4 / 47
4.鶴の贈り物
「わたしが何をしたっていうの……」
カフェのテーブルに突っ伏すわたしの頭を、ブレンダが優しく撫でてくれた。
「大変だったわね、エステル」
サミュエル様との散々なデート(とすら言えない)を終えてから、およそ一週間後。
諸々の処理を終えたわたしは、ささくれだった心を癒すべく、ブレンダとともに貴族街にある人気のカフェを訪れていた。
ほんとうはこの店、サミュエル様と行く予定だった、とか、もう考えない。考えないったら、考えない!
「エステル、元気をだして。……そのう、サミュエル様からは、その後……?」
わたしは顔を伏せたまま、呻くように言った。
「次の日の夕方、リード家の家令がきたわ。……婚約解消の書類を持って」
「あ、そ、そう……。あの、それは、その……、大変だったわね……」
ええ、大変でしたとも。
商売上の付き合いもあるリード家と、婚約解消となったのだ。お父様にも迷惑をかけてしまった……。
まあ、お父様は「こちらは最初からあまり乗り気ではなかった縁組だから、おまえは気にするな。向こうから是非にと言っておきながら、まったくふざけた話だ。……リード家の代わりに、グルィディ公爵から王室御用達の商会関係者をご紹介いただいたし、かえって良い結果となったよ」とおっしゃっていたけど。
お父様の言葉を信じるなら、この婚約解消によって、わがハーデス家が経済的なダメージを受けることはない。
ただ、この一件は社交界に広く知れ渡ってしまった。
わたしが、アヴェス王国の王子と親密な関係となり、リード子爵家令息との婚約を解消した、と。ハーデス男爵家のエステルは、一目見ただけで美しい天人族の王子に心奪われ、婚約者を捨てたのだ、と。
社交界では、そう噂されているのだ。ひどい。
「親密もなにも、ただストーカーされているだけなのに……」
「そうよね、わたしも昨日、目撃したわ。あなたが訪れた店の上に、とても美しい鶴が舞い降りて……」
「ウソでしょ」
ブレンダの言葉に、わたしは頭を抱えた。
なんだそれは。クレイン様、わたしの行く先々に鶴の姿で現れているのか。
ブレンダはフォローするように続けた。
「あ、でも、お店の人は喜んでいたみたいよ。鶴がお店に舞い降りるなんて、縁起がいいって」
そういう問題じゃない。鶴のストーカーなんて、カンベンしてほしいんですけど。
「クレイン様は、いったい何がしたいのかしら……」
わたしのつぶやきに、
「恩返しがしたいのだ」
背後から美声が聞こえ、わたしはぎょっとして振り返った。
するとそこには、いつもながら後光が差して見えるほど美しい、グルィディ公爵クレイン様が、人間の姿で立っていた。今日は鶴じゃないんだ。
それにしても、いったいいつの間に。
わたしは警戒心もあらわに、クレイン様を見やった。
土曜の午後ということもあり、大通りに面したカフェの屋外席は満員だ。
……今さらだが、クレイン様にストーカーされてるのがわかっているんだから、屋外席ではなく個室を予約しておけばよかった。わたしは閉所恐怖症だから、いつもの癖でつい屋外席を選んでしまったが、失敗だったかもしれない。
クレイン様は、わたしも含めこの場にいる全員の注視を受けてもまったく臆することなく、優雅にわたしの前までやってきた。
「エステル」
座ったままのわたしの前にひざまずき、クレイン様が言った。
「私はそなたに、深い恩義がある。これくらいでその恩を返しきれるとは思わぬが、私の気持ちだ。どうか受け取ってほしい」
そう言って差し出された手には……、何の変哲もない、一通の封筒があった。良かった、反物とかじゃなくて。
安堵したわたしは、懇願するようなクレイン様の眼差しに抗えず、うっかり差し出された封筒を受け取ってしまった。
「……これは、なんでしょうか」
「開けてみてくれ」
クレイン様にうながされ、わたしは恐る恐るその封筒を開けた。すると、その中には二枚のチケットが入っていた。ファリス劇場、と印字されているのがちらりと見える。え、これ……。
「ク、クレイン様、これ……、ウソ! ロシニョール様の! 単独公演のチケット! しかも公演初日!?」
驚愕のあまり、チケットを持つ手が震える。
クレイン様から渡されたチケットは、現在、王都で人気沸騰中のオペラ歌手、ロシニョール様の単独公演(しかも公演初日SS席)のものだったのだ。
「クレイン様、どうやってこれを……! 今回の単独公演は、チケットすべてが抽選だったはずなのに!」
そう。わたしもブレンダも抽選にもれ、涙を呑んだというのに、どうやって。
「ああ、ロシニョールは鶯族だからな。一族用のチケットを融通してもらったのだ」
そ、そうだった、クレイン様は天人族の頂点に立つ、鶴の王子様だった……、最近ストーカーとしか認識していないから忘れていた。
それにしても、
「ロシニョール様の単独公演チケット……!」
わたしは、チケットを手に思わず微笑んだ。抽選に外れて諦めていたから、喜びもひとしおだ。
「ありがとうございます、クレイン様! すっごく嬉しいです!」
「いや……」
クレイン様は照れたように横を向き、スッと立ち上がった。
「喜んでもらえてよかった。……そこにいる、そなたの友人と一緒に行くといい」
「え、わたしと!?」
ブレンダが慌てたようにわたしとクレイン様、両方を見た。
「え、そんな。恐れ多いですわ。エステルと違い、わたしは……、そのう、殿下のお命を助けたことなどないのに」
わたしだって記憶にありませんが。
だがクレイン様は、首を横に振った。
「いや、私はさしてその公演に興味はない。……芸術は、その価値を知る者同士で楽しむのが一番良いのだ。それに、どうせ私は毎年、新年の宴でロシニョールの歌を聴けるしな」
クレイン様、毎年ロシニョール様の歌を聴けるのかあ。いいなあ。
「殿下、本当によろしいのでしょうか?」
ブレンダがおずおずとクレイン様に問いかけた。
「このように高価なチケットをいただいてしまって……」
「かまわぬ。そなたはエステルの良き友のようだ。彼女をよろしく頼む」
クレイン様の言葉に、ブレンダは力強くうなずいた。
「かしこまりました、殿下! お任せください!」
カフェのテーブルに突っ伏すわたしの頭を、ブレンダが優しく撫でてくれた。
「大変だったわね、エステル」
サミュエル様との散々なデート(とすら言えない)を終えてから、およそ一週間後。
諸々の処理を終えたわたしは、ささくれだった心を癒すべく、ブレンダとともに貴族街にある人気のカフェを訪れていた。
ほんとうはこの店、サミュエル様と行く予定だった、とか、もう考えない。考えないったら、考えない!
「エステル、元気をだして。……そのう、サミュエル様からは、その後……?」
わたしは顔を伏せたまま、呻くように言った。
「次の日の夕方、リード家の家令がきたわ。……婚約解消の書類を持って」
「あ、そ、そう……。あの、それは、その……、大変だったわね……」
ええ、大変でしたとも。
商売上の付き合いもあるリード家と、婚約解消となったのだ。お父様にも迷惑をかけてしまった……。
まあ、お父様は「こちらは最初からあまり乗り気ではなかった縁組だから、おまえは気にするな。向こうから是非にと言っておきながら、まったくふざけた話だ。……リード家の代わりに、グルィディ公爵から王室御用達の商会関係者をご紹介いただいたし、かえって良い結果となったよ」とおっしゃっていたけど。
お父様の言葉を信じるなら、この婚約解消によって、わがハーデス家が経済的なダメージを受けることはない。
ただ、この一件は社交界に広く知れ渡ってしまった。
わたしが、アヴェス王国の王子と親密な関係となり、リード子爵家令息との婚約を解消した、と。ハーデス男爵家のエステルは、一目見ただけで美しい天人族の王子に心奪われ、婚約者を捨てたのだ、と。
社交界では、そう噂されているのだ。ひどい。
「親密もなにも、ただストーカーされているだけなのに……」
「そうよね、わたしも昨日、目撃したわ。あなたが訪れた店の上に、とても美しい鶴が舞い降りて……」
「ウソでしょ」
ブレンダの言葉に、わたしは頭を抱えた。
なんだそれは。クレイン様、わたしの行く先々に鶴の姿で現れているのか。
ブレンダはフォローするように続けた。
「あ、でも、お店の人は喜んでいたみたいよ。鶴がお店に舞い降りるなんて、縁起がいいって」
そういう問題じゃない。鶴のストーカーなんて、カンベンしてほしいんですけど。
「クレイン様は、いったい何がしたいのかしら……」
わたしのつぶやきに、
「恩返しがしたいのだ」
背後から美声が聞こえ、わたしはぎょっとして振り返った。
するとそこには、いつもながら後光が差して見えるほど美しい、グルィディ公爵クレイン様が、人間の姿で立っていた。今日は鶴じゃないんだ。
それにしても、いったいいつの間に。
わたしは警戒心もあらわに、クレイン様を見やった。
土曜の午後ということもあり、大通りに面したカフェの屋外席は満員だ。
……今さらだが、クレイン様にストーカーされてるのがわかっているんだから、屋外席ではなく個室を予約しておけばよかった。わたしは閉所恐怖症だから、いつもの癖でつい屋外席を選んでしまったが、失敗だったかもしれない。
クレイン様は、わたしも含めこの場にいる全員の注視を受けてもまったく臆することなく、優雅にわたしの前までやってきた。
「エステル」
座ったままのわたしの前にひざまずき、クレイン様が言った。
「私はそなたに、深い恩義がある。これくらいでその恩を返しきれるとは思わぬが、私の気持ちだ。どうか受け取ってほしい」
そう言って差し出された手には……、何の変哲もない、一通の封筒があった。良かった、反物とかじゃなくて。
安堵したわたしは、懇願するようなクレイン様の眼差しに抗えず、うっかり差し出された封筒を受け取ってしまった。
「……これは、なんでしょうか」
「開けてみてくれ」
クレイン様にうながされ、わたしは恐る恐るその封筒を開けた。すると、その中には二枚のチケットが入っていた。ファリス劇場、と印字されているのがちらりと見える。え、これ……。
「ク、クレイン様、これ……、ウソ! ロシニョール様の! 単独公演のチケット! しかも公演初日!?」
驚愕のあまり、チケットを持つ手が震える。
クレイン様から渡されたチケットは、現在、王都で人気沸騰中のオペラ歌手、ロシニョール様の単独公演(しかも公演初日SS席)のものだったのだ。
「クレイン様、どうやってこれを……! 今回の単独公演は、チケットすべてが抽選だったはずなのに!」
そう。わたしもブレンダも抽選にもれ、涙を呑んだというのに、どうやって。
「ああ、ロシニョールは鶯族だからな。一族用のチケットを融通してもらったのだ」
そ、そうだった、クレイン様は天人族の頂点に立つ、鶴の王子様だった……、最近ストーカーとしか認識していないから忘れていた。
それにしても、
「ロシニョール様の単独公演チケット……!」
わたしは、チケットを手に思わず微笑んだ。抽選に外れて諦めていたから、喜びもひとしおだ。
「ありがとうございます、クレイン様! すっごく嬉しいです!」
「いや……」
クレイン様は照れたように横を向き、スッと立ち上がった。
「喜んでもらえてよかった。……そこにいる、そなたの友人と一緒に行くといい」
「え、わたしと!?」
ブレンダが慌てたようにわたしとクレイン様、両方を見た。
「え、そんな。恐れ多いですわ。エステルと違い、わたしは……、そのう、殿下のお命を助けたことなどないのに」
わたしだって記憶にありませんが。
だがクレイン様は、首を横に振った。
「いや、私はさしてその公演に興味はない。……芸術は、その価値を知る者同士で楽しむのが一番良いのだ。それに、どうせ私は毎年、新年の宴でロシニョールの歌を聴けるしな」
クレイン様、毎年ロシニョール様の歌を聴けるのかあ。いいなあ。
「殿下、本当によろしいのでしょうか?」
ブレンダがおずおずとクレイン様に問いかけた。
「このように高価なチケットをいただいてしまって……」
「かまわぬ。そなたはエステルの良き友のようだ。彼女をよろしく頼む」
クレイン様の言葉に、ブレンダは力強くうなずいた。
「かしこまりました、殿下! お任せください!」
あなたにおすすめの小説
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
巻き込まれて死亡?!神様、責任とってくださいね?
紅子
恋愛
新作のゲームの為に創った魔法陣に魅入られた神様の眷族のせいで、死んじゃった私。別の世界で残りの生を消化しないと、永遠を流離うって、酷くありませんか?剣と魔法の世界で生き残るなんて出来る気がしません。私、一見、平和そのものなあの世界の住人ですよ?原因を作った眷族をつけてくれる?それなら、なんとか・・・・?はぁ、永遠を流離うくらいなら、眷族と一緒になんとか生き残れるように頑張ります!
毎日00:00に更新します。
完結済み
R15は、念のため。
自己満足の世界につき、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。