匂いまでしますね。平凡はどこへ行ったのでしょうか」
“あんた、自分のキャラを解ってないわね。平凡な生活を送るなんて無理よ”
「……」
随分な言われ方だ、と思っているとスラァ様が
“まぁ、それはさておき……そろそろ時間ね”
とやや声を和らげた。
“そろそろ切るわ。いい加減、限界でしょう”
「……はい」
“じゃあね”
スッとスラァ様の気配が消える。その瞬間、体中から冷たい汗が噴き出て、わたしは思わずソファの背もたれに体重を預けた。
さっきから後頭部がズキズキと痛みを訴えてきている。わたしが発明した『女神のロッド』は、便利だが体への負担が大きく、いつまでも慣れない。
いや……この痛みは、やはり『繭』の死の衝撃のせいか。
スラァ様が紡ぐ物語――スラァ様も、わたしの気を紛らわせるためにそんな話をしてくれたのだろう。
しかしそんな未来の話をしても、この忌まわしい過去が消える訳ではない。わたしがセルフィスである限り、付き纏う事実。
勿論わたしも、自分の罪を忘れていた訳ではない。
……だけど。
いつもならこのまま魔王城に戻るのだが、今夜は到底そんな気にはなれなかった。
再びマユの寝室に戻り、そっとベッドに入る。
「……ん」
端の方へ転がっていたマユはその気配に気づいたのか、コロンと寝返りを打つ。そしてそのままわたしの方へモゾモゾと近づき、ギュッと胸元を掴んだ。
愛しくて切なくて、嬉しいような苦しいような複雑な気持ちになる。
両腕を広げ、その輪の中にマユを招き入れると、そっと抱きしめた。
マユの心臓の音と健やかな寝息とぬくもりが、わたしの頭痛を和らげてくれるような気がする。
* * *
結局わたしは、最初から最後までマユに甘えっぱなしだったのだな、と思う。
このときも翌朝まで寝入ってしまい、さらにマユが甘いのいいことにだいぶん我儘を言ってしまったのだが。
そうか、閉じ込めていては駄目なのか……。なるべくマユの好きなようにやらせなくては。
そう思い実行に移してみたが、そうするとマユは何らかの問題を引き起こしてしまうので、これはこれで頭を悩ませてしまう。
しかし、日々こうして言葉を交わし――『魔王』と『聖女』としてこの世界を生き抜くことができれば。
失敗を繰り返しながらも、共に歩んでいくことができたなら。
その先に待ち受けるわたしたちの物語の結末は、きっと満足のいくものになっていると思う。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、セルフィス」
「何ですか?」
「セルフィスって、セルフィスって名前なの?」
「……どういう意味でしょう?」
「魔王に名前はないって、ムーンが言ってたのよ」
「そうですね。魔王にはないですが、わたしにはあります」
「……ん? どういう意味?」
「真の名ですよ。だからわたしは、マユに縛られたのかもしれませんね」
「え、そうなの?」
「……なぜそんなガッカリした顔をするんです?」
「だって、名前で縛っただけ? それだけ? 私のこういうところが良かった、とかじゃないの?」
「それはそうですよ、勿論」
「え、どこどこ?」
「うーん……難しいですね、言葉で説明するのは」
「やっぱり無いんじゃない! いつか魔法、解けちゃう?」
「ああ、それを心配してるのですか。本当に可愛いですね、マユは」
「誤魔化さないでよ!」
「わたしは魔王ですよ? マユに名付けの魔法だけで縛られる訳が無いでしょう」
「……それもそうか……」
「それより、この世界の話をしましょうか。この世界の現状……そして未来に訪れる可能性のある危機を」
「うん!」
「マユも魔獣訪問を終えて、聖女っぽくなってきましたしね」
「聖女っぽく、ってナニ……? その程度なの?」
魔界の中心、魔王城。
そこでは、神すらも予想できなかった魔王と聖女の会話が繰り広げられている。
――飽きることなく、ずっと。
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