陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜

熊1969

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幕間 友の旅

04.一時の休息

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二ヶ月も更新しなくて申し訳ありません!
実は一話から読み返して、非常に読みにくかったので修正しています。是非読んでいただけると嬉しいです。
今回もネタバレを含むので、読みたくない方はブラウザバックを推奨します。

ーーー

「うおおおっ!」
「きゃああああっ!」

   現在、シュウと雫は白いワームホールの中を、まるで一昔前のビデオのテープを巻き戻すかのように高速で移動していた。

   〝心の試練〟を乗り越えられなかった二人は謎の声に失敗を告げられ、鏡に吸い込まれてからかれこれ数分ほど飛び続けている。

   まるで無重力状態のような曖昧な空間の中、延々と背後に向かって引き戻される感覚は精神的に疲弊した二人の胃を刺激していた。

「う、うぷっ……!」
「雫、耐えろ!」
「え、ええ……!」

   今の二人はすぐにでも胃の中のものを吐き出しそうなのを、大声を上げることでなんとかしのいでいる状態である。

   しかし、比較的ダメージの少なかったシュウに対し、ひどく精神を磨耗した雫の顔は真っ青を通り越して白くなっており、限界が近いのがわかる。

   恋人としてなんとかしてやれないのを悔やみながら、シュウがまだ出られないのかと苛立ちを覚えた瞬間ーー周囲の空気が変わった。

   白一色だった視界が、見慣れた様々な色を捉える。ワームホールから出た二人が最初に見たのは、天井の穴から見える蒼穹だった。

「ぬぉっ!」
「あぐっ!?」

   重力が戻ってきたことにより、地面に落ちる二人。

   強かに背中を打ち付け悶えるシュウと、ギリギリのところで我慢していたところに強い衝撃が加わって、両手で口を抑える雫。

   ただ背中を打っただけのシュウはすぐに復活し、慌てて立ち上がると雫の背中をさすった。

   シュウの手の感触にいくらか落ち着きを取り戻した雫は、喉元までせり上がってきた熱いものをなんとか飲み下して息を吸った。

  何度も深刻級を繰り返して新鮮な空気を肺の中に入れては出し、胸焼けのような熱をどうにかして胃の中へと戻していく。

「ふぅ、はぁ……ありがとうシュウ、もう大丈夫よ」
「そうか、良かった……」

   少し赤みを取り戻した雫の顔に、シュウは安堵の息を吐きながら地面に倒れこんだ。真摯なその姿に、雫がクスリと笑う。

   しばらく気分が安定するまで二人はそのままじっとして、やがてどちらからともなく立ち上がると周囲を見渡した。

「ここは、あの神殿か?」
「ええ、そのようね」

   二人が転移されたのは、つい先ほどまでいた迷宮の隠された、神殿の中だった。今立っているのは、召喚された時の半壊した台座だ。

   最初に見たときと同じで、神殿はかつての荘厳さは失われ、植物が侵食している。

ただ、心なしか瓦礫が少なくなっているが。
   
「……私たち、失敗した、のよね」
「……ああ」

   力なく呟いた雫に、シュウも眉をひそめながら答える。二人は確かに試練に負け、こうして強制退出させられたのだ。

   悔しさが二人の心に滲んでいく。向上心の強い二人にとって、あの失敗はあまりにも惨めだった。

   それも、よりによって二人にとって最も忌まわしいあの記憶の中で、無様を晒した。二人の悔しさはより一層深かった。

「……おい、雫。手、震えてるぞ」
「え……?」

   思わず歯噛みしていた雫は、シュウの言葉に自分の手を見る。

   そして、小刻みに震えているのを見て瞠目した。同時に、自分の心の中にある悔しさすら塗りつぶす、真っ黒な恐怖を自覚する。

   雫の脳裏に、あの日の記憶が一瞬よぎった。それだけで雫の足から力が抜け、シュウが咄嗟に支える。

「おい、大丈夫か!?」
「シュウ……私、怖い……」

   カタカタと震える最愛の恋人に、シュウは黙ってその体を抱きしめた。雫はシュウの暖かさに縋るように体を預けた。

   シュウが雫の背をさすって慰めていると、不意に近くに気配を感じる。バッ顔を上げ、そちらを睨みつけた。

   いつもならすぐに気づいたであろう雫は、不思議そうにシュウの顔を見上げた後、向いている方を見てようやく気配に感づいた。

「雫、俺の後ろに」
「え、ええ……」

   戦闘ができる状態ではない雫を背中に隠すと、シュウは傍に落ちていた槍を拾い上げて構える。

   シュウが闘志を高める中、その気配の主もシュウたちの存在に気がついているのだろう。茂みの中から姿を現す。

「久しぶりだというのに、随分と物騒ですね」
「瑠璃!」

   出てきたのは、少し呆れたような笑いを浮かべる瑠璃だった。槍を収めたシュウは、雫を促して彼女に近づく。

   数時間ぶりに会った瑠璃は、随分と様になった格好をしていた。見たことのない、異国風のワンピースに身を包んでいる。

「そんな服、どこにあったんだ?」
「自分で作りましたね。流石にお二人を待っている一週間もの間、何もしないというのも暇だったので」

一週間?と首をひねるシュウと雫。

   それにおや、と瑠璃も不思議そうな声を上げ、少し俯くと何事か考え始めた。

「……なるほど、そういうことなんですね」
「おい、一週間ってどういうことだ?俺たちが迷宮に入ってから、数時間しか経ってないはず……」
「おそらく、外と中では流れている時間の早さが違うのでしょう。こちらでは、お二人が迷宮に挑戦し始めてから一週間ほど経過していますね」

   瑠璃の言葉にマジか、と唖然とする二人。さすがは異世界ヒュリスに名だたる三大迷宮の中でも最高の迷宮、不思議な現象が起こる。

   とにかくお疲れ様でした、と瑠璃は言おうとして、ふと二人の様子……特に雫の様子が、いつもと違うことに気がついた。

   いつも己に自信を持ち、堂々と振る舞う雫は、小刻みに震える手でシュウの腕を掴んでいる。

「……どうやら、迷宮を踏破した、というわけではないようですね」
「「っ……」」

   その言葉に、二人の顔がこわばる。予想通りの反応に瑠璃はやはり、と思った。

   見た所、目立った外傷はない。おそらく心に何かしらの傷を負ったのだろうと瑠璃は予想した。

   だから瑠璃は、あえて何も尋ねないことにする。

「それではお二人とも、こちらへ。拠点を確保しておいたので、そこで一度休憩をお取りくださいね」
「ああ、恩にきる」
「……ありがとう」

   弱々しい声音の雫に、瑠璃はやはり何も言わずに踵を返した。そのまま神殿を離れていく瑠璃を追いかけるシュウたち。

   瑠璃が茂みをかき分けると、そこには白い石造りの道があった。それはつい最近作ったように輝いている。

   木の根が侵食していることも、端が欠けていることもない白亜の道は、まっすぐと森の奥へと続いている。

「こんな道があったのか……」

   驚くシュウに構わず、瑠璃は道を歩いていく。

「ほら雫、行こう」
「……ええ」

   シュウも雫を促し、すぐに道に足を踏み出す。雫はぴったりとシュウにくっつきながらそれに続いた。

「………どうやら、一筋縄ではいかないようですね」

   雫に気を使いながらついてくるシュウを後ろ目に、瑠璃は足を進めていく。

   シュウは歩きながら、道を囲う森を見る。魔物がちらほらといるが、茂みを越えてこちらに来る様子はない。

「この道は、私が瓦礫を利用して作りましたね。魔除けの力を使っているので、魔物は入ってきませんね」

   シュウの心のうちにある疑問を言い当てたように、瑠璃がそう言う。シュウは少し驚いたあと、そうかと答えた。

   歩くこと十数分。周囲の森がなくなり、視界が開ける。木が消え、代わりに現れたのは、ちょっとした草原だった。

   そこには、小さな民家があった。某アルプス風の一軒家だ。そこに向かって歩いていく瑠璃をシュウたちは追いかける。

「どうぞ」
「お、お邪魔します」

   瑠璃がドアを開け、シュウは扉をくぐって中に入った。

   小屋の中にはテーブルや何脚かの椅子、ベッド、キッチンなどがあり、どことなく生活感が漂っている。

   扉を閉めた瑠璃がキッチンに向かうのを視界の端に捉えながら、二人はイスに腰掛ける。そして家の中を見渡した。

「ここは?」
「初代勇者が建てたものですね。家自体は魔法で維持されていて、中は滅茶苦茶だったので改修して使わせてもらっていますね」

   説明をしながら瑠璃が振り返り、テーブルに近づいてくる。
 
「どうぞ」
「……ありがとう」

   コトリ、と瑠璃が雫の前にコップを置いた。雫はそれを恐る恐る手に取り、覗き込んでミルクだと理解する。

   暖かい湯気をくゆらせるコップを、口元に持ってくる雫。しかし先ほどの吐き気が多少残っており、なかなか飲めない。

   だが、飲まないわけにはいかなかった。なぜならば……

「ブルルッ」

   いつの間にか、すぐ近くの窓から顔を大きな見せる、バイソンのような巨大な魔物がいるのだから。

   ジーッと自分を見つめる漆黒の魔物に、雫の頬に冷や汗が伝う。ミルクを飲まなかったら、すぐにでも突撃してきそうだ。

「だ、大丈夫か雫?」
「う、うん……」

   隣に座るシュウが、若干引きつった顔で問いかける。その手には雫と同じミルク入りのコップがあった。

   そして、これまたいつの間にか牛の隣の窓からねじれた黄金の角を持つ、羊のような魔物が顔を出している。

   その視線はシュウに向けられていた。飲まなければその角で突き上げられそうだ。

「どうしました?早く召し上がってくださいね」
「お、おう……」
「え、ええ……」

   魔物たちの視線に気圧されながらも、二人は覚悟を決めて目を瞑り、ミルクを飲む。そしてすぐにパッと目を見開いた。

「うわ、これ美味い!」
「とっても深い味わいだわ!」

   驚きながらまたコップに口をつける二人に、瑠璃は微笑んで二匹の魔物を見やる。

「だ、そうですよ。よかったですね」
「ブルルルッ」
「メエェェ」

   機嫌よさそうに鳴いた魔物たちは、満足したように窓から頭を引っこ抜くと、踵を返して離れていった。

   思わずホッと胸をなで下ろすシュウたち。それに瑠璃はくすりと笑い、テーブルを挟んで二人の前に座った。

「ふぅ、やっと落ち着けたぜ」
「それは何よりですね。それで……霧咲さんの方は、平気ですかね?」
「……一応、ね」

   破壊しない程度の力で、コップを握りしめる雫。

   脳裏によぎるのは、〝心の試練〟において暴かれた、自分に最大の恐怖をもたらした日の記憶。

「……どうやら、相当大変だったようですね」
「ああ。途中まではうまくいってたんだが、三つ目の試練でな……」

   そこで一旦言葉を切り、シュウは心配げな表情で雫の様子を見る。
   その視線に気づいた雫は、ふっと弱々しく微笑んだ。

「平気よ。少し時間も経って、ちょっと落ち着いたから。話してもいいわ」
「……そうか。でも、辛くなったらすぐにやめるからな」

   そう断ったシュウは、おもむろに〝心の試練〟のことを瑠璃に話した。

   先んじてヒュリスのシステムに干渉し、〝心の試練〟の内容も知っていた瑠璃だったが、シュウの話を聞いて少し驚く。

「……で、〝あの日〟をもう一度体験した俺たちは、恐怖に負けた。見事に試練は失敗、迷宮から出ていかされたわけだ」
「……そうですか。〝あの日〟のことを…」

   悲しげに目を伏せる瑠璃。言うまでもないことだが、瑠璃も勿論〝あの日〟のことを知っていた。

   龍人本人から〝あの日〟のことを打ち明けられ、そしてそれを受け入れたからこそ、龍人は心の底から瑠璃を信じられたのだから。

「十一年前の、六月十七日。あの日は俺たちにとって、絶望の日だった」
「……そう。間違いなく、あれは人生最悪の日よ」

   その日、龍人は一人の呪術師によって両親の死を告げられ、憎悪に心を支配されて暴走し、全てを破壊した。

   呪術師も、幻覚の中と同じように伸ばしたシュウの片腕も、屋敷も……

「俺は腕を失い……」

   カラクリと化した右腕を握り、シュウは雫をチラリと見る。

   どうにかフラッシュバックを抑えて話を聞いていた雫は、一度深く深呼吸した後、重々しい声でそれを告げた。

「……そして私は、

   あの日死んだ人間の中には、雫の母もいた。咄嗟に雫を突き飛ばし、一人呪いの嵐に飲まれて消滅してしまったのだ。

   幸い、龍人の祖父によって暴走は収まったが、少しでも遅ければ龍人の自我は完全に消し飛んでいただろう。

   だが、龍人の霊力は半分近くが呪力に染まり、それによって髪は今の陰と陽の混ざり合った灰色になった、というわけだ。

「命の力と死の力、そのどちらともを持つセンパイは生者の魂……つまり周囲の人間に本能的に嫌われ、迫害されたんですね」
「そうだ、あいつは心を閉ざして一人になった」

   龍人に陰湿な行いをしたものたちの顔を思い出して、シュウは拳を握って乱暴に机を叩く。

   それを二人とも咎めはしなかった。なぜなら、二人だって全く同じ気持ちだったからだ。

「……今更ですが、お二人はセンパイを恨んではないのですよね?」
「……当たり前だろ。俺たちがあいつを恨むなんて、絶対にありえない」
「あの日一番傷ついたのは他の誰でもない、龍人くんなんだから」

   二人は、あの日のことについて龍人を恨んではいなかった。

   それはあの事件の後、目覚めた龍人の状態に理由がある。

   事件から一週間後、目覚めは龍人は自分の所業を知った。そして一ヶ月もの間、部屋にこもって出てこなかったのだ。

   一歩部屋に踏み込めば狂乱して暴れ、酷い時には抑えつけようと入った者の武器を奪い、自殺しようとした時もあったほどだ。

「龍人の爺ちゃんの話じゃ、コントロール不能だった呪力の強いエネルギーがなければ死んでたんだっていうんだから、皮肉だよな」
「龍人くんを壊した力が、龍人を生かす……こんな酷いことってないわ」

   苦々しい顔をする二人。それに神であり、呪力に人間よりもはるかに詳しい瑠璃は神妙な顔をした。

   呪力とは陰の力であり、同時に陽の力である霊力と対極となって、命の巡りを司る力の一部でもある。

   そのため、龍人の中では擬似的な魂の輪廻が出来上がっており、衰弱に伴って弱まる霊力を補い、呪力が命を繋いでいたのだ。

   ちなみに、北部の時にそれが発動しなかったのは、龍人が徹底的に呪力を封印していたこと。そして、呪力が発動する暇もなく霊力を使い切ったからである。

「……あいつは、寝てる時もずっと俺たちに謝ってたらしい。何度も吐いた形跡もあったとか」
「そうなのですか?」

   シュウの言葉に反応する瑠璃。龍人本人から閉じこもり、外界の接触を頑なに拒絶していたとは聞いていたが、それは初耳だ。

「そっか、これ話したことなかったっけ?」
「ええ。私たち全員、極力あの日のことは口にしないようにしていたから」
「そうですか……教えてくれて、ありがとうございますね」

   小さく頭を下げる瑠璃に、二人は苦い顔のままかぶりを振った。

「いや……要するに、自分で命を断とうとするほど傷ついたあいつを、俺たちが恨めるわけがなかった」
「悪いのはその呪術師で、龍人くんじゃないわ………でも」

   不意に、雫が言葉を止めた。不思議に思い、シュウと瑠璃は彼女を見て……思わず、息を呑んだ。

「私は、何度も母さんが消えるのを見ることなんて、できないっ……!」

   雫は、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえていた。あまりに悲痛なその表情に、二人は言葉をかけることができなかった。

「………とにかく、しばらくお二人はここで体を休めてください。心の傷が癒えるまで、迷宮に行くのは禁止します」
「……ああ、その方がよさそうだ」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。本当なら、すぐにでも龍人を探さなきゃいけないのに……」

   謝る雫に、二人は微笑みながら首を横に振った。そしてシュウは肩を抱き、瑠璃はそっと手を重ねる。

「気にすんな。それに、もし龍人と会えた時そんな顔してたら、むしろあいつに心配かけちまう」
「ええ。センパイは自分のことよりも、他人のことに気をかけますから」
「二人とも……」

   シュウと瑠璃の暖かさと冷たい恐怖がないまぜになり、複雑な気持ちで雫は顔を俯かせる。


   こうして、シュウたちはしばし迷宮の試練から離れ、休息することとなった。

  
ーーー

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