モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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それぞれの戦い

今日は、騎士科と治癒魔術科の合同訓練の日だ。
訓練場に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が違うと誰もがわかる。

騎士科の学生たちが剣を構え、準備運動を始めるその横で、治癒魔術科の面々はすでに円を作り、真剣な表情でストレッチをしていた。

肩を回し、足を伸ばし、呼吸を整える。
その様子は、戦場へ赴く前の兵士そのものだ。

(……戦う気、満々じゃない?)

そんな疑問は、次の瞬間に吹き飛んだ。

ドンッ――!
鈍い衝撃音とともに、一人の騎士科生徒が宙を舞う。

「C班! 意識を逸らすな!」
「はいっ!」

ゴロゴロと転がる身体。
続けざまに、別の方向からも、

「A班! 行きます!」

――ダァン!!

吹っ飛んだ。
本当に、盛大に。

「わっ……!」

反射的にアイナは斜め左へ大きく跳んだ。
ローブの裾がふわりと揺れ、長い脚が地面を蹴る。
無駄のない動き。
恐怖よりも先に身体が動いている。

「B班! 回復、展開します!」

澄んだ声が訓練場に響く。

治癒陣が展開され、淡い光が広がる。
アイナは前に出て、魔力を流し込む。

「治れぇえええええええ!! 気合いだー!!」

気迫に満ちた声。
その瞬間、倒れていた騎士科生徒の瞳がゆっくりと開き――

「……う……なんて……美し……」

「せーの!」

――バチィィン!!

一発目。


――バチン!!

二発目。


――バチン!!

三発目。


「はっ!? 俺は何を……!」

正気に戻った騎士科生徒が飛び起きる。

周囲から、もはや慣れたような視線が向けられる。
 
そう、これは日常だ。
 
治癒魔術科の女子たちは、ただ癒すだけでは終わらない。
惚けたら即、現実に引き戻す。
それが、この学園の鉄則だった。

アイナはモブ令嬢だ。
ヒロインではない。

だが、それは「目立たない」という意味ではない。

ローブの下に隠れた身体は、無駄のない曲線で構成されている。

長時間の基礎体力訓練で鍛えられた脚線美、しなやかな腰のライン、安定した体幹。

治癒のために前に出るたび、自然と背筋が伸び、
その姿はひとつの完成された造形のようだった。

何より、真剣な眼差し。
人を救うことだけに集中した瞳と、透き通るような声。

「……意識が戻る瞬間、あの声が聞こえるとぞくっとする」
「わかる……俺も受けた……あれはヤバい」
「嗅覚とか感覚が鋭くなってるから……彼女の香りが……」

そんな囁きが、騎士科のあちこちで交わされている。

だが。

アイナのそばには、常にヴィルがいる。
赤茶色の髪の騎士が、さりげなく、しかし確実に距離を取らせる。

お近付きになりたい者共は、
なぜかアイナの方角へ吹っ飛ばされることが多い。

偶然か、必然か。

当の本人は、まったく気づいていなかった。

「次! いけます!」
「はい!」

回復、展開、ビンタ。
その繰り返しの中で、アイナの技量は目に見えて上がっていく。

(……ヴィルは?)

ふと視線を向けた先。

剣と剣がぶつかり合う、鋭い音。
互角に打ち合う二人の騎士。

(……え?)

相手は――エルンスト。

正統派の剣筋、無駄のない動き。
それに食らいつくヴィルの実力も、決して劣っていない。

(意外……って言ったら失礼だけど……二人とも、すごい……)

知らないところで、知らない感情が、少しずつ動き始めている。

そんなこととは露ほども知らず。

アイナは今日も、前を向いて、声を張り上げ
度々、転がり込んでくる騎士科の生徒を回復させ
ビンタを叩き込んでいくのであった……。

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