トイレのミネルヴァは何も知らない・おまけ

加瀬優妃

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波乱のGW(7)

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 男の子は旅館の中で迷子になっていたようで、事情を聞いた従業員が総出で探したところ比較的早くに見つかった。
 若夫婦のチェックインできる時間まではまだ1時間ぐらいあったので、この家族はいったん旅館を離れてしまった。二人はホッとしてお礼を言うだけだったので、私が男の子を探しに森の中に入ったことは誰も知らないままだったのだ。
 そして15分経っても30分経っても私が帰ってこないので、恵とコバさんが騒ぎ出した。自販機に行ったはず、という二人の証言からあの夫婦が見かけてるんじゃないかと携帯電話に連絡したところ、
「そう言えば、若い仲居さんに会いました」
と言われたと言う。
 それを聞いた新川透は、バスタオルとロープを持って私を探しに……。

 ……って、ちょっと待て。

「何で、バスタオルとロープ?」
「川に落ちてるかもしれないと思って」
「いやだから、何でそんなピンポイントに……」

 そんなことを言っているうちに、旅館が見えてきた。新川透が現れたあの橋は散策ルートだったらしく、旅館まではそう遠くはなかったようだ。
 でもちょっと待って、こんな担ぎ上げられた状態であの立派な玄関に入るのは嫌だ! だって、従業員総出で迎えられるんだよ! 
 泥だらけだし恥ずかしい! しかもロープが身体に巻き付いたままだから、まるで猿回しの猿のよう!
 嫌だ嫌だ、旅館の恥になるよー! 私の末代までの恥にもなるし!

「大丈夫、別の入口から入るから」

 暴れる私を宥めるように背中をぽんぽんと叩くと、新川透は散策ルートを出る手前でよく分からない方向に曲がった。もう夕暮れで見づらくなっているのもあるけど、一体旅館の敷地内のどの辺を歩いているのかもよくわからない。

 しばらくすると、玄関らしきものが見えた。だけど表じゃない、従業員用でもない、ちゃんとした玄関。
 えっえっえっ?と慌てているうちに、新川透がその戸をくぐる。

「――莉子は見つけました」
「「「ええっ!?」」」

 見回すと、あんぐりと口を開けた肇さんと仲居さん。そしてようやく起き上がれたと思われる、女将さんの姿が。

 そりゃそうだよね。立派なスーツを着た男が泥だらけの仲居を抱え上げてるんだもんね。
 いやちょっと待て、ここはどこなの? 珠鳳館だよね?

「莉子はこのまま僕の部屋に連れて行くので。夕食は連絡を入れるまでストップしてもらえませんか」
「かしこまりました。……が、あの、ベイカー様!?」

 展開についていけないらしい肇さんがあたふたしている。
 ところで誰やねん、ベイカー様って。

「ああ、ノア・ベイカーの代理で来た、新川透です。諸事情により伏せていましたが。必要なら後で……」
「あ、いえいえ! どうぞ!」

 え、何、どういうこと?
 もう頭にハテナが飛びまくって全然展開についていけないんだけど!

 肇さんと同じぐらいキョドるしかなかった私は、新川透に担ぎ上げられたまま奥の部屋へと連れ去られたのだった。


   * * *


 連れてこられたのは、珠鳳館の特別客室。超VIP専用、いわゆる政治家とか下手したら海外のエラいさんなどが使う客室で、出入り口が別になっていたのも誰にも見られないようにお忍びで入れるようにするため。
 中はと言うと、ここはホテルのスイートルームかな?と思うぐらい広い洋室と和室。それとは別に、寝室と会議室みたいな場所が。
 当然、客室内には露天風呂と内風呂、シャワールームもあり、泥だらけだった私はまずその内風呂に連れてこられた。

「洗ってあげるから」
という申し出を断固として断り、中で泥だらけの二部式着物を脱いですべての泥を洗い流す。
 斜面を転がったせいで打ち身は少しあったけど、袖も丈も長い着物のおかげで擦り傷はあまりなかった。

 内風呂から上がると、豪勢な夕食が和室の方に用意されていた。ただし予約したのは一人分だったので、それを二人で分けて食べることになった。
 うーん、新川透自身が小金持ちなのは知ってるけど、こんなすごいところに泊れるほどではない気がする。
 いったい、何がどうなってんのよ、本当に……。

「まずは時系列に沿って説明するね」

 食事を私用に取り分けながら、新川透が上機嫌な声で言う。私が内風呂に浸かっている間に新川透もシャワーを浴びたようで、浴衣姿で妙にこざっぱりとしていた。
 私はどうにも浴衣姿に弱いらしい。腕の筋肉の感じとかね、いいんだよねー。
 ……とと、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。まずはきちんと話を聞かないと、と気を引き締めて頷いた。


   * * *


 美沙緒ちゃんと友達になったという話を聞いた新川透は、とっくに美沙緒ちゃんの実家の旅館のことや家族のことは調べてあったらしい。建築業界ならホテルや旅館にも詳しいだろうと、小坂さんから情報を得ていたそうだ。
 美沙緒ちゃんのお兄さんは老舗旅館の跡取り息子、そして母親である女将がそろそろお嫁さんが欲しいわ、とこぼしていたことなどを知った。
 私は、コバさんが美沙緒ちゃんのお兄さんに興味を持っている話も新川透にしていたから、そのうち珠鳳館に行くとは言い出しそうだな、とは思っていたらしい。この時点で、少し嫌な予感はしたらしいんだけど。

「何で、嫌な予感?」
「息子が小林を気に入るとは限らないだろ。実際、莉子が口説かれてた」
「口説かれてない!」

 さて、私とのケンカのあと、この嫌な予感も相まって絶対に珠鳳館に行かなければならないと新川透は考えた。しかし時期はゴールデンウィーク、案の定、客室はいっぱいだ。
 そこで、アメリカの友人のノアさんのコネを使うことを思いつく。
 夏に仕事の関係で来日するそうで、温泉とやらに行ってみたいからいいところを探しておいて、と言われていたそうだ。それでアメリカの彼に連絡を取り、ノアさんに強引に珠鳳館の予約を取ってもらった。
 そんなこと可能なのかとびっくりしたけど、珠鳳館ぐらいの老舗の旅館になると、海外VIPのお忍び旅行などもあるそうで、そういう特別客室というものが存在しているそうだ。
 それは小坂さんから情報を得た時にすでに知っていたので、もしものときは使おうと密かに決めていたらしい。

「ノアは普通のホテルとか旅館は無理だからね。『珠鳳館』が一流なのは間違いないし、候補の一つとしてちゃんと事前にプレゼンはしておいたんだ」
「はぁ」
「今回は下見ってことでいい?って聞いたら二つ返事で引き受けてくれた。料金もノア持ちで先に一括払いしてくれたしね」
「へえ、イイ人だねー」
「そんな単純な話じゃない。貸し一つ、とか言ってたから、このあと面倒そうな案件を持ち込んでくるよ、きっと」

 新川透は、私達と同じ2日からこの旅館に滞在していたそうだ。その目的はというと、私の様子を探るのもそうだけど、女将の嫁探しとやらがどれぐらいのものかということと、肇さんの動向。
 新川透が怒ったのも、自分をないがしろにされたとか、私の言い方が悪かったのもあるけど、行き先が『珠鳳館』というのもかなり引っ掛かったらしい。
 いや、気にし過ぎじゃないかと思うけどな。

 VIP客の担当は当然女将自身と肇さん。さり気なく嫁探しの話題なども引き出していたのだが、どうやら問題は無さそう、と安堵したのも束の間、予定外の事態が。
 そう、女将さんのダウンだ。
 さすがに肇さんも美沙緒ちゃんにVIPの相手は荷が重いと思ったのか、新川透に正直に伝え、自分と客室係のみで対応することを詫びに来た。同時に、恵から延泊の連絡が来て予想がついた新川透は「わかった」とだけ伝えたそうだ。


 なるほどねー。ガラケーに言い訳電話すらかけてこなかった理由が、よーくわかったわ。
 私が出て行ったあと、しつこく追いかけるよりノアさんから手を回してもらった方がいい、と判断したんだ。
 で、実際同じ場所にいた訳で、かなり間接的ではあるものの私の様子は探っていた訳で……。

 それにしても、よくそんな手ぬるい状態で我慢してたもんだな、と思う。
 放っておいてくれと言った私の言葉を、尊重してくれたんだろうか。
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