モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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現実からの戦略的撤退

ネルケ辺境伯城の中庭は、冬の名残を抱えた澄んだ空気に包まれていた。
雪はすっかり除かれ、石畳は乾いている。
穏やかな午後――の、はずだった。

「……見て」

メリアが、遠い目で中庭の奥を指さした。

そこには、訓練所。
そして、その中から聞こえてくるのは。

どすん
ばたん
はぁ、はぁ、という荒い息。

「……あの子たち」

メリアは、深いため息をついた。

「筋肉、鍛えあってるわ……」

隣で腕を組んでいたドワイトが、ゆっくりと首を傾げる。

「仲が良いのは、いいことじゃないか?」

「良いとか悪いとかの問題じゃないのよ」

メリアは額に手を当てた。

「普通、再会って、もっとこう……あるでしょう?
久しぶりに会えた喜びとか、甘い空気とか、照れとか」

「……ああ」

ドワイトも、訓練所の方を見る。

ちょうどその瞬間。
窓越しに見えたのは、床に転がるアイナと、
その上から手を差し伸べるエルンスト。

アイナはその手を叩き落とし、勢いよく体を起こした。

「もう一回!」

「今のは良い判断だが、甘い」

「次は取るから!」

……楽しそうだった。

「ね?」

メリアが、静かに言う。

「抱きしめ合う代わりに、組み敷き合ってるのよ」

ドワイトは、しばらく黙っていたが、やがて低く笑った。

「……あの子らしいな」

「そういう問題じゃありません!」

メリアはぴしっと言い切った。

「うちの娘、護身術を習得しすぎて、
求婚されるたびに相手を投げ飛ばしそうな勢いなのよ?」

「エルンスト君なら耐えるだろう」

「耐える方向がもうおかしいのよ……」

また、どすん、と音が響く。
今度は、アイナの声。

「よし!今のは取れたでしょ!?」

「……確かに」

エルンストの、低くて満足そうな声。

メリアは、ゆっくり天を仰いだ。

「神様……
どうして、うちの娘の恋路は、
こう……筋肉方面に進化するの……」

ドワイトは、苦笑しながら肩をすくめる。

「まあ……」

そして、ぽつりと付け足した。

「少なくとも、幸せそうだ」

メリアは一瞬だけ黙り、再び訓練所を見る。

転がって、立ち上がって、また向かっていく二人。
息を切らしながら、笑っている娘。

「……ええ」

小さく、微笑んだ。

「たしかに。
幸せそうね。すごく、変な方向だけど」

その直後。

どしゃあっ!!

盛大な音。

「ちょっと!!今のは反則!!」
「反則ではない。実戦だ」

メリアは即座に踵を返した。

「もう見てられないわ!お茶にしましょう!」

「逃げるのか」
「現実からの戦略的撤退よ!」

二人が去ったあとも、
中庭には、楽しげで物騒な音が、いつまでも響いていた。

――筋肉は、嘘 をつかない。

そしてこの城では、どうやら恋もまた、
同じ方向に鍛えられているらしかった。



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