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想の章【紅い蝶に恋をした】
祓い屋と悪霊のタッグ
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俺とアリシアは隣に座り、秘色さんと桜子さんが向かい側。けれど、常人には桜子さんは視えないようで、彼女がキャラメルフラペチーノを飲んでいても誰も気づかないし、先程噂で盛り上がっていた少女達のドーナツを一つ摘み上げても気づかない。というか盗みはやめなさい。
「……つまり、あの噂が流れてれば桜子さんのところに足売り婆さんが来るってことか?」
「探し回るより、効率的。最初はわたしが引き受けるつもりだったんですけれど、桜子さんがダメだって言うから……」
「絵を描く必要があるのに自ら誘き寄せようなんて、はっきり言って馬鹿のやることだね」
「馬鹿じゃない」
「ばーか」
秘色さんはむっとしたようにしているが、これは桜子さんが全面的に正しいな。向かってきた婆さんの足がめちゃくちゃ早かったり問答無用で足を捥ぎにくるやつだったらどうするんだよ。
「答えなければ猶予はあると思ってたから……」
「だんまりでもNOと捉えられるよ。当たり前だろ?」
しかし、こうして二人が話しているのを見ると本当に仲がいいな。
桜子さんはどうやら秘色さんのことをかなり大切にしてるみたいだ。多分、本人は認めないんだろうけれど。自称悪霊…… だし。
「下調べと調査ってつまりこの噂の操作のことだったのか。それは時間がかかるだろうな……」
そもそも信じてくれる人は少ないだろうし、何日前からやっているかは知らないが、それなりに時間がかかるだろう。噂の伝播なんてまちまちだろうしな。
そんな爆発的に広がるものでもなし…… 桜子さんは実体化してない紛うことなき幽霊のようだし、実質噂を広げられるのは秘色さんだけなのだ。重労働だったろう。
「それで、結局いつ頃から始めるんですか?」
アリシアがショートケーキの苺を頬張りながら秘色さんに尋ねる。
おいおい、噂の確認のために入った喫茶店なのに満喫してるよ…… ま、なにも買わずに去るのは店に失礼だからいいんだけど。
「夕方。川沿いに人気のない公園がある。そこなら目撃もされにくいし、対処しやすい。時間も噂にある夕方になってからが本番だと思う」
「…… もうすぐ午後4時になるね」
「いろはー、それちょっと貰ってもいい?」
「はい、どうぞ」
「んむっ」
桜子さんの言葉に、予想していたのか秘色さんが切り取ったガトーショコラをその口の中に押し込む。
ナチュラルに分け合いっこをしている上にフォークは秘色さんのなのだが…… 仲の良い女の子ってそういうところあるよな。
「美味しい?」
「濃厚なチョコレートで大変美味しゅうございますとでも言えばいい? やっすい味しかしないけど」
「お嬢様だったのに一人称はそれでいいの?」
「ぼくはぼくなんですー。ぼく、人に指図されるの嫌ーい」
ふい、とそっぽを向いてケーキを完食。
彼女が視えない人にとっては秘色さんが二つもケーキを食べたように見えたかもしれない。
「さて、いっちょお仕事しますかー。いろは、会計ー」
「はいはい、外で待ってて」
「い、いくらだったっけ……」
慌てて財布を取り出すアリシアを制して自分の財布を出す。
秘色さんは既に会計を終えてるから、中学生で後輩のアリシアには奢ることにする。これくらいなら懐は痛まないし…… 姉の為に頑張ってるんだから応援してあげたいからな。
「俺が出すよ。お小遣いは大事にしたほうがいい」
「か、借りは返しますからね……」
受けてはくれるのか…… 年上から奢るって言われるとちょっと気を遣わせちゃうかな。悩みどころだ。
「そうだ、桜子さんの戦い方を見たいって言ってないよな?」
「う、あの人苦手です…… 悪霊っぽくはないけど、なんとなく。でも話してみます」
小走りで桜子さんのところまで行くアリシアを見送りながら会計を済ませ、外に出る。
そこでは桜子さんがふわふわと浮きながら幽霊らしく手を垂らしてアリシアをからかっていた。ぷんすこ怒るアリシアを秘色さんは微笑ましく見ているが、周囲の通行人は二度見している。そりゃあ、桜子さんは普通の人に見えていないだろうし驚くよな。
様子を見るに桜子さんはアリシアをわりと気に入ってるみたいだし、戦いを見せてもらう件についても多分今話してるんだろうな。姉の為に人に習う。そしてその向上心。そんなところを見て桜子さんはあんな態度をとってるんだろう…… 多分。
「公園で待ち伏せするんだったっけ?」
「ええ、そこなら人の目を気にする必要がありませんから。人避けをしなくても済みます」
「普通は人避けするのか? その、結界張ったり?」
「そうですよ…… ああ、そういえば下土井さんはまだ大規模依頼しか受けたことないんでしたっけ。それなら分からないのも無理ないです。異界なら必要ないですし、大規模なときは他の人がやってくれてますから。それと、敵となる〝 人でないもの 〟が獲物を捕まえる為に結界を張っている場合もあります」
冬桜のときに青葉ちゃんが確かやっていたな。
桜の木から無数の蝶が飛び出して行って結界が張られていたんだったか。
なんとも幻想的な光景だったが、あれが獲物を絡めとる蜘蛛の巣のようなものだと考えると少しゾッとする。使っているのは蝶々なのにな。
「それと、結界がそこにあるか否かは霊的なものに鈍感な人は気付きにくいです。ある程度訓練すれば才覚も開きますが、生まれつきで対策を学んできた人とは違っていきなり霊的なものが視えるようになってしまうので、精神的に無防備になりやすい。ですから、アリシアちゃんは慣れるまでアルフォードさんのところの道具に頼るといいと思います」
視えるようになる道具があるのか。まあ、あそこならあるだろうな。なんせ腐臭さえ隠せる香水が堂々と商品として並べられてるくらいだし。
「霊的感覚が一切ない人はごく僅かです。殆どの人は、意識をしていないから見えない、聞こえない、触れられないだけです。そこになにかがある。なにかがいる。そんな雰囲気に飲まれたときなら、あるいは視える人に意識を誘導されれば自然とそこにいるものも視えるようになりますよ。桜子さんのことも、わたしが声をかけてから気づいたでしょう?」
秘色さんの言葉にアリシアが頷く。
そうか、俺には初めから見えてたけど、アリシアには見えてなかったのか。
「初めから視える人は意識していなくても視えてしまうので、まず人でないものを無視する訓練から始まりますね。どうしても意識が向いてしまう人は幼い頃に襲われて亡くなる可能性も非常に高くなります。対処法か、目をつけられにくくする方法を学ばないとまともに生きていけないのだそうですよ。わたしは、後天的に視えるようになったのでそこまで大きな苦労はしてませんけれど」
「あれ、そうなんだな。てっきり秘色さんは初めから視える人だったんだと思ってたよ」
「わたしは、中学生の頃怪異事件に巻き込まれて助けてもらったことがあったんです。その後から才覚が開いたらしくて…… 自然と視えるようになりました。だからアリシアちゃんも、そのうち視えるようになると思います」
「分かった。お姉ちゃんのためにもあたし、たくさん頑張ればいいのね」
「うん、無理しない程度にね」
秘色さんが微笑んでアリシアの頭にぽふぽふと手を乗せる。
そうして彼女から霊やそれに類することについて細々としたレクチャーを受けながら目的地に到着した。
川沿いの随分と大きな公園だが、今は夕方で尚且つ平日だからか人通りが少ない。いるとしても、犬の散歩をしている人がときおり通るくらいだ。
「林の中なら目立たない。こっち」
「随分と詳しいな。秘色さん、ここに来たことあるのか?」
「昨日、散々歩いて噂を広げたから…… その成果」
「あ、ごめん」
一人で噂を広げるのにどれだけかかったのか。考えるだけでも恐ろしい。
人と協力したとしても相当時間がかかるだろうに。
「ここで、待つ…… 噂が本当なら、もうそろそろ活動開始時間」
「来なかったらどうするんだ?」
「それはありえない。この手の怪異は、知ってる人にしか見えないし、聞こえない。怪異のほうも、狙わない。だから桜子さんの噂と一緒に流しておけば必ずここに来る」
噂をした人、聴いた人のところにやってくる。そういう怪異って多いけど、足売り婆さんもそういう類なのか。
「ここの怪異は意思のない噂の塊だから、反応も対応も単純。下準備の噂広げるほうがよほど大変だった」
だからあとは仕上げるだけ…… か。
「ふふん、ようく見てなよおチビちゃん。ぼくは後輩ちゃんとは違って後のない戦い方なんてしないんだ。後がないってことは、死に直結する。きみが参考にできないやりかただからね。ぼくはいろはがいる以上、やられるわけにはいかないのさ」
「分かったわ」
なるほど。桜子さんがやられると秘色さんも危険に晒されるから、彼女は紅子さんのように捨て身で行かないのか。自称悪霊なのに随分と秘色さんのことを気にかけてるんだな。本当に悪霊なのか、少し疑ってしまいそうになる。
「さて、夕刻から随分経ったし…… お出ましみたいだよ」
ぴた、ひたり、ひた、ひた、ひた、ずる、べしゃり。
そんな湿ったような足音を立ててひと抱えもある風呂敷を担いだお婆さんがこちらへやって来る。
夕日が空の向こうへ落ちていく。藍色の夜と夕日のオレンジが混ざったその狭間の時間に、後ろの景色を僅かに透けさせたお婆さんがまっすぐと、桜子さんへと向かっていった。
透けたお婆さんとは違い、人間のようにはっきりと佇んだ桜子さんはそれを堂々と迎えた。
「お嬢ちゃん、足はいらんかね。足はいらんかね……」
ぶつぶつと落ち窪んだ瞳で呟くお婆さんに、桜子さんは 「ああ、憎い憎い。人のものを取ろうとする奴が憎い」 とちっとも恨めしそうじゃない声色で返答する。あくまで彼女は悪霊として振舞っているようだった。
「足はいらんかね。足は、足は、足は」
「なら、お前の足をもらおうか」
桜子さんが持っているのはカッターナイフではなく、包丁。
桃色の人魂から取り出したそれで彼女は身を低くし、お婆さんの抱擁を避けるように足元をすり抜けると背後から心臓の位置をひと突きにする。
途端に真っ黒な煙がその場で破裂したように広がり…… そして大気中に消えていった。
本人達が言う通り、退治はとてもあっさりとしたものになったな。まるで苦戦することなく、桜子さんはお婆さんを躊躇いなく殺した。いや、消滅させた? どちらでもいいが、人の仕事ぶりを見るのは少なからず参考にはなる。
噂を広めるなんて絡め手のようなやり方は初めて知ったからな。
「うーん、あんまり参考にならないかね、これは。ごめんねー、チビっこ」
桜子さんは軽い調子で言いながらこちらに戻ってくると、途中で秘色さんと控えめなハイタッチ。 「おつかれー」 とまるでバイト終わりの学生のように続けた。それに対するアリシアはというと……
「いいえ、見ることも経験だもの。あなたみたいにあたしは嫌味なんて言いませんよーだ」
「んふふ、言うなあ。いろはと仕事してるとき以外は暇だし、うん。修行にちゃんと付き合ってあげるよ。退屈はしなさそうだし」
無事、アリシアは桜子さんに気に入られたみたいだった。
これで参考にできる相手ができたな。
俺も秘色さんの霊感講座が参考になったし、学ぶことは多そうだ。
ハロウィンのときは声真似に惑わされて紅子さんの足手纏いになってしまったし、二人で行動しながら仕事をこなす見本を見れるのは貴重な体験だ。
「いろはー、帰ろうか」
「うん。二人も一緒にどうぞ」
「ありがとう」
「助かるわ」
もう少し、このメンバーで仕事を見せてもらおう。
鏡の門を潜りながら、俺はそう決意したのだった。
「……つまり、あの噂が流れてれば桜子さんのところに足売り婆さんが来るってことか?」
「探し回るより、効率的。最初はわたしが引き受けるつもりだったんですけれど、桜子さんがダメだって言うから……」
「絵を描く必要があるのに自ら誘き寄せようなんて、はっきり言って馬鹿のやることだね」
「馬鹿じゃない」
「ばーか」
秘色さんはむっとしたようにしているが、これは桜子さんが全面的に正しいな。向かってきた婆さんの足がめちゃくちゃ早かったり問答無用で足を捥ぎにくるやつだったらどうするんだよ。
「答えなければ猶予はあると思ってたから……」
「だんまりでもNOと捉えられるよ。当たり前だろ?」
しかし、こうして二人が話しているのを見ると本当に仲がいいな。
桜子さんはどうやら秘色さんのことをかなり大切にしてるみたいだ。多分、本人は認めないんだろうけれど。自称悪霊…… だし。
「下調べと調査ってつまりこの噂の操作のことだったのか。それは時間がかかるだろうな……」
そもそも信じてくれる人は少ないだろうし、何日前からやっているかは知らないが、それなりに時間がかかるだろう。噂の伝播なんてまちまちだろうしな。
そんな爆発的に広がるものでもなし…… 桜子さんは実体化してない紛うことなき幽霊のようだし、実質噂を広げられるのは秘色さんだけなのだ。重労働だったろう。
「それで、結局いつ頃から始めるんですか?」
アリシアがショートケーキの苺を頬張りながら秘色さんに尋ねる。
おいおい、噂の確認のために入った喫茶店なのに満喫してるよ…… ま、なにも買わずに去るのは店に失礼だからいいんだけど。
「夕方。川沿いに人気のない公園がある。そこなら目撃もされにくいし、対処しやすい。時間も噂にある夕方になってからが本番だと思う」
「…… もうすぐ午後4時になるね」
「いろはー、それちょっと貰ってもいい?」
「はい、どうぞ」
「んむっ」
桜子さんの言葉に、予想していたのか秘色さんが切り取ったガトーショコラをその口の中に押し込む。
ナチュラルに分け合いっこをしている上にフォークは秘色さんのなのだが…… 仲の良い女の子ってそういうところあるよな。
「美味しい?」
「濃厚なチョコレートで大変美味しゅうございますとでも言えばいい? やっすい味しかしないけど」
「お嬢様だったのに一人称はそれでいいの?」
「ぼくはぼくなんですー。ぼく、人に指図されるの嫌ーい」
ふい、とそっぽを向いてケーキを完食。
彼女が視えない人にとっては秘色さんが二つもケーキを食べたように見えたかもしれない。
「さて、いっちょお仕事しますかー。いろは、会計ー」
「はいはい、外で待ってて」
「い、いくらだったっけ……」
慌てて財布を取り出すアリシアを制して自分の財布を出す。
秘色さんは既に会計を終えてるから、中学生で後輩のアリシアには奢ることにする。これくらいなら懐は痛まないし…… 姉の為に頑張ってるんだから応援してあげたいからな。
「俺が出すよ。お小遣いは大事にしたほうがいい」
「か、借りは返しますからね……」
受けてはくれるのか…… 年上から奢るって言われるとちょっと気を遣わせちゃうかな。悩みどころだ。
「そうだ、桜子さんの戦い方を見たいって言ってないよな?」
「う、あの人苦手です…… 悪霊っぽくはないけど、なんとなく。でも話してみます」
小走りで桜子さんのところまで行くアリシアを見送りながら会計を済ませ、外に出る。
そこでは桜子さんがふわふわと浮きながら幽霊らしく手を垂らしてアリシアをからかっていた。ぷんすこ怒るアリシアを秘色さんは微笑ましく見ているが、周囲の通行人は二度見している。そりゃあ、桜子さんは普通の人に見えていないだろうし驚くよな。
様子を見るに桜子さんはアリシアをわりと気に入ってるみたいだし、戦いを見せてもらう件についても多分今話してるんだろうな。姉の為に人に習う。そしてその向上心。そんなところを見て桜子さんはあんな態度をとってるんだろう…… 多分。
「公園で待ち伏せするんだったっけ?」
「ええ、そこなら人の目を気にする必要がありませんから。人避けをしなくても済みます」
「普通は人避けするのか? その、結界張ったり?」
「そうですよ…… ああ、そういえば下土井さんはまだ大規模依頼しか受けたことないんでしたっけ。それなら分からないのも無理ないです。異界なら必要ないですし、大規模なときは他の人がやってくれてますから。それと、敵となる〝 人でないもの 〟が獲物を捕まえる為に結界を張っている場合もあります」
冬桜のときに青葉ちゃんが確かやっていたな。
桜の木から無数の蝶が飛び出して行って結界が張られていたんだったか。
なんとも幻想的な光景だったが、あれが獲物を絡めとる蜘蛛の巣のようなものだと考えると少しゾッとする。使っているのは蝶々なのにな。
「それと、結界がそこにあるか否かは霊的なものに鈍感な人は気付きにくいです。ある程度訓練すれば才覚も開きますが、生まれつきで対策を学んできた人とは違っていきなり霊的なものが視えるようになってしまうので、精神的に無防備になりやすい。ですから、アリシアちゃんは慣れるまでアルフォードさんのところの道具に頼るといいと思います」
視えるようになる道具があるのか。まあ、あそこならあるだろうな。なんせ腐臭さえ隠せる香水が堂々と商品として並べられてるくらいだし。
「霊的感覚が一切ない人はごく僅かです。殆どの人は、意識をしていないから見えない、聞こえない、触れられないだけです。そこになにかがある。なにかがいる。そんな雰囲気に飲まれたときなら、あるいは視える人に意識を誘導されれば自然とそこにいるものも視えるようになりますよ。桜子さんのことも、わたしが声をかけてから気づいたでしょう?」
秘色さんの言葉にアリシアが頷く。
そうか、俺には初めから見えてたけど、アリシアには見えてなかったのか。
「初めから視える人は意識していなくても視えてしまうので、まず人でないものを無視する訓練から始まりますね。どうしても意識が向いてしまう人は幼い頃に襲われて亡くなる可能性も非常に高くなります。対処法か、目をつけられにくくする方法を学ばないとまともに生きていけないのだそうですよ。わたしは、後天的に視えるようになったのでそこまで大きな苦労はしてませんけれど」
「あれ、そうなんだな。てっきり秘色さんは初めから視える人だったんだと思ってたよ」
「わたしは、中学生の頃怪異事件に巻き込まれて助けてもらったことがあったんです。その後から才覚が開いたらしくて…… 自然と視えるようになりました。だからアリシアちゃんも、そのうち視えるようになると思います」
「分かった。お姉ちゃんのためにもあたし、たくさん頑張ればいいのね」
「うん、無理しない程度にね」
秘色さんが微笑んでアリシアの頭にぽふぽふと手を乗せる。
そうして彼女から霊やそれに類することについて細々としたレクチャーを受けながら目的地に到着した。
川沿いの随分と大きな公園だが、今は夕方で尚且つ平日だからか人通りが少ない。いるとしても、犬の散歩をしている人がときおり通るくらいだ。
「林の中なら目立たない。こっち」
「随分と詳しいな。秘色さん、ここに来たことあるのか?」
「昨日、散々歩いて噂を広げたから…… その成果」
「あ、ごめん」
一人で噂を広げるのにどれだけかかったのか。考えるだけでも恐ろしい。
人と協力したとしても相当時間がかかるだろうに。
「ここで、待つ…… 噂が本当なら、もうそろそろ活動開始時間」
「来なかったらどうするんだ?」
「それはありえない。この手の怪異は、知ってる人にしか見えないし、聞こえない。怪異のほうも、狙わない。だから桜子さんの噂と一緒に流しておけば必ずここに来る」
噂をした人、聴いた人のところにやってくる。そういう怪異って多いけど、足売り婆さんもそういう類なのか。
「ここの怪異は意思のない噂の塊だから、反応も対応も単純。下準備の噂広げるほうがよほど大変だった」
だからあとは仕上げるだけ…… か。
「ふふん、ようく見てなよおチビちゃん。ぼくは後輩ちゃんとは違って後のない戦い方なんてしないんだ。後がないってことは、死に直結する。きみが参考にできないやりかただからね。ぼくはいろはがいる以上、やられるわけにはいかないのさ」
「分かったわ」
なるほど。桜子さんがやられると秘色さんも危険に晒されるから、彼女は紅子さんのように捨て身で行かないのか。自称悪霊なのに随分と秘色さんのことを気にかけてるんだな。本当に悪霊なのか、少し疑ってしまいそうになる。
「さて、夕刻から随分経ったし…… お出ましみたいだよ」
ぴた、ひたり、ひた、ひた、ひた、ずる、べしゃり。
そんな湿ったような足音を立ててひと抱えもある風呂敷を担いだお婆さんがこちらへやって来る。
夕日が空の向こうへ落ちていく。藍色の夜と夕日のオレンジが混ざったその狭間の時間に、後ろの景色を僅かに透けさせたお婆さんがまっすぐと、桜子さんへと向かっていった。
透けたお婆さんとは違い、人間のようにはっきりと佇んだ桜子さんはそれを堂々と迎えた。
「お嬢ちゃん、足はいらんかね。足はいらんかね……」
ぶつぶつと落ち窪んだ瞳で呟くお婆さんに、桜子さんは 「ああ、憎い憎い。人のものを取ろうとする奴が憎い」 とちっとも恨めしそうじゃない声色で返答する。あくまで彼女は悪霊として振舞っているようだった。
「足はいらんかね。足は、足は、足は」
「なら、お前の足をもらおうか」
桜子さんが持っているのはカッターナイフではなく、包丁。
桃色の人魂から取り出したそれで彼女は身を低くし、お婆さんの抱擁を避けるように足元をすり抜けると背後から心臓の位置をひと突きにする。
途端に真っ黒な煙がその場で破裂したように広がり…… そして大気中に消えていった。
本人達が言う通り、退治はとてもあっさりとしたものになったな。まるで苦戦することなく、桜子さんはお婆さんを躊躇いなく殺した。いや、消滅させた? どちらでもいいが、人の仕事ぶりを見るのは少なからず参考にはなる。
噂を広めるなんて絡め手のようなやり方は初めて知ったからな。
「うーん、あんまり参考にならないかね、これは。ごめんねー、チビっこ」
桜子さんは軽い調子で言いながらこちらに戻ってくると、途中で秘色さんと控えめなハイタッチ。 「おつかれー」 とまるでバイト終わりの学生のように続けた。それに対するアリシアはというと……
「いいえ、見ることも経験だもの。あなたみたいにあたしは嫌味なんて言いませんよーだ」
「んふふ、言うなあ。いろはと仕事してるとき以外は暇だし、うん。修行にちゃんと付き合ってあげるよ。退屈はしなさそうだし」
無事、アリシアは桜子さんに気に入られたみたいだった。
これで参考にできる相手ができたな。
俺も秘色さんの霊感講座が参考になったし、学ぶことは多そうだ。
ハロウィンのときは声真似に惑わされて紅子さんの足手纏いになってしまったし、二人で行動しながら仕事をこなす見本を見れるのは貴重な体験だ。
「いろはー、帰ろうか」
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