無才印の大聖女 〜聖印が歪だからと無能判定されたけど、実は規格外の実力者〜

Josse.T

文字の大きさ
13 / 25

第13話 回復魔法の派生技を教えた

しおりを挟む
 次の週の、「イナビル特別授業」の時間。
 私は体育館にて……クラスメイトたちが鬼ごっこに興じるのを見守りながら、新しい精霊と会話をしていた。

 鬼ごっこといっても、今やってるのはただの鬼ごっこではないが。
 今やってるのは、カーテンを完全に締め切った、全く光の差さない暗所での鬼ごっこである。

 この鬼ごっこの真の目的は、回復魔法の派生技を体験させること。
 回復魔法の派生技といえば、私がよく使う「ミトコンドリア・ヘルファイア」などもその例だが……今回はみんなに「赤外線可視化」という魔法を教え、それを遊びの中で習得してもらおうと思って、こんな授業形態にしているのである。

 回復魔法、本当はあらゆる生命現象を操作できる優れものなんだが……この時代では、ヒールやエリアヒール、魔力譲渡マナヒールができる程度のものって認識になってしまっているからな。
 まずはその認識をぶち破ってもらおうと思い、なんでもいいから生命現象操作魔法を一つ、体得してもらうことに決めたのだ。

 そこで私が最初に教えることに決めたのが、網膜の感知周波数を魔法で改変して赤外線を可視化するこの魔法だというわけである。
「ミトコンドリア・ヘルファイア」なんかはこんな魔法より数段役に立つが、その代わり「高熱に耐えながら発動しなければならない」という難しさもあるからな。
 まずは万難を排して、誰でも簡単に習得できるという点を重視して、この魔法を採用するに至ったのだ。

 ちなみにわざわざ鬼ごっこにしているのは、そういう遊び要素があった方が、より実践的に習得できるのではと考えたからである。

 授業の冒頭のレクチャーでみんなやり方は覚えたので、する事がなくなった私は今、せっかくのすきま時間で新しい精霊と向き合っているというわけだ。

「みんな、すごいはしりまわってるねー!」
「そうよね。若い子って何かと元気よね……」

 まあなんだかんだで、あまり話すことも思いつかなくなってきた私たちは、二人で鬼ごっこを見守る体制に入りかけてしまっているわけだが。(ちなみにゼタボルトはお昼寝中)
 そんなこんなしていると……クラスメイトの一人がこっちに走り寄ってきたかと思うと、こんな要望を出してきた。

「イナビル先生、私……鬼ごっこ飽きちゃった。もし良かったら……最初に見せてくれた炎の出し方、聞いてもいい?」

 走り寄ってきたのは、シンメトレルだった。
 シンメトレルは……私が授業の冒頭で回復魔法の派生の一例として見せた、「ミトコンドリア・ヘルファイア」の発動方法を教えてもらいたい様子だった。

「良いけど……あれ、慣れてないと想像以上に熱いのよ? 初めは使うのには相当な覚悟がいるけど、それでも大丈夫?」

 そんなシンメトレルに、私はまずそう聞いてみた。
 ちなみに敬語からため口になっているのは、一週間の間に少しは仲良くなった……ような気はするからだ。

「大丈夫! 私一応、実家ではお父さんの鍛冶仕事手伝ってたし」

 私が心配すると、シンメトレルは生い立ちを根拠に、平気だと主張した。

「それに……あの魔法のすっごいいバージョンが、この前キメラを丸焦げにした魔法なんでしょ? 私あれを見て、イナビル先生かっこいいなーって思って……」

「そ、そうなの……」

 なんかそんな風に言われると、途端に断りづらくなるな。
 私はシンメトレルの意気込みに押され、ミトコンドリア・ヘルファイア、教えてもいいかという気分になってきた。

 実家の鍛冶に携わるとかならいっそ、精霊につける属性を火にすれば良い気もするが……確か前世では、「ミトコンドリアを活性化させた指先で刃先をなぞり、最高の焼き入れをする」みたいな技術で数々の名刀を生み出した人もいたしな。
 シンメトレルにとって、重要な術式の一つになる可能性は低くはないだろう。

「じゃあ、教えるね」

 私はそう言って、シンメトレルを体育倉庫に連れていった。
 そしてそこに置いてあった黒板の一つに……細胞を一つと、分子の構造式を一つ描いた。

「私たちの体内にはミトコンドリアっていう、こんな感じの微生物がたくさん住んでるの。この微生物たちがATP——こんな感じの物質を切ったりくっつけたりする過程で、私たちはエネルギーを得ることができるのよ。そして……魔法でその活動をすごく元気にしてやれば、火が出るってわけ」

 黒板に書いてある図を指しながら、私は魔法の仕組みをざっくりと説明した。
 するとシンメトレルは、大きく頷き——

「分かった! こんな感じかな……はぁぁぁああ!」

 ——間髪入れず、魔法の発動を試みた。
 おいおい、説明はまだ半分しか終わって……

「あちちちち!」

「だ、大丈夫!? ミトコンドリア沈静化!」

 などと思っているうちにも、シンメトレルの全身から火が噴き出したので、私はとりあえずミトコンドリアの活性化を強制停止した。

「あの……まだ話途中だったんだけど、この魔法、そのまま使うと火傷しちゃうから火傷をヒールで相殺しながら使わないといけないんだよね」

「そうだったんだ。ごめんなさい……」

 私がそう説明すると、シンメトレルはしょんぼりしてしまった。
 いや私としては、シンメトレルさえトラウマになってなけりゃ全然大丈夫なんだが。
 魔法の習得の過程では、失敗は付きものだし。

「……ちゃんとやるから、もう一回やらしてください」

 と思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

「うん、ぜひやってごらん。……ヒールと二重に魔法を展開しなくちゃいけないから、威力は控えめにね」

「はい!」

 そう言って今度は……シンメトレルは、自分の右手に火を灯した。

「……熱くない?」

「熱いけど……慣れないといけないんだよね? がんばる」

 シンメトレルの今回の炎は、かなり安定していた。
 流石は鍛冶師の娘というべきか。
 そんなに冷静に返事ができるなら、もう慣れたも同然だよな。

 ……説明途中でやったのをノーカンとすれば、初回でここまで炎を安定させられるのはかなりの才能だ。
 これは……この魔法、この子の十八番になるかもしれないな。

 そんなことを考えていると、授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。




 次の授業に向かうために、体育館から教室に移動していると……理事長室を通り過ぎようとしたところで、後ろから声がかかった。

「イナビルさん、少し伝えたいことが」

 振り向くと……そこにいたのは、理事長テレサさんだった。

「何でしょうか?」

 確かテレサさん、冒頭のレクチャーが終わって、鬼ごっこに入ったタイミングで体育館を去っていったのだが……それから今の間に、何か決定したのだろうか。
 などと思いつつ、そう聞き返してみると……テレサさんは、衝撃の事実を口にした。

「実は……『回復魔法実践』担当のメフェナ先生が、『特Aクラスは全員最高評価で単位を出すから、今後の授業時間をイナビルさんに譲りたい』と直談判しに来まして。もしよろしければ……授業を一コマ増やしていただけませんか?」

 なんと……私が担当する授業時間が、もう一コマ増えようとしていたのだ。
 いやまあ、私としては構わないのだが。
 あの小テストだけで、全員最高評価で単位が出てしまうのか……。

「あの……難しいでしょうか?」

「いえ、そんなことは! じゃあ何かしら、次の授業内容考えときます」

 呆気に取られていると、テレサさんはそんな私を「難色を示している」と勘違いしたみたいだったので、私はそう言ってOKを出した。

「ありがとうございます! 助かります」

 するとテレサさんは満面の笑みでそう言って、理事長室に戻っていった。

 回復魔法実践……確か次は明後日の三限だよな。
 せっかくなら……そのコマは、教えるのを後回しにするつもりだった内容を並行で進める感じにしようか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足でお城が崩れる!? 貴族が足りなくて領地が回らない!? ――そんなギリギリすぎる領地を任された転生令嬢。 現代知識と少しの魔法で次々と改革を進めるけれど、 なぜか周囲を巻き込みながら大騒動に発展していく。 「領地再建」も「恋」も、予想外の展開ばかり!? 没落領地から始まる、波乱と笑いのファンタジー開幕! ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...