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波乱のGW(1)

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大学入学後、初の長期休み。楽しいイベントになるはずが……?
GW編です。全8話。d( ̄▽ ̄*)
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「あー、分かりやすくふくれっ面してるねー」

 5月1日、東京駅20時着の新幹線でやってきた恵を迎えに行った。
 するとホームに降りてきた恵が、私の顔を見るなり「ぶくく」と笑う。

「笑い事じゃない。だって、ひどくない!?」
「うーん、どうだろ」
「ちゃんと話すから聞いてよ!」
「わかった、わかった」

 こっちにやってくる恵を待っている間、私の頭の中は昨日の夜の出来事でいっぱいだった。
 だからいろいろ思い出して、顔に出てたんだと思うんだけど。

 昨日、4月30日の夜。
 新川透と、ケンカをしました。


   * * *


 明日、5月1日から6日まではGWということで、大学はお休み。そして祝日前ということで、私は新川透のマンションに来ていた。
 今日は大学の講義が終わったあと、二人でおでかけして、新しい財布を買ってもらった。元々使ってたのが古くなって穴が開いちゃって、

「買ってあげる」
「だけど、いつもいろいろしてもらってばかりだし」
「財布は自分で買うよりプレゼントしてもらった方がお金が貯まるらしいよ」
「うーん、確かに……。じゃあ甘えちゃうね」

 なーんて普通の恋人同士のような会話をしたりして、楽しかったんだけど。
 事件は、夕食時に起こった。

「あ、そうだ。GWのことなんだけど」

 新川透が作った焼けたチーズが香ばしいエビドリアをフウフウしながら、ちろりんと見上げる。

「明日、恵がこっちに来るっていうのは言ったよね?」
「聞いたよ。1日の夜だよね。2日は小林と美沙緒ちゃんを交えて四人で遊ぶんだったよね、確か」
「うん、そう。それで、2日から4日まで、四人で美沙緒ちゃんの実家の旅館に行くことになったんだー」
「はぁっ!?」

 ガチャーンとテーブルにスプーンを置き、新川透がグイッと身を乗り出す。

「何それ!? 聞いてないんだけど!?」
「だって、昨日の夜に連絡回して決まったんだもん。美沙緒ちゃん、お家が過保護で新しくできた友人が気になるっていう……」
「経緯はどうでもいい! 3日から6日は二人の旅行を計画してたんだけど!」
「はあ!?」

 今度は私の方が大声を上げてしまう。

「いや、それこそ聞いてないんだけど!」
「言ってないからね」
「だから、何で勝手に計画すんのよ!」

 バンッと両手でテーブルを叩き、負けじと身を乗り出す。

「じゃあ正直に言ったら、3日から6日まで旅行に行ってくれた?」
「長すぎる、お金が勿体ない、って……」
「だからだよ」

 言い終わらないうちに遮られて、ムカッとする。
 文句は言ったかもしれないけど、事前に聞いていればちゃんと考えたよ、って言いたかったのに。

 新川透が腕を組み、椅子に寄り掛かって目を細める。私に言い聞かせようと、ちょっと上の立場から物を言うときの新川透だ。
 気に入らないなー。今回のはそういうんじゃないと思うけど。

「何エラそうに言ってんのよ。勝手にサプライズしておいてそれを予想して予定を空けとけっての? 無理だよ」
「あのね、俺の誕生日なんだけどね、5日は」

 そんなことも解らないの?という感じで言われてますますイラっとする。
 失礼しちゃうな。ちゃんと覚えてます。プレゼントだって買ったもん。

「知ってるよ。だから5日と6日は空けたじゃない」
「そういう問題じゃない!」
「どういう問題よ!」
「恵ちゃん達と話す前に、まずは俺に『行ってもいいか』って聞くべきじゃない?」

 一瞬「そうだったかも」という思いが胸の奥をよぎったけど、キュッと唇を噛んで打ち消す。
 だってさ、4日だって向こうを朝には出て昼には帰ってくるつもりだったし。4日の午後から6日まで空ければ十分じゃない?

「何でいちいちお伺いを立てないといけないの?」
「お伺いって、そういう言い方はないんじゃない?」
「そっちも、俺の許可が要るのは当たり前っていうのはおかしくない?」

 それってゴールデンウィークの全権利が新川透にあるみたいじゃない。ゴールデンウィークの全日程を新川透のために使うのが当たり前って感じが、何か嫌。

「何でそんなに怒られなきゃいけないのかわかんない」
「だから莉子は駄目なんだよ」
「駄目で悪かったね!」

 その上からの物言いにカチンときて、食べかけのエビドリアを置き去りにして椅子から立ち上がる。傍に置いてあった鞄を引っ掴んだ。

「もう帰る!」
「ちょっと待って。話し合いを……」
「無理!」
「莉ー子」
「とにかく帰る。ちょっと放っておいて。また今度!」

 これ以上ここにいても、頭に血が昇っておかしなことばかり言いそう。
 制止を振り切り玄関から外に出ると、ダッシュで階段を下りる。追いかけてくる気配は……あった、あったけど伊達に掃除婦を一年半こなしていないのです。
 中二階から外に飛び降り、全速力でアスファルトの歩道を走る。ここから100mも走れば女性しか入れない、私の棲み処。
 ゴール!……とばかりにエントランスに駆け込み、ほうっと息をついた。
 ありがとう、玲香さん。女性専用マンションにしてくれて、本当に助かった。

 気配は感じたけど、振り返る気は無かった。
 いつも何か一生懸命だからついつい絆されてしまうけど、やっぱり新川透の管理したがりは度を超えている気がする。
 ここで一度、不快の意思を示すことは大事だよ。うん。


   * * *


「うーん、どっちもどっちかな……」

 私の話を聞いた恵が、ワインレッドのソファの上で胡坐を組みながら苦笑いしている。

「どっちもどっち!?」
「うん。勿論、勝手に計画立てて、それが崩れたから怒るってのはどうかな、とは思うよ」
「でしょ!?」
「だけど莉子はさあ、新川センセーを彼氏扱いしなさすぎるんだよね」
「……」

 彼氏扱い、とは?
 頭の中に?マークが飛び散っているのが分かったのか、恵が「やれやれ」とでもいうように溜息をつく。

「ちゃんと好きなんだよね? 新川センセーのこと」
「それは……そうだけど」
「だったらさあ、初めての誕生日イベントなんだし、もうちょっと気遣ってもよかったんじゃないかなー、とは思う」
「気遣ったよ? だから4日の午後から6日まで空けたじゃない」
「莉子はそれで十分だと思ったんだよね。でも、新川センセーはそうではなかった、と」

 テーブルの上の袋からポッキーを一本取り出し、ピッと指し棒のように立てる。何だか名探偵みたいだ。

「旅館行きを決めたときもさ、『大丈夫、何にもないから!』って即答だったじゃん。私てっきり、新川センセーと話がついてるんだと思ってたもん」
「話がつくも何も、聞いてないんだから予定は真っ白だよ」
「まぁそうなんだろうけど……うーん……」

 指し棒ポッキーをポリポリ食べながら、恵が考え込む。
 何だ、その「どう言い聞かせようか」みたいな感じは。
 まるで私が話のわからない駄々っ子みたいじゃないの。

「カレカノの付き合いってのはさ。ほら、お互いを知っていくというか擦り合わせをしていかないといけないからさ」
「そうなの?」
「そうじゃないカップルも多いけど、あっちが超本気だからねぇ」

 恵は肩をすくめると私の頭をイイコイイコするように撫でる。

「超重量級恋愛だから初めてにしては荷が重いとは思うけどさ」
「重くは、ない……」

 今まで、いろいろ注意されたり叱られたりはあったけど、実は行動を制限されたことはあんまり無いんだよね。
 やりたいことはやらせてくれたというか……あっ、手錠事件があったっけ。

 まぁとにかく、古手川さんの件にしろ松岡さんの件にしろ、ギリギリまでは見守ってくれることが多い。とりあえず好きにやってみて、ヤバそうなら助けるよ、という感じ。
 だけど、今回はあからさまに俺様モードだったから、何かムカついちゃったんだよなあ。
 でもやっぱり、私そんなに悪くないと思うんだけど?

「で? 莉子はどうするの? 美沙緒ちゃん家には行くの?」
「行くよ、そりゃ」
「仲直りしなくていいの?」
「……」

 それには返事をせず、鞄からタブパソを取り出す。拍子にコロンと、昨日買ってもらった二つ折り財布が転がり出てきた。
 本革カットワークの財布で、3万円ぐらいする。そんな高いの要らないって言ったんだけど、これなら修理してずっと使えるから結果として高くはないよって教えてくれた。使っていくうちに手に馴染んで色が変わっていくのも楽しいよ、って。

 新川透の、そういう一つの物をずっと大事にするところは好きだ。
 私のことも、大事にしてくれるんだろうな、と思える。

 だから財布の中身を入れ替えて
「こんな感じだよ」
って見せてさ。

「よく見せて。あ、カードもいっぱい入るしいい感じだね」
「うん。ありがとう、ずっと大事に使うね」

 なんて会話をしていたときは、本当に楽しかったのになあ。何でこんなことになっちゃったんだろ。

 タブパソで
『予定通り4日の昼に横浜に帰ります。それまで放っておいてください』
とメッセージを入れ、パタンと裏を向けてテーブルの隅に追いやった。

 勿論、美沙緒ちゃん家に行くときは持っていきません。
 ちょっとさ、離れて頭を冷やしたかったのよ。
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