男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される

倉本縞

文字の大きさ
1 / 47

1.鶴の王子様

しおりを挟む
「まあ、エステル、見て。あの方の髪! まるで月の光のようだわ。天人族の方々って、本当にお美しいのねえ」
 ブレンダが興奮したように、扇の陰でわたしにささやきかけた。
わたしも、大広間に現れたアヴェス王国の使節団、天人族の皆さまに目が釘付けだ。

 その夜は、隣国アヴェスとわがファイラス王国の国交百周年を記念し、王宮で祝賀会が開かれていた。
 使節として訪れた隣国アヴェスの天人族の方々は、噂通りみな優雅で美しく、わたしと友人はうっとりと見惚れていた。

 もともと天人族は、獣人の中でも際立って美しいことで知られている。
羽根部分だけ獣化した姿は、古の時代、神の御使いとして崇められたほど、神々しく美しい。

しかも今回の使節団には、天人族の中でも群を抜いて美しいといわれる王族もいらしている。まさに選りすぐりの精鋭美形集団だ。
大広間に彼らが現れただけで、男性も女性も吸い寄せられるようにその周囲に群がり、なんとか言葉を交わそうとやっきになっている。

わたしとブレンダは、その騒動を少し遠巻きに眺めていた。
わたしたちは二人とも男爵令嬢であり、貴族としての身分が低い。王宮主催の祝賀会に参加はできても、王族が代表を務める使節団の方々から、直接お言葉をいただくことは難しい。

しかし、もし交流可能な身分だったとしても、あの美男美女たちの隣に立つような勇気は、とても持てなかっただろう。

わたしの容姿は、とくに醜くはないと思うが、天人族と比べられるようなレベルではない。黒い巻き毛に大きな緑のたれ目がやや幼く見えるだけの、きわめてフツーな、集団に埋没する容姿である。

それに、たとえ交流はできなくとも、美の権化とも言うべき天人族の方々を、遠目からでも鑑賞させていただいただけで、じゅうぶん楽しかった。
その時までは。

 陛下による使節団を歓迎するお言葉の後、アヴェス王国の王子様がその答礼を述べようと、陛下の隣に立たれた。

 さすがアヴェスの王族、美しさが段違いだ。
 鶴の王子様、グルィディ公爵クレイン様のお姿に、わたしは感嘆のため息をついた。

 腰まで流れる銀糸のような髪、冷たくきらめく灰青色の瞳。高い鼻筋と薄い唇がいくぶん冷たい印象を与えるが、かえってそれは王子の美しさを際立たせているように思えた。

 本当に、なんて美しいお方だろう。それに、衝撃的なまでに脚が長い。身体の半分が脚なんじゃなかろうか。天人族の中でも鶴の一族はスタイルがいいと聞くけど、これはもう、「スタイルがいい」の一言で済ませていいレベルではない。じゃあ何て言うんだと言われると困るけど。

 クレイン様は陛下と言葉を交わされた後、大広間に集まった貴族たちを見回し、答礼を……、……述べなかった。黙ったまま、ずっと立ち尽くしている。
 いつまで経っても話し始めようとしないクレイン様に、大広間に少しずつざわめきが広がっていく。

 ていうか、なんか、クレイン様がじっとこちらを見ているような……、気のせい? わたしの後ろに何かあるの?

 わたしが振り返って背後を確認していると、
「こんなところに居たのか!」
 がしっ、と肩を掴まれた。

 え? とわたしが前を向くと、
「やはりそなただ! 間違いない! ……あの時の礼をせねばと、ずっと探していたのだ! どうか私に、あの時の恩返しをさせてほしい!」
 美の化身のようなクレイン様が、真剣な表情でわたしに迫っていた。

「えっ……」
 あまりの顔の良さに、わたしは一瞬、頭が真っ白になった。
「え、ななに……、なんのこと……、いや近い! 近いです!」
 ぐっと顔を近づけられ、わたしは思わずのけぞった。

「逃げないでくれ!」
「いや、ちょっ……、ななんで……」
「そなたは私の命の恩人だろう! 忘れたとは言わせぬ!」
 間近に迫る美しすぎる顔面に耐えられず、わたしは思わず目をつぶった。

 なにを言ってるんだ、この方は。
 わたしが命の恩人? 初対面なのに!?

「何かの間違いです! 記憶にございません!」
 汚職政治家の言い訳のようなセリフを叫んだが、クレイン様は許してくれなかった。

「いいや、間違いなどではない! その魂を見間違うものか! 間違いなくそなたは、二十年前に私の命を救ってくれた!」

 ……ん?

 なにか引っかかるセリフを聞いた気がして、わたしは目を開けた。とたん、クレイン様の顔がアップで迫ってくる。美しすぎて目が痛い。しかし、
「……魂?」
「うむ」
「……二十年前?」
「思い出したのか!」
 クレイン様が、ぱあっと顔を輝かせた。やめて、目が潰れる。

「いや、魂って……、二十年前って……?」
 わたしは今年、十八歳になる。二十年前なんて、そもそも生まれていないんですが。

 困惑するわたしに、クレイン様は大きくうなずいた。
「そうだ。二十年ほど前、そなたは罠にかかった私に情けをかけ、助けてくれたのだ。怪我が癒えた後、私は恩返しをしようとそなたを探した。しかし、いくら探してもそなたは見つからなかった……」
 悲しそうに顔を歪めるクレイン様。まったく記憶にない(当たり前だ)のだが、そんな顔をされると反射的に罪悪感を覚えてしまう。美の力ってすごい。

 しかし、どう考えてもあり得ない妄想(としか思えない)を、いきなり真顔で言い出すとか、この王子様、美しいけれどちょっとアレなのでは……。

 わたしはなんとかクレイン様から逃れようと、必死に言い訳をひねり出した。
「あの、あの殿下、その……、ああ、そうだ、答礼! 殿下、皆さまお待ちですので、どうか答礼を!」
「答礼」
「ええ、ええ! ほら、あの、皆さまが殿下のお言葉を待っていらっしゃいます! お願いいたします!」
「ふむ」
 クレイン様はうなずき、踵を返した。

「わかった。では、話はまた後で」

 いや、後って。
 まだ生まれてもいなかった時の恩返しについて語られても……。

「エステル」
 気づくと、ブレンダが微妙な表情でわたしを見ていた。
「……その、あなた、天人族の王子様とお知り合いだったの……?」

 いえ、初対面です。
 二十年前とか魂とか、どう考えてもあの王子殿下のおっしゃっていることはおかしい。
 しかし、隣国の王子様に面と向かって「あんたの言ってることはおかしい」って言うのもマズいだろうなあ。
ファイラス王国に籍を置く貴族の一員として、隣国の王子様との揉め事なんて、避けたいところなんだけど……。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...