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猛吹雪
世界が、白に飲み込まれていた。
夜のあいだに降り積もった雪は、宿の外壁を二階の窓辺まで押し上げ、屋根の端からは氷柱が無言で垂れ下がっている。風が吹くたび、雪煙が舞い、視界は一瞬で掻き消えた。
「……笑っちゃう」
窓辺に額を寄せて、私は乾いた声を漏らした。
視界いっぱいの白。
道も、庭も、境界線も、すべてが同じ色だ。
「顔は死んでるな」
背後から、落ち着いた声。
振り返らなくても、誰だかわかる。
「これじゃ籠城戦だよ」
「何と戦うんだ」
「食っちゃ寝で増える贅肉と!」
「なるほど、強敵だ」
肩をすくめる気配に、私はむっとして振り返った。
ヴィルは、相変わらず余裕の顔で、
窓の外ではなく――私を見ていた。
視線が、やけに長い。
「……なに」
「いや」
一拍。
その沈黙が、妙に居心地が悪い。
「このままじゃ、さらに“美味しそう”になるなと思ってな」
「豚!焼豚!チャーシュー!」
「焼かれる一方だな」
笑い声が弾んだ。
笑えない。ほんとに笑えない。
自分でもわかっている。
訓練続きで鍛えた身体は、余分なものを削ぎ落とし、しなやかさだけを残している。
動けば軽く、力を入れれば応える。
——その変化を、誰よりも近くで見てきたのは、ヴィルだ。
だからこそ、彼の視線が、時々、怖い。
窓の外で風が唸った。
白い世界が、さらに濃くなる。
「……外、無理だね」
「ああ」
即答だった。
雪は止む気配を見せず、風は強まるばかりだ。
「城に帰りたくないのか?」
「外見てから言いたまえ!」
私は大げさに腕を広げた。
この吹雪で移動なんて、正気の沙汰じゃない。
その時、ふと視界の端に、宿の案内板が入った。
併設施設の一覧。
食堂、浴場、談話室
——そして。
「……訓練所」
喉が鳴る。
この宿は、戦士や冒険者の利用を想定している。
だから、屋内訓練場がある。
広く、天井が高く、基礎鍛錬から模擬戦まで対応可能な
――逃げ場のない場所。
「ごくり……」
「やるか」
「やるしか、ないのか……」
言葉にした瞬間、腹が決まった。
食っちゃ寝は、敵だ。最大の敵だ。
「城に帰りたい?」
「外見てから言いたまえ、二回目!」
私は、ぶつぶつ文句を言いながら、
コートを掴み、宿のカウンターへ向かった。
訓練所使用の申請書。
名前、時間、目的。
慣れた手つきで書き込む。
——選んだのは、私だ。
背後で、気配が揺れた。
振り返ると、ヴィルが、笑っていた。
いつもの軽い笑いじゃない。
声も出していない。
ただ、目元だけで、はっきりと。
それは、焼豚に向けた笑いじゃない。
私の選択に向けた笑いだ。
「……いい選択だ」
低く、満足げな声。
外は猛吹雪。
逃げ道はない。
それでも私は、足を止めなかった。
——この冬は、まだ、終わらない。
夜のあいだに降り積もった雪は、宿の外壁を二階の窓辺まで押し上げ、屋根の端からは氷柱が無言で垂れ下がっている。風が吹くたび、雪煙が舞い、視界は一瞬で掻き消えた。
「……笑っちゃう」
窓辺に額を寄せて、私は乾いた声を漏らした。
視界いっぱいの白。
道も、庭も、境界線も、すべてが同じ色だ。
「顔は死んでるな」
背後から、落ち着いた声。
振り返らなくても、誰だかわかる。
「これじゃ籠城戦だよ」
「何と戦うんだ」
「食っちゃ寝で増える贅肉と!」
「なるほど、強敵だ」
肩をすくめる気配に、私はむっとして振り返った。
ヴィルは、相変わらず余裕の顔で、
窓の外ではなく――私を見ていた。
視線が、やけに長い。
「……なに」
「いや」
一拍。
その沈黙が、妙に居心地が悪い。
「このままじゃ、さらに“美味しそう”になるなと思ってな」
「豚!焼豚!チャーシュー!」
「焼かれる一方だな」
笑い声が弾んだ。
笑えない。ほんとに笑えない。
自分でもわかっている。
訓練続きで鍛えた身体は、余分なものを削ぎ落とし、しなやかさだけを残している。
動けば軽く、力を入れれば応える。
——その変化を、誰よりも近くで見てきたのは、ヴィルだ。
だからこそ、彼の視線が、時々、怖い。
窓の外で風が唸った。
白い世界が、さらに濃くなる。
「……外、無理だね」
「ああ」
即答だった。
雪は止む気配を見せず、風は強まるばかりだ。
「城に帰りたくないのか?」
「外見てから言いたまえ!」
私は大げさに腕を広げた。
この吹雪で移動なんて、正気の沙汰じゃない。
その時、ふと視界の端に、宿の案内板が入った。
併設施設の一覧。
食堂、浴場、談話室
——そして。
「……訓練所」
喉が鳴る。
この宿は、戦士や冒険者の利用を想定している。
だから、屋内訓練場がある。
広く、天井が高く、基礎鍛錬から模擬戦まで対応可能な
――逃げ場のない場所。
「ごくり……」
「やるか」
「やるしか、ないのか……」
言葉にした瞬間、腹が決まった。
食っちゃ寝は、敵だ。最大の敵だ。
「城に帰りたい?」
「外見てから言いたまえ、二回目!」
私は、ぶつぶつ文句を言いながら、
コートを掴み、宿のカウンターへ向かった。
訓練所使用の申請書。
名前、時間、目的。
慣れた手つきで書き込む。
——選んだのは、私だ。
背後で、気配が揺れた。
振り返ると、ヴィルが、笑っていた。
いつもの軽い笑いじゃない。
声も出していない。
ただ、目元だけで、はっきりと。
それは、焼豚に向けた笑いじゃない。
私の選択に向けた笑いだ。
「……いい選択だ」
低く、満足げな声。
外は猛吹雪。
逃げ道はない。
それでも私は、足を止めなかった。
——この冬は、まだ、終わらない。
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