神々の遠い記憶を継ぐ者

まるねこ

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第二章 神祇官の長として

二十一

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「ありがとう、もう大丈夫だ」
 葵様はそう応えると、武官は一礼し、池から上がった。
「葵様、おかえりなさい」
「宵闇、迎えに来てくれてありがとう。助かったよ。その服、神祇官の長になったのかな?」

「はい。葵様が天津あまつほこらに入られた後に番紅花様より頂きました」
「そっか。宵闇も大変だったね。アキコク様の修行は終わった? 結構厳しかったんじゃない?」
「厳しかった、ですね。でも私があまりに無鉄砲で何にも考えずに動いていただけだったから」

 私は自分のことを話すと少し気恥ずかしく思える。だって葵様に比べたら全然厳しくないのだ。

「葵様、暫くはゆっくり休んで下さいね。先日山吹様も修行から帰ってこられましたし。大社の方は落ち着いています」
「わかった。少しゆっくりさせてもらうよ。宵闇、ありがとう」

 私と武官は一礼し、癒し池を後にした。良かった。私は白帝様のいる官衙かんがへと報告に向かった。

「白帝様、今、お時間ありますか?」
「宵闇、入りなさい」

 私は一礼し、白帝様の前で膝を折り、報告する。

「白帝様、葵様を天津の祠より戻られました」
「そうですか。神の言葉があったのですか?」
「はい」

「祠では何度も死を巡ってきたのでしょうから当分の間、癒し池から動けないと思います。宵闇、申し訳ないが葵のことを気にかけてやってほしい。彼は私の跡を継ぐ者だからね」

「白帝様の跡を継ぐことになるのですか?」
「ええ、すぐに、とはなりませんが、いずれ葵が継ぐことになるでしょう」

 神様が葵様を迎えにいくように言ったのは次の白帝だからということなのだろうか。番紅花様もいつかは池に戻られる。

 白帝様も……? 

 私は不安になった。私の能力は白帝様によって見つけられたと思っている。恩人だし、感謝も尊敬している。

 できるならこのまま白帝様の下でずっと働きたい。だが、もしかして白帝様は番紅花様と同じように役目を終えれば消えるのではないかと不安になる。

「白帝様は池に戻られることはありませんよね?」

 白帝様はフッと頬笑んだ。

「大丈夫ですよ。引き継ぐのはまだまだ先のことですし、私はまた名無しに戻るだけです。番紅花も一文官に戻ったでしょう?

 ただ、彼は高齢ということもあり、自ら池に戻ることを決めた。宵闇、あなたもアキコク様の修行をして理解したと思いますが、私達は神の力によって生まれ、人間界を行き来し、力を使い、また神の元に戻るただそれだけです」
「そうですね」

 白帝様の言う通りだ。最初の私はただやみくもに能力が使って白帝様や番紅花様の後を追いかけられる、役に立てるとずっと思っていた。

 アキコク様はいたずら好きでしょっちゅう私にいたずらしていたけれど、神祇官の長となるための様々なことを教えてくれた。

 今なら番紅花様の言うことも考えていることも理解できていると思う。

「さあ、そろそろ炎陽えんようが来ます。宵闇は神祇官へ戻りなさい」

「そうですね。そろそろ戻ります。白帝様」「どうしたのかな?」

「私、白帝様にはじめて声を掛けてもらった時、自分には能力無しだってずっと思っていて、毎日焦って、どうしようこのままでは人間界に追い出されるんじゃないかって不安で悩んでいたんです。

 でも白帝様があの時声を掛けてくれたから今の私はあると思っているんです。

 烏滸がましいと言われるかもしれないんですけど、白帝様のために頑張りたい、働きたい、支えになりたいって、私は白帝様のためならこの身を盾にしても構わないと今でも思っています」

 私がそう言うと、白帝様は優しい顔で笑った。

「宵闇、あなたの気持ちは嬉しいですよ。私はいつも嬉しく思っています。あなたはきっと番紅花を越える神祇官になる。

 もし、この先、また危険なことが起こるかもしれない。その時は私を捨てて逃げなさい。そして私の代わりに葵を導いてあげて下さい」

「白帝様……」

 白帝様の言葉に胸が詰まり、私はそれ以上の言葉を続けることができなかった。

 今回のことできっと白帝様は随分と悩まれたのだろうと思う。私は白帝様を支えられているだろうか。

「大丈夫。きっとそうはならないですよ。さあ、もう行きなさい」

 白帝様は私の表情を見て話題を変えるように促している。

「はい」

 私はそうして官衙を後にした。

 白帝様達が力を落す切っ掛けとなったようなことが今後も起こるのだろうか?

 あの時は首謀者の人間は捕まり、魂の消滅となった。悪しきものになる神などそういないし、今のところ話も聞かない。各国の神祇官も目を光らせている。

 何もないことを祈るしかない。
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