モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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治癒魔術科B班の証言。


――これは、我々治癒魔術科B班が、図らずも「目撃」してしまった愛の記録である。



証言① 治癒B班男子:静寂の回廊にて

あれは、騎士科B班と我々治癒魔術科B班が合同演習を終え、連れ立って移動していた時のことだ。

夕闇が迫る回廊の石床を、疲れ果てた面々がぞろぞろ歩いていた。

その時だった。

最後尾を歩いていたはずのエルンスト君とアイナの気配が、ふっと吸い込まれるように、角の太い柱の影へ消えた。

……あれ?

妙な違和感に足を止め、俺は数歩だけ列を外れた。

本当に、他意はなかった。ただの好奇心だったのかもしれない。

そして――俺は、見てしまった。

重厚な石柱の陰。西日に照らされた影の中で。

エルンスト君が、慈しむようにアイナの顎を指先で掬い上げ、その顔を引き寄せた。

触れるだけの、けれどあまりにも密度の高い、静かな口付け。

心臓が跳ね、俺は石像のように固まった。

その瞬間。

エルンスト君の、冷徹なまでに澄んだ深い青の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いた。

彼は、アイナを腕の中に閉じ込めたまま、唇の端をほんの少しだけ吊り上げた。

そして、声を出さずに。

『秘密だ』

その鮮やかな口パクに、俺は抗う術もなく頷くしかなかった。

……そうか。

アイツら、ようやく、いや、とっくに「向こう側」へ行ったんだな。

不思議と、嫌な気はしなかった。
むしろ、射抜かれた胸の奥に、灯火のような温かさが残る。

俺は何も見なかった顔をして、足早に仲間の列へと戻った。



証言② 治癒B班女子:窓越しの幸福

髪の毛が増えた。

いや、増えたという生易しい表現では足りない。

あの新理論術式の副作用(?)により、私の髪は見事なまでにフサフサ……というより、生命の神秘を感じるほどのボリュームに暴走していた。

「いくらなんでもやりすぎよ、あのバカ男子!」

私はプンスコと怒りを煮詰めながら、女子寮へと向かっていた。

いつもなら通らない、中庭に面した静かな回廊を歩いていたのは、この爆発した髪を誰にも見られたくなかったからだ。

その時。

窓の外、鮮やかな緑の中に、揺れる青い髪が見えた。

……あれ?

私は思わず足を止める。

中庭の大きな木陰。

そこにいたのは、エルンスト君とアイナだった。

二人は、世界に自分たちしかいないかのように笑い合っていた。

アイナが賑やかに身振り手振りで何かを話し、エルンスト君はそれをご馳走でも眺めるような、蕩けるほど優しい顔で聞いている。

仲良しだなぁ……微笑ましいなぁ。

そう思いながら、なんとなく眺めていた。

その時、じゃれ合っていた二人の動きが、磁石が引き合うようにぴたりと止まった。

エルンスト君が、壊れ物を扱うような手つきで、そっと手を伸ばす。

アイナの髪、額、頬を
熱を確かめるように指先でなぞり、そこに一つ一つ、丁寧に、重く、口付けていく。

最後に重なった唇。

私は思わず息を止めた。

その時、光に透けたアイナの顔が見えたのだ。

とても。

この世のどんな魔術よりも美しく、幸福に満ちた顔だった。

胸が、じんわりと熱くなる。

……おめでとう、アイナ。

私はそっと、その場から離れた。

あれはきっと、神様が「いいものを見せてあげる」と、私の怒りを鎮めるために用意してくれた光景だったのだと思う。



証言③ 治癒B班男子:ショートカットの悲劇(喜劇)

副作用が髪の増量。

これは……来る。間違いなく来る。

アイナの言った通り、これは治癒魔術界を揺るがすゴールドラッシュだ。

特許申請、そして量産。

俺の人生が薔薇色に変わる、運命の分岐点が今ここにある。

そうしよう。そうすると決めた。

俺は翌日、逸る気持ちを抑えきれず、昼休憩を数分で切り上げて中庭を突っ切った。

最速のショートカット。そのはずだった。

「これ美味しい!」

……ん?

生い茂る植え込みの向こうから、聞き慣れたアイナの声がした。

ああ、ピクニックか。

そう思って、軽い気持ちで隙間から覗いた。

そして、俺の思考は「特許」と共にフリーズした。

エルンスト君が、アイナの口元を至近距離で覗き込んでいた。

そして――。

アイナの口端に付いたソースを、指で拭うこともせず、直接。

舌で、ぺろり。

アイナの顔面が、一瞬で茹で上がったタコのように真っ赤に染まる。

「~っ!!」

声にならない、けれど宇宙まで届きそうな悲鳴。

エルンスト君は、まるで極上のワインでも味わった後のように平然と言い放った。

「……本当だ。美味しい」

なんだよ!!

何を見せつけてくれてるんだよ!!

俺はその場を、音を立てないように全力で離脱した。

ご馳走様でした!!
腹一杯だよ!!

かーっ!! 羨ましい!! リア充め!!

……いや。

俺だって。

本当は、アイツに……。

茶化すんじゃなかったな、あの時。

副作用で髪が増えすぎた彼女の、あの真っ赤な顔を見て。

……特許申請して、大金持ちになったら。

彼女の家格に、少しは釣り合える男になれるだろうか。

よし。頑張れ、俺。

……今度、アイナに相談してみるか。

あんな「劇物」みたいな愛を浴びているアイツなら、何かいいアドバイスをくれるかもしれない。


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