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裁きの声
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終電を逃した夜、俺は人気のない裏路地を歩いていた。
湿った風の中で、背後から足音がついてくる。
振り返ると、フードを被った女が立っていた。顔は見えない。
「……田村翔平さんですね」
女の声は、耳元で囁かれたように近く響いた。
俺は動揺して頷く。
「あなたは十二年前、この町で一人の少女を車で轢きました」
息が止まった。あの事故のことだ。
深夜、雨の中で信号を無視し、歩道にいた少女をはねた。
怖くなって逃げ、そのまま何もなかったように生きてきた。
証拠は消え、警察も俺を疑わなかった。
「人違いだ」
俺が言うと、女はゆっくり顔を上げた。
そこには、濡れた髪と青白い肌、そして潰れた左頬の少女の顔があった。
「証拠は要りません。私は見ていましたから」
次の瞬間、路地の周囲に人影が現れた。
スーツの男、老女、制服姿の少年――全員が、どこかしら体の一部を損なっている。
「彼に裁きを」女が言うと、影たちは俺を囲んだ。
空気が急に重くなり、膝が床に押し付けられる。
耳の奥に直接、複数の声が響く。
《罪を認めろ》
《逃げた夜を思い出せ》
《謝れ》
「違うんだ! 俺は……」
言い訳を叫ぶたびに、体の感覚が削がれていく。
まず指先が冷たくなり、爪から粉のように崩れ落ちた。
「助けてくれ!」
目の前の少年が、笑いながら俺の足首を掴む。
触れた場所から黒いひびが広がり、骨まで砕けていく。
「罪を否定する者は、存在を剥奪されます」
女の声は静かだった。
膝、腰、肩……次々と体が崩れ、地面に散っていく。
痛みはないが、自分の形が失われる恐怖が全身を締め付ける。
最後に残ったのは頭部だけだった。
女が屈み込み、俺の目を覗き込む。
「まだ、言えるはずです」
俺は唇を震わせた。
「……ごめんなさい」
途端に周囲の影たちは消え、路地は静寂に包まれた。
安堵した瞬間、視界が急速に暗くなっていく。
謝罪は許しではなく、ただの判決文だったのだ。
崩れ落ちる直前、女の声が耳に残った。
「これで、あなたも見届ける側です」
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振り返ると、フードを被った女が立っていた。顔は見えない。
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女の声は、耳元で囁かれたように近く響いた。
俺は動揺して頷く。
「あなたは十二年前、この町で一人の少女を車で轢きました」
息が止まった。あの事故のことだ。
深夜、雨の中で信号を無視し、歩道にいた少女をはねた。
怖くなって逃げ、そのまま何もなかったように生きてきた。
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「人違いだ」
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《罪を認めろ》
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《謝れ》
「違うんだ! 俺は……」
言い訳を叫ぶたびに、体の感覚が削がれていく。
まず指先が冷たくなり、爪から粉のように崩れ落ちた。
「助けてくれ!」
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女の声は静かだった。
膝、腰、肩……次々と体が崩れ、地面に散っていく。
痛みはないが、自分の形が失われる恐怖が全身を締め付ける。
最後に残ったのは頭部だけだった。
女が屈み込み、俺の目を覗き込む。
「まだ、言えるはずです」
俺は唇を震わせた。
「……ごめんなさい」
途端に周囲の影たちは消え、路地は静寂に包まれた。
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「これで、あなたも見届ける側です」
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