モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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許して欲しい

熱い。

胸の奥が、きゅっと掴まれたまま離れない。
心臓が、まだあの速度のまま脈を打っている。

(……破壊力……)

思い出すだけで、視界が一瞬ゆらぐ。
触れたのは、ほんの指先だけ。
唇を重ねたわけでもない。
それなのに――あれは反則だ。

指が、髪に触れた感触。
耳元をかすめた、わずかな熱。
額、頬、そして唇に置かれた、あの静かな圧。

無言だったことが、余計にまずい。
言葉がなかった分、全部、身体に落ちてきた。

(……許してほしい……)

何を、誰に、なのかは分からない。
とにかく、今の私は、完全にやられている。

次の授業。
治癒魔術科の実技。

床に立った瞬間、遅れて現実が追いついてきた。
重り。
魔力循環。
姿勢。

いつものはずなのに、集中がうまくいかない。

(だめだ、今は……)

心臓が、まだ近すぎる。
エルンストの気配が、肌に残っている。

「治癒展開、準備!」

先生の声に、反射的に魔力を立ち上げる。
白い光が、足元に滲む。

(……いける、いける……)

大丈夫。
これは、いつもの訓練だ。
ただ、少しだけ、心臓が忙しいだけ。

「展開!」

一斉に魔力が走る。
傷を負った騎士科の生徒たちへ、治癒が流れ込む。

……なのに。

魔力の流れが、やけに強い。

(あれ……?)

出力を落とそうとしても、止まらない。
胸の奥に溜まった熱が、そのまま魔力に乗っている。

(ちょ、待って……今それは……)

先生が、こちらを見る。

「いいぞ、そのまま! 出し切れ!」

出し切れ、って。
今の私は、色々な意味で危険だ。

「もうダメだ! と思ってるうちは、まだいける!!」

先生の名言(?)が飛ぶ。

「はいっ!!」

周囲の声に混ざって、返事をする。
声が、少し上ずっているのが自分でも分かった。

(キツい……)

身体も、心臓も、キツい。
腕も、脚も、重い。
魔力も、ぎりぎり。

なのに。

不思議と、胸の奥に、ふわっとしたものが広がっている。

(……幸せ……?)

この状況で?
この地獄みたいな訓練の最中に?

自分でも呆れる。

でも、仕方ない。
だって――

(……優しかった……)

触れ方が。
距離の取り方が。
そして、離れ際の、あの視線が。

恋人じゃない。
でも、確かに、選ばれている気がした。

それだけで、ここまで持っていかれる自分が、ちょっと怖い。

「アイナ、出力安定してるぞ!」

誰かの声が聞こえた。
そう見えているなら、きっと大丈夫だ。

(……死ねる……)

色んな意味で。

ふっと、視界の端が白くなる。
耳鳴りが、遠くで鳴った。

(あ、これ……)

踏ん張ろうとした、その瞬間。

ぷつり、と。

糸が切れたように、意識が落ちた。

――パタリ。

倒れる感覚も、床の冷たさも、もう分からない。

最後に浮かんだのは、あの熱を帯びた視線と。

(……週末……)

その言葉だった。



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