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幼馴染と特訓
肩で息をする。
逃げようとしても、身動きがとれない。
肺が焼けるみたいに熱くて、喉の奥がひくひくと鳴った。
「あっ……う……もう……」
「……んう……だ…め………」
「はぁ……う……もう…やめ…死ぬ……」
私は今。
床に転がったまま、情けない声が漏れている。
それを見下ろしているヴィルは、
汗一つかいていない顔で、
心底楽しそうだった。
「まだ動けるだろ」
「その台詞……拷問官のそれ……」
事の発端は、何気ない一言だった。
――俺がいない時に備えて、護身術もやるか?
温泉宿に籠城して一ヶ月。
外は猛吹雪、
雪は深々と降り積もり、逃げ場も言い訳もない。
そして私は、自覚してしまっていた。
(……ちょっと……豚になりかけてる……)
食っちゃ寝、食っちゃ寝。
温泉とご飯が美味しすぎた。
身体はしなやかに動くけれど、油断すると確実に重くなるやつだ。
だから――やるしかなかった。
訓練所の床に叩きつけられ、
転がされ、それでも向かっていく。
相撲でも取るかのように、
真正面からぶつかっては、組み合って、崩されて。
容赦はない。
遠慮もない。
そして今。
私は、ヴィルに馬乗りにされていた。
視界いっぱいに、楽しそうな顔。
体重が、しっかりと腹に乗っている。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「ギブアップしないのか?」
喉元を締められながら、睨み返す。
「……なんか……悔しい……」
その瞬間、ヴィルの目が、きらりと光った。
「いい顔だ」
ぐっと力が入る。
視界が白くなりかけた、その時。
――思い出す。
教わったこと。
身体で覚えた動き。
相手の腕。
同じ側の膝。
足首。
一気に腰を反らし、爆発的に持ち上げる。
「っ……!」
重心が前に崩れたのを感じた瞬間、そのまま回転。
床が視界を流れ、上下が入れ替わる。
どさっ、という音。
次の瞬間、私が上だった。
「……っはぁ……はぁ……!」
信じられない。
息は切れているのに、確かな達成感がある。
下から、ヴィルが声を立てて笑った。
「やるじゃないか」
「……キツい……ほんと……キツい……」
腕が震える。
汗が額から落ちる。
それでも、身体は確かに動いていた。
何度も絡み合い、何度も転がり、何度も息を整える。
何やってるんだこの二人は、と言われたら、返す言葉はない。
でも。
こうして身体を動かしている間だけは、余計なことを考えなくて済んだ。
訓練が終わり、シャワーを浴びて外を見る。
思わず声が出た。
「なんということでしょう!」
「なんだ?」
「三階まで……雪で埋もれてる……!」
白い世界。
窓の外は、完全に別の景色になっていた。
「宿は魔術陣で倒壊しない」
「安心すぎる!」
笑いながら、タオルで髪を拭く。
逃げられない。
だからこそ、向き合うしかない。
ヴィルは、私を見て笑っていた。
焼豚だとか、特訓だとか、そんな軽口の奥で。
――私が選んだ、この場所での時間を。
その選択を、面白がるように。
そして、確かに守るように。
外は猛吹雪。
中では、今日も息が上がるまで身体を動かす。
幼馴染と過ごす冬は、
あまりにも、濃くて、熱かった。
逃げようとしても、身動きがとれない。
肺が焼けるみたいに熱くて、喉の奥がひくひくと鳴った。
「あっ……う……もう……」
「……んう……だ…め………」
「はぁ……う……もう…やめ…死ぬ……」
私は今。
床に転がったまま、情けない声が漏れている。
それを見下ろしているヴィルは、
汗一つかいていない顔で、
心底楽しそうだった。
「まだ動けるだろ」
「その台詞……拷問官のそれ……」
事の発端は、何気ない一言だった。
――俺がいない時に備えて、護身術もやるか?
温泉宿に籠城して一ヶ月。
外は猛吹雪、
雪は深々と降り積もり、逃げ場も言い訳もない。
そして私は、自覚してしまっていた。
(……ちょっと……豚になりかけてる……)
食っちゃ寝、食っちゃ寝。
温泉とご飯が美味しすぎた。
身体はしなやかに動くけれど、油断すると確実に重くなるやつだ。
だから――やるしかなかった。
訓練所の床に叩きつけられ、
転がされ、それでも向かっていく。
相撲でも取るかのように、
真正面からぶつかっては、組み合って、崩されて。
容赦はない。
遠慮もない。
そして今。
私は、ヴィルに馬乗りにされていた。
視界いっぱいに、楽しそうな顔。
体重が、しっかりと腹に乗っている。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「ギブアップしないのか?」
喉元を締められながら、睨み返す。
「……なんか……悔しい……」
その瞬間、ヴィルの目が、きらりと光った。
「いい顔だ」
ぐっと力が入る。
視界が白くなりかけた、その時。
――思い出す。
教わったこと。
身体で覚えた動き。
相手の腕。
同じ側の膝。
足首。
一気に腰を反らし、爆発的に持ち上げる。
「っ……!」
重心が前に崩れたのを感じた瞬間、そのまま回転。
床が視界を流れ、上下が入れ替わる。
どさっ、という音。
次の瞬間、私が上だった。
「……っはぁ……はぁ……!」
信じられない。
息は切れているのに、確かな達成感がある。
下から、ヴィルが声を立てて笑った。
「やるじゃないか」
「……キツい……ほんと……キツい……」
腕が震える。
汗が額から落ちる。
それでも、身体は確かに動いていた。
何度も絡み合い、何度も転がり、何度も息を整える。
何やってるんだこの二人は、と言われたら、返す言葉はない。
でも。
こうして身体を動かしている間だけは、余計なことを考えなくて済んだ。
訓練が終わり、シャワーを浴びて外を見る。
思わず声が出た。
「なんということでしょう!」
「なんだ?」
「三階まで……雪で埋もれてる……!」
白い世界。
窓の外は、完全に別の景色になっていた。
「宿は魔術陣で倒壊しない」
「安心すぎる!」
笑いながら、タオルで髪を拭く。
逃げられない。
だからこそ、向き合うしかない。
ヴィルは、私を見て笑っていた。
焼豚だとか、特訓だとか、そんな軽口の奥で。
――私が選んだ、この場所での時間を。
その選択を、面白がるように。
そして、確かに守るように。
外は猛吹雪。
中では、今日も息が上がるまで身体を動かす。
幼馴染と過ごす冬は、
あまりにも、濃くて、熱かった。
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