7 / 209
ガチの現場にはビンタが必須
午後の鐘が鳴り終わると同時に、治癒魔術科の学生たちは中庭奥の訓練場へと誘導された。
回廊を抜けた先に広がるのは、石畳と土が混じった広い演習場。
周囲には結界柱が等間隔に立ち、空気そのものが張りつめている。
(あ、これ……ガチの現場だ)
アイナは無意識に背筋を伸ばした。
隣では同じ科の女生徒が小声で緊張を漏らし、少し前方では騎士科の学生たちが既に準備運動を始めている。
剣を構える姿勢ひとつとっても、身体の重心が違う。
筋肉の付き方、肩の張り、脚の踏ん張り
――どれもが「戦うための身体」だった。
治癒魔術科の前に立ったのは、短くまとめた髪と鋭い眼差しを持つ女性教官だった。
白衣の上からでも分かるほど、引き締まった体躯。
「初めての合同訓練ですからね。今から注意事項を挙げますよー!」
朗らかな声とは裏腹に、その場の空気が一段階引き締まる。
「まずひとつ。剣撃の範囲に絶対に入らないこと」
「ふたつ。吹っ飛んできたら、全力で避ける」
「みっつ。傷の程度によって、自己判断しない」
「よっつ。無理をしない」
一つ一つ、指を立てながら確認する。
「そして最後に、最重要事項です」
教官の視線が、治癒魔術科
――特に女子学生たちへと向けられた。
「特に女子は、しっかり聞いてください」
アイナは思わず姿勢を正す。
「治癒魔術を騎士にかけた際。相手が瞳を合わせてきて、ぼーっと惚けてきたら」
一拍。
「――思いっきりビンタを喰らわせること!
厳守です!
気合いのビンタ!
忘れないように!!」
(……なぜ、ビンタ?????)
思考が一瞬フリーズした。
だが、教官の表情は真剣そのものだ。
「以上! では始めます!」
合図と同時に、騎士科と治癒魔術科がそれぞれ配置につく。
騎士科は前線、治癒魔術科は後方支援。
実戦を想定した陣形だ。
開始から数分も経たないうちに、状況は一変した。
ドンッ!
鈍い衝撃音と共に、騎士科の男子が地面を転がる。
「ぐあっ……」
「A班、回収せよ!」
教官の号令が飛ぶ。
「治癒、展開!」
治癒魔術科の数名が一斉に前へ出る。
詠唱、魔力循環、陣の構築。
座学で習ったはずの流れが、現場では一気に忙しくなる。
バーーーンッ!
今度は別方向で衝撃と破壊音。
ゴギャッ!
「意識喪失! そこ!! 前に出るんじゃない!」
「先生っ! 回復陣がうまく組めません!」
「B班、構え! 展開!!」
「はいッ!!」
アイナも即座に反応した。
魔力を練り、詠唱を短縮し、陣を展開する。
「気合い足りてないぞ!!」
「はいッ!!」
周囲からも次々に声が重なる。
「はいッ!!!」
(なるほど……根性論じゃない)
アイナは理解し始めていた。
魔力は繊細だが、現場では迷いが命取りになる。
最後に陣を押し出すのは、
確かに「気合い」だ。
回復が進む中、また一人、吹き飛ばされた騎士がこちらへ転がってくる。
「きゃっ!」
隣の女生徒が反射的に大きく跳び、間一髪で回避した。
「危ない……」
すぐさま別の女生徒が駆け寄り、治癒魔術を施す。
汗をかきながら必死に魔力を流すその姿は、
確かに美しかった。
――そして。
回復が完了した瞬間。
騎士科の男子が、ぼーっとした瞳でその女生徒を見つめた。
「……女神だ……」
女生徒は気づかない。
必死で次の負傷者を探している。
「俺と……結婚して……」
次の瞬間。
「そこ!! ビンタァ!!」
教官の怒号。
「は、はい!!」
女生徒が条件反射のように、思い切り腕を振り抜いた。
バシーーーーン!!
乾いた音が演習場に響く。
「はっ! 俺は何を……」
正気に戻った男子が、目を瞬かせる。
――その瞬間。
(あ、これ……いる)
アイナは完全に理解した。
治癒魔術は、身体だけでなく心にも影響する。
魔力に包まれ、命を引き戻される感覚は、錯覚を生む。
(めちゃくちゃビンタは必須だ)
むしろ、これは命を守る行為だ。
訓練はその後も続いた。
泥と汗と魔力が混じる中で、
治癒魔術科と騎士科は確実に連携を深めていく。
アイナは息を整えながら思った。
(医療現場は過酷だ。だけど……)
目の前で誰かが助かる瞬間。
それを支える役割に、自分が立てている。
(私は、ここに来てよかった)
遠くで剣がぶつかる音が鳴る。
中庭を渡る風が、汗を冷やした。
――この学園での日々は、想像以上に激しく、
そして確かに、生きている実感に満ちていた。
回廊を抜けた先に広がるのは、石畳と土が混じった広い演習場。
周囲には結界柱が等間隔に立ち、空気そのものが張りつめている。
(あ、これ……ガチの現場だ)
アイナは無意識に背筋を伸ばした。
隣では同じ科の女生徒が小声で緊張を漏らし、少し前方では騎士科の学生たちが既に準備運動を始めている。
剣を構える姿勢ひとつとっても、身体の重心が違う。
筋肉の付き方、肩の張り、脚の踏ん張り
――どれもが「戦うための身体」だった。
治癒魔術科の前に立ったのは、短くまとめた髪と鋭い眼差しを持つ女性教官だった。
白衣の上からでも分かるほど、引き締まった体躯。
「初めての合同訓練ですからね。今から注意事項を挙げますよー!」
朗らかな声とは裏腹に、その場の空気が一段階引き締まる。
「まずひとつ。剣撃の範囲に絶対に入らないこと」
「ふたつ。吹っ飛んできたら、全力で避ける」
「みっつ。傷の程度によって、自己判断しない」
「よっつ。無理をしない」
一つ一つ、指を立てながら確認する。
「そして最後に、最重要事項です」
教官の視線が、治癒魔術科
――特に女子学生たちへと向けられた。
「特に女子は、しっかり聞いてください」
アイナは思わず姿勢を正す。
「治癒魔術を騎士にかけた際。相手が瞳を合わせてきて、ぼーっと惚けてきたら」
一拍。
「――思いっきりビンタを喰らわせること!
厳守です!
気合いのビンタ!
忘れないように!!」
(……なぜ、ビンタ?????)
思考が一瞬フリーズした。
だが、教官の表情は真剣そのものだ。
「以上! では始めます!」
合図と同時に、騎士科と治癒魔術科がそれぞれ配置につく。
騎士科は前線、治癒魔術科は後方支援。
実戦を想定した陣形だ。
開始から数分も経たないうちに、状況は一変した。
ドンッ!
鈍い衝撃音と共に、騎士科の男子が地面を転がる。
「ぐあっ……」
「A班、回収せよ!」
教官の号令が飛ぶ。
「治癒、展開!」
治癒魔術科の数名が一斉に前へ出る。
詠唱、魔力循環、陣の構築。
座学で習ったはずの流れが、現場では一気に忙しくなる。
バーーーンッ!
今度は別方向で衝撃と破壊音。
ゴギャッ!
「意識喪失! そこ!! 前に出るんじゃない!」
「先生っ! 回復陣がうまく組めません!」
「B班、構え! 展開!!」
「はいッ!!」
アイナも即座に反応した。
魔力を練り、詠唱を短縮し、陣を展開する。
「気合い足りてないぞ!!」
「はいッ!!」
周囲からも次々に声が重なる。
「はいッ!!!」
(なるほど……根性論じゃない)
アイナは理解し始めていた。
魔力は繊細だが、現場では迷いが命取りになる。
最後に陣を押し出すのは、
確かに「気合い」だ。
回復が進む中、また一人、吹き飛ばされた騎士がこちらへ転がってくる。
「きゃっ!」
隣の女生徒が反射的に大きく跳び、間一髪で回避した。
「危ない……」
すぐさま別の女生徒が駆け寄り、治癒魔術を施す。
汗をかきながら必死に魔力を流すその姿は、
確かに美しかった。
――そして。
回復が完了した瞬間。
騎士科の男子が、ぼーっとした瞳でその女生徒を見つめた。
「……女神だ……」
女生徒は気づかない。
必死で次の負傷者を探している。
「俺と……結婚して……」
次の瞬間。
「そこ!! ビンタァ!!」
教官の怒号。
「は、はい!!」
女生徒が条件反射のように、思い切り腕を振り抜いた。
バシーーーーン!!
乾いた音が演習場に響く。
「はっ! 俺は何を……」
正気に戻った男子が、目を瞬かせる。
――その瞬間。
(あ、これ……いる)
アイナは完全に理解した。
治癒魔術は、身体だけでなく心にも影響する。
魔力に包まれ、命を引き戻される感覚は、錯覚を生む。
(めちゃくちゃビンタは必須だ)
むしろ、これは命を守る行為だ。
訓練はその後も続いた。
泥と汗と魔力が混じる中で、
治癒魔術科と騎士科は確実に連携を深めていく。
アイナは息を整えながら思った。
(医療現場は過酷だ。だけど……)
目の前で誰かが助かる瞬間。
それを支える役割に、自分が立てている。
(私は、ここに来てよかった)
遠くで剣がぶつかる音が鳴る。
中庭を渡る風が、汗を冷やした。
――この学園での日々は、想像以上に激しく、
そして確かに、生きている実感に満ちていた。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
モブ令嬢、当て馬の恋を応援する
みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。