ニャル様のいうとおり

時雨オオカミ

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肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】

桜の最期

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 青葉ちゃんはこちらを睨みながら、随分とご機嫌斜めな様子を見せていた。

「なんでボクの邪魔をするの?」
「そりゃあ……」

 俺が言う前に、紅子さんが答えた。

「ほら、お兄さん前払いはもらったけどちゃんと報酬もらってないでしょ? タダ働きは誰だって嫌なもの、だよ!」

 その途端、枝の動きがピタリと止まった。完全に予想外という顔を青葉ちゃんがする。
 依然、警戒するようにこちらに枝は向いたままだが、完全に攻撃はやめたようだ。

「そうか、そうだったね。ごめんね、ボクとしたことが忘れてたよ」
「うおっ!?」

 言ってすぐ目の前に現れた青葉ちゃんに一歩後ずさる。

「報酬はなにがいいかな。前払いみたいなのはダメだよね。ボクができること…… ううーん」
「あの人を解放してやるのは……」
「ボクのできることって言ってるでしょ?」

 有無を言わさぬ威圧感で黙らされた。

「キミの眠り、とかどうかな?」

 声が聞こえた、すぐそばで。
 俺のズボンのポケットから飛び出した鋭いガラス片は素早く青葉ちゃんの首筋を切り裂いた。

 なにが起きたか、分からなかった。

「あ、あ……」

 ポタリ、なんて音じゃ収拾がつかないほどの量の血が首から流れ落ちては桜の花に変わっていく。
 俺が紅子さんを抱き上げていたときに、いつの間にかガラス片を持たされていたのか。
 …… 不意打ちは怪異の得意技か。

「あなたはやりすぎた」

 ざくりと背後から紙を切り裂く音が響くと、その分だけ彼女の顔に亀裂が入っていく。

「木を傷つけても無意味、本体は桜だけど、意思はあなたが持っている。眠るのはあなただけ」

 秘色さんが近づいて来る。
 青葉ちゃんは枝を動かして敦盛さんに触れに行こうとするが、彼は巨大な枝を切り落とした桜子さんによって既に救出されていた。

「待て、待ってよ! その人を連れて行かないで! ボクの、ボクの……」

 崩れながら、ただの木の人形のようになりながら、青葉ちゃんが彼に手を伸ばす。
 けど、その手が握られることは……なかった。

「キミは寂しさを紛らわせる生け贄が欲しいだけで、本当は誰でも良かったんだよ。そうは思わないかな?」

 紅子さんが皮肉気に言った言葉に、彼女は絶望したようにその手を胸に当てた。思い当たる節があったのかもしれない。

「独りで眠れよ、桜の精」

 神とは言ってやらないんだな。
 まあ、元は神様じゃなくて花に宿った精霊だったからか。

「…… はあ、やっと終わった」
「おつかれさまです」

 秘色さんにおつかれ、と返してその場に座る。
 見ると結界は頭上から地面に向かって解けるように消えていく。
 人間の敦盛さんは無事だし、なんとかなったかな……
 できれば青葉ちゃんも、なんて言ったら紅子さんにまた偽善だとたしなめられてしまうだろうが。

「…… ああ?」

 おっと、敦盛さんが起きたけど…… 秘色さんどこにいったんだ? 

「え、そっち?」

 紅子さんの目配せに従って視線を移動させると、桜の裏から振られる手が見えた。
 敦盛さんが彼女を見ると面倒なことになるからだろう。仕方ないか。

「怪我はありませんか?」
「……」

 俺の言葉に返事もせずにキョロキョロと辺りを見回していた敦盛さんは、最後にすっかり花が散った桜を見上げて呟いた。

「距離を取るだけじゃ効果ねぇのかよ…… ッチ」
「ちょ、ちょっとなにするんですか!?」

 そして起き上がると、なんと桜の幹に蹴りを入れて唾を吐いた。
 さすがにこんな仕打ちじゃあ青葉ちゃんが可哀想すぎる! 

「ああいうのには関わっちゃダメだよ、お兄さん」

 そのまま去っていく彼を引きとめようとして、紅子さんに注意される。

「それと、人間のクセに神様のことを可哀想だなんて思うべきじゃない」
「えっ、俺口に出てたか?」
「いいや、キミの考えそうなことなんてお見通しだよ。人外に同情なんてご法度だ。そんなんだから厄介なのに執着されるんだよ」

 這い寄る混沌とか、なんて冗談めかして言った彼女に苦笑いを返す。確かにそうだ。

「さて、俺達も帰るか」
「帰りましょう。ああ、連絡先だけ渡しておきますね。同盟でもよろしくお願いします」
「あ、紅子。ちょっといい?」
「なに、桜子」

 俺達が連絡先を交換している傍でなにやら幽霊二人が話し合っている。

「キミ、最近〝 遊び 〟してるの?」
「……」
「ああ、そう…… しばらくあのお兄さんといるのはやめたほうがいいと思うけどね、ぼくは」
「そうだね、復活が遅い…… 〝 赤いちゃんちゃんこ 〟って認められにくくなってるかもしれない」
「ちゃーんと〝 らしい 〟ことしてないとダメだよ? ぼく達は怪異なんだから」

 そうして俺達は、それぞれの家路についた。
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