112 / 209
削れていくもの
最初に異変に気づいたのは、数じゃない。
音だ。
治癒魔術の詠唱が、明らかに減っている。
森に響くはずの声が、途切れ途切れになっている。
息が荒い。
詠唱の滑舌が落ちている。
間が、長い。
……削れてる。
毒だ。
分かりきっている。
この訓練は、そういうものだ。
頭では理解している。
理解している、はずなのに。
「……っ」
奥歯を噛みしめる。
治癒魔術科の陣を見る。
誰も座り込んでいない。
誰も逃げていない。
それが、余計に腹立たしい。
立っている。
震えながら。
顔色を失いながら。
声を枯らしながら。
――立って、削れている。
「ふざけんな……」
喉の奥から、低く声が漏れた。
騎士科は違う。
毒に侵されても、倒れることは想定内だ。
斬られる。
刺される。
毒を受ける。
それでも前に出る。
それが俺たちの役目だ。
だが――
治癒魔術科は、違う。
削られる前提じゃない。
削られながら前に立つ存在じゃない。
命を“繋ぐ側”だ。
なのに。
「詠唱、続けます……」
「まだ……いけます……」
そんな声が聞こえるたび、胸の奥がざらつく。
誰がそこまでやれと言った。
教官か?
学園か?
それとも――本人たちか?
無意識に、視線が彼女を探す。
いた。
立っている。
いつもより呼吸が浅い。
肩が小さく上下している。
それでも、詠唱を止めていない。
「……やめろよ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
アイナは、昔からそうだ。
限界を、限界だと思わない。
誰かのためなら、簡単に踏み越える。
自分が壊れるラインを、平気で越える。
――だから、俺がそばにいた。
それなのに。
今は、俺の手の届かない位置にいる。
しかも、あの騎士の視界の中で。
エルンスト。
あいつは、立っている。
毒に侵されながらも、剣を下げない。
姿勢は崩れず、判断も鈍らない。
……腹が立つ。
なぜだか分からないが、腹が立つ。
(ああいうのが……一番、信用ならない)
耐えている。
守っている。
正しい立ち方をしている。
分かっている。
分かっているからこそ、苛立つ。
あいつは、アイナを見ている。
治癒のタイミング。
魔力の揺らぎ。
声のかすれ。
全部、把握している目だ。
「……見るな」
小さく呟いた。
誰にも届かない声。
削れているのは、治癒魔術科だけじゃない。
俺の中の“余裕”もだ。
幼馴染としての立場。
安全圏。
信頼。
それらが、少しずつ、確実に、削られている。
「……クソ」
毒に侵されているのは、誰だ。
治癒魔術科か。
騎士科か。
それとも――俺か。
再び、詠唱が響く。
弱く、それでも確かな声。
アイナだ。
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
守らなきゃならない。
取り戻さなきゃならない。
あいつの視界から。
この戦場から。
この“削る場所”から。
理由は、もうどうでもいい。
ただ一つ、はっきりしている。
――これ以上、削らせる気はない。
それが、幼馴染の執着なのか。
それとも、もっと別の名前を持つ感情なのか。
今は、どうでもよかった。
ただ、苛立ちだけが、静かに、確実に燃えていた。
ヴィル視点
音だ。
治癒魔術の詠唱が、明らかに減っている。
森に響くはずの声が、途切れ途切れになっている。
息が荒い。
詠唱の滑舌が落ちている。
間が、長い。
……削れてる。
毒だ。
分かりきっている。
この訓練は、そういうものだ。
頭では理解している。
理解している、はずなのに。
「……っ」
奥歯を噛みしめる。
治癒魔術科の陣を見る。
誰も座り込んでいない。
誰も逃げていない。
それが、余計に腹立たしい。
立っている。
震えながら。
顔色を失いながら。
声を枯らしながら。
――立って、削れている。
「ふざけんな……」
喉の奥から、低く声が漏れた。
騎士科は違う。
毒に侵されても、倒れることは想定内だ。
斬られる。
刺される。
毒を受ける。
それでも前に出る。
それが俺たちの役目だ。
だが――
治癒魔術科は、違う。
削られる前提じゃない。
削られながら前に立つ存在じゃない。
命を“繋ぐ側”だ。
なのに。
「詠唱、続けます……」
「まだ……いけます……」
そんな声が聞こえるたび、胸の奥がざらつく。
誰がそこまでやれと言った。
教官か?
学園か?
それとも――本人たちか?
無意識に、視線が彼女を探す。
いた。
立っている。
いつもより呼吸が浅い。
肩が小さく上下している。
それでも、詠唱を止めていない。
「……やめろよ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
アイナは、昔からそうだ。
限界を、限界だと思わない。
誰かのためなら、簡単に踏み越える。
自分が壊れるラインを、平気で越える。
――だから、俺がそばにいた。
それなのに。
今は、俺の手の届かない位置にいる。
しかも、あの騎士の視界の中で。
エルンスト。
あいつは、立っている。
毒に侵されながらも、剣を下げない。
姿勢は崩れず、判断も鈍らない。
……腹が立つ。
なぜだか分からないが、腹が立つ。
(ああいうのが……一番、信用ならない)
耐えている。
守っている。
正しい立ち方をしている。
分かっている。
分かっているからこそ、苛立つ。
あいつは、アイナを見ている。
治癒のタイミング。
魔力の揺らぎ。
声のかすれ。
全部、把握している目だ。
「……見るな」
小さく呟いた。
誰にも届かない声。
削れているのは、治癒魔術科だけじゃない。
俺の中の“余裕”もだ。
幼馴染としての立場。
安全圏。
信頼。
それらが、少しずつ、確実に、削られている。
「……クソ」
毒に侵されているのは、誰だ。
治癒魔術科か。
騎士科か。
それとも――俺か。
再び、詠唱が響く。
弱く、それでも確かな声。
アイナだ。
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
守らなきゃならない。
取り戻さなきゃならない。
あいつの視界から。
この戦場から。
この“削る場所”から。
理由は、もうどうでもいい。
ただ一つ、はっきりしている。
――これ以上、削らせる気はない。
それが、幼馴染の執着なのか。
それとも、もっと別の名前を持つ感情なのか。
今は、どうでもよかった。
ただ、苛立ちだけが、静かに、確実に燃えていた。
ヴィル視点
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ
弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は今夜を持って破棄させて貰おう!』
学園卒業祝いの夜会の場に、凛と響いた王太子殿下の一声。
その瞬間、私は全てを思い出した。
私が前世ではただの手芸とゲームが好きなインドア派女子大生だったこと。そして、ゲーム世界に転生して尚も趣味は変わらず、ライバルキャラですらないモブになってしまっていたことを。
幼い頃に一度出会ったきりの初恋の彼と学園で再会出来たらなぁ、なんて淡い期待を抱いて通っていたのに、道理で卒業式までなんにも起きなかったわけだ。
ーーなんて、ひとり納得していたら。
何故だが私が悪役令嬢の断罪イベントの目撃者として名指しされ、一気に渦中の人物に!?
更に、王太子以外の男性陣は皆様悪役令嬢に骨抜き。なので自然と私には、彼女の潔白に繋がる証言が求められる。
しかしながら、私は肝心の事件の日の記憶が訳あって曖昧だったので、致し方なく記憶を呼び覚ます治療を受けさせられる羽目に。
タイムリミットは1年間。
その1年間の私への護衛につけられたのは、悪役令嬢に心奪われた初恋の彼でした。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?
わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。
ふらり
恋愛
人並外れた美貌・頭脳・スタイル・武勇を持つウィンダリア王国の25歳の王太子は、完璧な王太子だと言われていた。ただし、「婚約者さえいなければ完璧な王太子なのに」と皆が言う。12歳の婚約者、ヴァイオレット・オルトニーは周囲から憐みの目を向けられていた。
「私との婚約は、契約で仕方なくなのかい? もう私に飽きてしまっている? 私は今でも君にこんなに夢中なのに」
13歳年下の婚約者少女に執着溺愛する美貌も能力も人間離れした王太子様と、振り回される周囲のお話です。小説家になろうにて完結しております。少しずつこちらにもあげていくつもりです。ファンタジー要素はちょっぴりです。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。