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波乱のGW(8)
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私の気持ちを尊重してくれたのかな、とちょっとじんわりしていると、新川透が「ふうう」と大きな溜息をついた。くしゃくしゃっと風呂上りの髪をかきあげる。
「実はね。4日のお昼頃、恵ちゃんには見つかったんだよね」
「ええっ!?」
「莉子が仲居姿で働くって言うからさあ」
「言うから、何?」
「一目見ようと旅館内を探してたら、あちこち飛び回っている恵ちゃんに遭遇しちゃって」
「……」
あんたソレ、本当にストーカーじゃないですか。物陰から見てたんかい!
「まぁ、でも逆にラッキーだった。恵ちゃんからの情報で女将さんの嫁探しが意外に本気だって分かったし、トイレから出てきたときの若旦那の様子もヤバかったし」
「そこにもいたんかい!」
「でも、おかげで莉子の行方不明もすぐに報せてもらえたからね」
なるほど……。30分経っても私が戻って来なくて、恵はすぐに新川透に連絡を取ったのか。
あれ、でも、ちょっと待てよ?
「恵から聞いて、私を探しに行ったんだよね」
「そうだよ」
「何で外だと思ったの?」
「だって自販機に行ったんでしょ? それと、森林浴にって」
「それはそうだけど。探索ルートは三つもあったんだよ。しかも私は途中でルートから逸れてるし」
「でもまぁ、迷子になりそうと言えば……」
「しかもバスタオルとロープまで持って。小川のどこかだ、と当たりをつけてたってことじゃないの?」
「……」
あ、だんまりだ。どうも言いたくないことがあるらしい。嘘は言わないって言ってたからね。
うーん、何か引っ掛かる。よく思い出してみよう、新川透が現れたときのことを。
何か、妙に余裕だった気がするんだよなあ。普通、行方不明になった、川でも落ちたんじゃ、ってなったら、見つけたときって
「バカ! 何やってんだ!」
って怒鳴るとか、
「怪我はない!? 大丈夫!?」
とか心配するんじゃない?
そうだ、思い出した。ウロチョロして場所が絞れなかった、怪我は無いと分かってホッとしたと言ったんだ、この男は。
「――ねぇ、ちょっと」
「ん?」
「私に何か付けてない? GPS的な物」
「さすがの俺も、莉子の身体の中に仕込むような真似は無理だよ」
「誰もそんなSF的なことは聞いてない! もっとシンプルな方法で、何かやったでしょ、私に!」
「……」
まただんまりかい! この人、本当に時々子供みたいになるよね! そういうとこ可愛いとか思っちゃう私もバカなんだけどさ!
むー、仕方がない。作戦を変えよう。
「……ねえ、知ってる?」
「ん?」
「私と恵とコバさんね。美沙緒ちゃんに着物を着させてもらったんだよ」
「それはあの仲居の……」
「違う、違う。若女将風の小袖を着させてもらったの。素敵だったー」
「えーっ!」
よーし、ナイスだ、恵。あの写真は流出してなかったってことだね。
やっぱり恵は私の親友だ。きっと聞かれたことには答えたんだろうけど、余計なことは絶対にしないもんね。
「何それ! 写真は!?」
「恵のスマホにはあるよ。でも、見ーせーまーせーんー」
「何で? 何で何で?」
「正直に白状しないからよ!」
「……っ」
新川透が、グッと喉を詰まらせる。
ふっふっふっ、と内心勝利を確信しつつ、すっと右手を挙げた。
「はい、取引ね。GPS的な物、私につけたよね? 何かカラクリがあるよね? 正直に言ってください」
「言ったら、絶対に写真をくれる?」
「まぁ、それぐらいなら」
どっちみち、後で見せるつもりではあったし。
「本当に? 怒ってナシにしたりしない?」
「くどいな。いったい何をしたのよ?」
若干イライラしながら聞き返すと、新川透はむう、と口元を歪めると「降参」とでもいうように両手を挙げた。
「財布」
「財布?」
「まぁ、見たら分かるよ」
そう言いつつ、そーっと席から立ち上がる。
「ちょっと、逃げるの?」
「逃げはしない。休むだけ。今日は離さないって言ったよね?」
「そんなのでは誤魔化されないから!」
確か財布は泥だらけのエプロンの中に入れてあったから、取り出して……そうだ、洗面所に置きっぱなしだ。
慌てて立ち上がり、革の財布を取りに行く。
財布に仕掛けがあるにしても、変だな。この財布は一緒に買いに行ったし、間違いなくお店に展示してあったもの。そのまま持って帰ってきて、財布の中身を入れ替えて……とにかく、新川透が何かを仕込む時間は無かったように思うけど。
洗面所から財布を手に戻ると、連絡を受けたらしい仲居さんがテキパキとテーブルの上を片付けていた。新川透はというと、寝室のベッドの上で大の字になっている。
まぁ、私の救出作業もあったしね。お疲れなのかな。
とりあえずよく調べてみよう、と二つ折り財布を開いた。まずは札入れをチェック。一万円札が一枚と千円札が三枚入っているだけ。
次は小銭入れ。小型GPSでも投げ込んだのかな、と思ったけど、硬貨しかない。まぁ、そりゃそうだよね。よく使う場所だもん、絶対に気づく。確か列車の旅の途中でもジュースを買ったりしたし。
となると、カードか。
カード入れからすべてのカードを取り出す。大事なキャッシュカードとよく使うポイントカードは個別のスリットに入れてあるけど、あまり使わないものは奥の深めのスリットにまとめて入れてあるのだ。
「……ん?」
その奥のカードの束から、見覚えのない黒いカードが出てきた。クレジットカードぐらいの厚さだけど、番号らしきものは何も書いてない。
間違いない、これが犯人だ。でも、いつの間に?
「ちょっと! これ何!?」
仲居さんが去っていくのを待って、寝室に突入。ベッドに寝転がっている新川透にカードを突き付ける。ちょっと首だけ上げてそのカードを見た新川透は、
「あ、せいかーい!」
とご機嫌な声を上げた。
「質問に答えて! これは何!?」
「次世代紛失予防カード。要するに、財布に入れておいてうっかり失くさないようにするためのアイテムだよ」
「へ?」
「スマホと連動させて、30m以上離れたらどこで財布を置き忘れたか、その位置情報と時刻を教えてくれるんだ」
「……はあ!?」
何それ、すごい! ……けど、どういうこと?
思わずあんぐりと口を開けていると、上半身を起こした新川透は私の手からカードを受け取り、大雑把にその機能を説明してくれた。
スマホにアプリを入れることで操作可能で、通常の使い方だと財布から離れた時に警告音を鳴らしたりできるらしい。仮に見当たらなくなっても、通信圏内だとアプリを起動したときにその所在地を報せてくれる。
つまり、位置情報が途切れた時間と場所から既に当たりをつけていて、後は30m圏内に入れば私の居場所は正確に分かる訳だ。それが活発に動いていたから、私が元気に歩いていたことも分かった、ということ。
「いつの間に入れたの!?」
「財布の中身を入れ替えたとき、見せてもらったでしょ? あのときこっそりと」
お前はマジシャンか!
「何でそんなことを!?」
「タブパソは置いていくことがあっても、財布なら確実に持ち歩くでしょ。それに旅行に行くつもりだったから迷子防止にもなるし、トラブル防止にもなるし」
「ひ……ひどいっ!」
「そう? でも、だからあの日、ちゃんとマンションに真っすぐ帰っていったのも分かったしね。そのまま部屋にいたのも。だからおとなしく引き下がったんだよ。実際、俺もちょっとひどいこと言ったし、莉子が放っておいてくれってはっきり言ったのも初めてだったから。……反省したんだよ、俺なりに」
「……っ」
ちょっと、喉が詰まった。
反省は、私もした。好意に甘えていた、ワガママばかりでごめん、と思った。
だけど……何か素直に謝るのがものすごーく嫌になってきた! 何でだろう!?
「あのね。美沙緒ちゃんちに行くのを決める前に、予定を聞くぐらいはするべきだったなって思ったんだ」
「うん」
「でも、サプライズで人のスケジュール押さえるのだけは、金輪際やめて!」
「えー、何で?」
「そんなことしなくても、ちゃんと嬉しいから。ビックリ要らないから」
「そうかな……」
「私を喜ばせようと思って旅行を企画したんだよね?」
「いや、俺が莉子と行きたかっただけ」
「……ふふっ」
この人、恩着せがましいことだけは絶対に言わないんだよなあ。「してあげた」って、絶対に言わない。
いつも、自分がしたいからしてるんだって、言う。
実際そう思ってるんだろうけど、そういう……何て言うのかな、無償の愛って言うのかな。
私に対して向ける気持ちには、後ろ暗さが無いんだよね。……その行動の真っ黒さ加減とは裏腹に。
「莉子」
「ん?」
「今日、俺の誕生日なんだけど」
「知ってるよ。だから……あっ!」
そうだ、カバンは離れに置きっぱなしだ。どうしよう! プレゼントを用意したのに、今日中に渡せないじゃない!
「そうだ、離れに戻らなきゃ」
「はぁ? 今日は離さないって言ったよね?」
グイッと手を引っ張られ、ベッドに引き込まれる。あっという間に体勢は逆転し、あっさり組み敷かれてしまった。
「ちょっと、やだ、ここは絶対にやだ!」
「一流の特別客室だよ。さすがマットレスも最高で……」
「バカ、違う! 誰もベッドの感触の話なんかしてない!」
何を血迷ってんだ、この人は!
だって、今のこの状況! 新川透が私をこの部屋に連れ込んだのは、全員が知ってるじゃないか!
そんな状況でコトに及ぶとか、絶対に無理! 明日の朝に顔を合わせると思ったら、恥ずかしさで確実に死ねる!
「やだよ! だってみんな知ってるんだもん!」
「それが何か?」
「恥ずかしすぎる! やだ、やだやだ!」
「だから何が恥ずかしいの?」
「さっき、仲居さんが出て行った! そのあとこの部屋でそのまんま泊まるとか、そんな『いかにも』な状況……」
「いや、『いかにも』な状況だからね」
「だから嫌だっての! 明日の朝が嫌! じっ、事後って感じがとんでもなく恥ずかしい!」
「大丈夫、多分明日も部屋から出さないから。顔を合わさないで済むよ」
「お、恐ろしいこと言わないで! お願いだから、離れに帰らせて!」
「駄目、ぜーったいに駄目。今日は俺の誕生日。俺の自由にしていい日!」
「あんた、いっつも自由でしょうがー!!」
そんな不毛なやりとりが続いて……結局。
折衷案として、この部屋には泊まらず、今日中に横浜に帰ることになりました。
せっかくの特別客室なのに……と、新川透はひどく不満そうだった。俺の誕生日なのに、すごく辛抱強く我慢したのに、とか何とか。
やっと仲直りしたのに、また微妙な雰囲気……というか新川透はひどく不機嫌になってしまったのだけど。
いやこれ、私は悪くないよね! ねっ、そうだよね!
――――――――――――――――
結局、二人とも謝ってはいないのだった。
これが二人の日常。( ̄▽ ̄;)
「実はね。4日のお昼頃、恵ちゃんには見つかったんだよね」
「ええっ!?」
「莉子が仲居姿で働くって言うからさあ」
「言うから、何?」
「一目見ようと旅館内を探してたら、あちこち飛び回っている恵ちゃんに遭遇しちゃって」
「……」
あんたソレ、本当にストーカーじゃないですか。物陰から見てたんかい!
「まぁ、でも逆にラッキーだった。恵ちゃんからの情報で女将さんの嫁探しが意外に本気だって分かったし、トイレから出てきたときの若旦那の様子もヤバかったし」
「そこにもいたんかい!」
「でも、おかげで莉子の行方不明もすぐに報せてもらえたからね」
なるほど……。30分経っても私が戻って来なくて、恵はすぐに新川透に連絡を取ったのか。
あれ、でも、ちょっと待てよ?
「恵から聞いて、私を探しに行ったんだよね」
「そうだよ」
「何で外だと思ったの?」
「だって自販機に行ったんでしょ? それと、森林浴にって」
「それはそうだけど。探索ルートは三つもあったんだよ。しかも私は途中でルートから逸れてるし」
「でもまぁ、迷子になりそうと言えば……」
「しかもバスタオルとロープまで持って。小川のどこかだ、と当たりをつけてたってことじゃないの?」
「……」
あ、だんまりだ。どうも言いたくないことがあるらしい。嘘は言わないって言ってたからね。
うーん、何か引っ掛かる。よく思い出してみよう、新川透が現れたときのことを。
何か、妙に余裕だった気がするんだよなあ。普通、行方不明になった、川でも落ちたんじゃ、ってなったら、見つけたときって
「バカ! 何やってんだ!」
って怒鳴るとか、
「怪我はない!? 大丈夫!?」
とか心配するんじゃない?
そうだ、思い出した。ウロチョロして場所が絞れなかった、怪我は無いと分かってホッとしたと言ったんだ、この男は。
「――ねぇ、ちょっと」
「ん?」
「私に何か付けてない? GPS的な物」
「さすがの俺も、莉子の身体の中に仕込むような真似は無理だよ」
「誰もそんなSF的なことは聞いてない! もっとシンプルな方法で、何かやったでしょ、私に!」
「……」
まただんまりかい! この人、本当に時々子供みたいになるよね! そういうとこ可愛いとか思っちゃう私もバカなんだけどさ!
むー、仕方がない。作戦を変えよう。
「……ねえ、知ってる?」
「ん?」
「私と恵とコバさんね。美沙緒ちゃんに着物を着させてもらったんだよ」
「それはあの仲居の……」
「違う、違う。若女将風の小袖を着させてもらったの。素敵だったー」
「えーっ!」
よーし、ナイスだ、恵。あの写真は流出してなかったってことだね。
やっぱり恵は私の親友だ。きっと聞かれたことには答えたんだろうけど、余計なことは絶対にしないもんね。
「何それ! 写真は!?」
「恵のスマホにはあるよ。でも、見ーせーまーせーんー」
「何で? 何で何で?」
「正直に白状しないからよ!」
「……っ」
新川透が、グッと喉を詰まらせる。
ふっふっふっ、と内心勝利を確信しつつ、すっと右手を挙げた。
「はい、取引ね。GPS的な物、私につけたよね? 何かカラクリがあるよね? 正直に言ってください」
「言ったら、絶対に写真をくれる?」
「まぁ、それぐらいなら」
どっちみち、後で見せるつもりではあったし。
「本当に? 怒ってナシにしたりしない?」
「くどいな。いったい何をしたのよ?」
若干イライラしながら聞き返すと、新川透はむう、と口元を歪めると「降参」とでもいうように両手を挙げた。
「財布」
「財布?」
「まぁ、見たら分かるよ」
そう言いつつ、そーっと席から立ち上がる。
「ちょっと、逃げるの?」
「逃げはしない。休むだけ。今日は離さないって言ったよね?」
「そんなのでは誤魔化されないから!」
確か財布は泥だらけのエプロンの中に入れてあったから、取り出して……そうだ、洗面所に置きっぱなしだ。
慌てて立ち上がり、革の財布を取りに行く。
財布に仕掛けがあるにしても、変だな。この財布は一緒に買いに行ったし、間違いなくお店に展示してあったもの。そのまま持って帰ってきて、財布の中身を入れ替えて……とにかく、新川透が何かを仕込む時間は無かったように思うけど。
洗面所から財布を手に戻ると、連絡を受けたらしい仲居さんがテキパキとテーブルの上を片付けていた。新川透はというと、寝室のベッドの上で大の字になっている。
まぁ、私の救出作業もあったしね。お疲れなのかな。
とりあえずよく調べてみよう、と二つ折り財布を開いた。まずは札入れをチェック。一万円札が一枚と千円札が三枚入っているだけ。
次は小銭入れ。小型GPSでも投げ込んだのかな、と思ったけど、硬貨しかない。まぁ、そりゃそうだよね。よく使う場所だもん、絶対に気づく。確か列車の旅の途中でもジュースを買ったりしたし。
となると、カードか。
カード入れからすべてのカードを取り出す。大事なキャッシュカードとよく使うポイントカードは個別のスリットに入れてあるけど、あまり使わないものは奥の深めのスリットにまとめて入れてあるのだ。
「……ん?」
その奥のカードの束から、見覚えのない黒いカードが出てきた。クレジットカードぐらいの厚さだけど、番号らしきものは何も書いてない。
間違いない、これが犯人だ。でも、いつの間に?
「ちょっと! これ何!?」
仲居さんが去っていくのを待って、寝室に突入。ベッドに寝転がっている新川透にカードを突き付ける。ちょっと首だけ上げてそのカードを見た新川透は、
「あ、せいかーい!」
とご機嫌な声を上げた。
「質問に答えて! これは何!?」
「次世代紛失予防カード。要するに、財布に入れておいてうっかり失くさないようにするためのアイテムだよ」
「へ?」
「スマホと連動させて、30m以上離れたらどこで財布を置き忘れたか、その位置情報と時刻を教えてくれるんだ」
「……はあ!?」
何それ、すごい! ……けど、どういうこと?
思わずあんぐりと口を開けていると、上半身を起こした新川透は私の手からカードを受け取り、大雑把にその機能を説明してくれた。
スマホにアプリを入れることで操作可能で、通常の使い方だと財布から離れた時に警告音を鳴らしたりできるらしい。仮に見当たらなくなっても、通信圏内だとアプリを起動したときにその所在地を報せてくれる。
つまり、位置情報が途切れた時間と場所から既に当たりをつけていて、後は30m圏内に入れば私の居場所は正確に分かる訳だ。それが活発に動いていたから、私が元気に歩いていたことも分かった、ということ。
「いつの間に入れたの!?」
「財布の中身を入れ替えたとき、見せてもらったでしょ? あのときこっそりと」
お前はマジシャンか!
「何でそんなことを!?」
「タブパソは置いていくことがあっても、財布なら確実に持ち歩くでしょ。それに旅行に行くつもりだったから迷子防止にもなるし、トラブル防止にもなるし」
「ひ……ひどいっ!」
「そう? でも、だからあの日、ちゃんとマンションに真っすぐ帰っていったのも分かったしね。そのまま部屋にいたのも。だからおとなしく引き下がったんだよ。実際、俺もちょっとひどいこと言ったし、莉子が放っておいてくれってはっきり言ったのも初めてだったから。……反省したんだよ、俺なりに」
「……っ」
ちょっと、喉が詰まった。
反省は、私もした。好意に甘えていた、ワガママばかりでごめん、と思った。
だけど……何か素直に謝るのがものすごーく嫌になってきた! 何でだろう!?
「あのね。美沙緒ちゃんちに行くのを決める前に、予定を聞くぐらいはするべきだったなって思ったんだ」
「うん」
「でも、サプライズで人のスケジュール押さえるのだけは、金輪際やめて!」
「えー、何で?」
「そんなことしなくても、ちゃんと嬉しいから。ビックリ要らないから」
「そうかな……」
「私を喜ばせようと思って旅行を企画したんだよね?」
「いや、俺が莉子と行きたかっただけ」
「……ふふっ」
この人、恩着せがましいことだけは絶対に言わないんだよなあ。「してあげた」って、絶対に言わない。
いつも、自分がしたいからしてるんだって、言う。
実際そう思ってるんだろうけど、そういう……何て言うのかな、無償の愛って言うのかな。
私に対して向ける気持ちには、後ろ暗さが無いんだよね。……その行動の真っ黒さ加減とは裏腹に。
「莉子」
「ん?」
「今日、俺の誕生日なんだけど」
「知ってるよ。だから……あっ!」
そうだ、カバンは離れに置きっぱなしだ。どうしよう! プレゼントを用意したのに、今日中に渡せないじゃない!
「そうだ、離れに戻らなきゃ」
「はぁ? 今日は離さないって言ったよね?」
グイッと手を引っ張られ、ベッドに引き込まれる。あっという間に体勢は逆転し、あっさり組み敷かれてしまった。
「ちょっと、やだ、ここは絶対にやだ!」
「一流の特別客室だよ。さすがマットレスも最高で……」
「バカ、違う! 誰もベッドの感触の話なんかしてない!」
何を血迷ってんだ、この人は!
だって、今のこの状況! 新川透が私をこの部屋に連れ込んだのは、全員が知ってるじゃないか!
そんな状況でコトに及ぶとか、絶対に無理! 明日の朝に顔を合わせると思ったら、恥ずかしさで確実に死ねる!
「やだよ! だってみんな知ってるんだもん!」
「それが何か?」
「恥ずかしすぎる! やだ、やだやだ!」
「だから何が恥ずかしいの?」
「さっき、仲居さんが出て行った! そのあとこの部屋でそのまんま泊まるとか、そんな『いかにも』な状況……」
「いや、『いかにも』な状況だからね」
「だから嫌だっての! 明日の朝が嫌! じっ、事後って感じがとんでもなく恥ずかしい!」
「大丈夫、多分明日も部屋から出さないから。顔を合わさないで済むよ」
「お、恐ろしいこと言わないで! お願いだから、離れに帰らせて!」
「駄目、ぜーったいに駄目。今日は俺の誕生日。俺の自由にしていい日!」
「あんた、いっつも自由でしょうがー!!」
そんな不毛なやりとりが続いて……結局。
折衷案として、この部屋には泊まらず、今日中に横浜に帰ることになりました。
せっかくの特別客室なのに……と、新川透はひどく不満そうだった。俺の誕生日なのに、すごく辛抱強く我慢したのに、とか何とか。
やっと仲直りしたのに、また微妙な雰囲気……というか新川透はひどく不機嫌になってしまったのだけど。
いやこれ、私は悪くないよね! ねっ、そうだよね!
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結局、二人とも謝ってはいないのだった。
これが二人の日常。( ̄▽ ̄;)
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