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12.特別な贈り物
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「そういえば、白鳥一族の定番プロポーズとはなんだ? やはり『わたしの呪いを解いてほしい』なのか?」
「それもあるが、いま人気なのはアレだな、『あなたの愛で、わたしを醜いアヒルから美しい白鳥へ生まれ変わらせて』というやつだ。ただこれは、アヒルの一族から抗議を受けているんだよ。まったく、しゃれのわからないやつらは困る」
二人がのんびりプロポーズ談義(?)するのを聞きながら、わたしは今聞いた情報を、脳内で何度も反芻していた。
鶴にとって、恩返しイコール家族になること。「恩返しをさせてほしい」というのは、定番のプロポーズ文句……。
つまりクレイン様は、わたしにプロポーズしたってこと!? そんなバカな!
パニック状態のわたしを、アンセリニ侯爵がちらりと見て言った。
「まあ、お茶でも飲んで落ち着きたまえよ。……クレインにプロポーズされたという事実が、それほど衝撃だったのかい? しかしクレインは婿入りする訳だし、ハーデス家が断絶する恐れはない。そちらにとって、とくに問題はないんじゃないのかな?」
「何おっしゃってるんですか! 隣国の王子様が男爵家に婿入りなんて、前代未聞ですよ!」
しかし、
「何をいまさら。鶴の一族は、辺境の農民の養女にだってなった事があるんだよ? 聞いたことないかい?」
アンセリニ侯爵が呆れたように言うので、わたしは慌てて答えた。
「あ、ええと、噂でうかがったことはありますが、詳細は存じ上げません」
大陸中を席巻した噂ではあったが、詳しい経緯等を知っている人は宮廷にはいなかった。それもあって、みな話半分に聞いていたように思う。
「ふうん。じゃクレイン、説明してやれよ」
アンセリニ侯爵にうながされ、クレイン様はうなずいて話し始めた。
「うむ、わが一族にはグリューという姫がいてな、これが相当な変わり者で……」
噂の姫君の名は、グリュー様とおっしゃるのか。鶴の一族って全員変わり者なんでは、と失礼な感想をいだきつつ、わたしはクレイン様の話に耳を傾けた。
「グリューはとにかく、行動的な姫だった。じっと座っていることが苦手な姫でな」
「それはあまりにも婉曲にすぎる表現じゃないかい? グリューは……、こんなことを言うのは失礼かもしれないが、彼女ははっきり言って、鶴というより鬼だったよ。彼女の翼範囲に入ったが最後、ほぼすべての天人族が、なんらかの負傷をしていたじゃないか」
「うるさい、話が進まぬではないか。きさまは少し黙っていろ」
クレイン様の話を要約すると、こうだった。
行動的なグリュー姫は、王族でありながら冒険者となった(ここでもう既に驚愕の展開なのだが、クレイン様もアンセリニ侯爵も平然としていたので、何も言えなかった)。しかし、辺境を旅している間に、グリュー姫は怪我をしてしまったのだという。
その際、たまたま行き会った老夫婦が、親身になって姫の世話をしてくれたのだとか。
「姫は、その老夫婦の魂を見て、彼らこそ己の運命、と悟ったのだ。自分はずっと、彼らを探していたのだと。……そういう訳で、姫は彼らの養女となったのだ」
めでたしめでたし、と話を締めるクレイン様に、わたしは思わず突っ込みを入れた。
「待ってください、話をはしょりすぎです! え、だって王族の姫君が勝手にどこかの養女になるとか、そんなの許されるんですか? アヴェス王国で反対されたりとか、そういうのなかったんですか?」
「エステルは面白い冗談を言うのだな」
クレイン様がハハッと楽しげに笑い、その拍子にキラリと白い歯が輝いた。こんな事でいちいち輝くのやめてほしい。
「鶴が己の運命を見つけたというのに、反対する馬鹿者などいるものか。エステル、われらは相手の魂を見ることができる。誰が自分の運命なのか、はっきりとわかるのだ。それを反対してどうする? 燃え盛る炎に、さらに燃料を投下するようなものではないか」
「鶴は障害があると、かえってやる気を出すからねえ」
アンセリニ侯爵が、イヤそうな顔でクレイン様に同意した。
「こいつらのおかげで、わたし達はいつも面倒な目にあっているんだよ。まったく勘弁してほしいものだ。この間だって、蛇族と厄介な話し合いをする羽目になったし……」
愚痴をこぼすアンセリニ侯爵の話は、もはや頭に入ってこなかった。
……なんとなくわかっていたけど、やっぱり鶴の一族は、あんまり……というか、まったく身分とか気にしていなかった。大事なのは、魂の色や形。魂の前には、すべてが無力。そういう認識なんだ。そういう種族なんだ……。
真っ青になったわたしに、クレイン様が照れくさそうに言った。
「エステル、そういう訳で、そなたのご両親へ挨拶にうかがいたいと思う。前回は気がせいて、ご両親に何も話せなかった。今回は正式な挨拶となるから、きちんとしなくてはな。持参する菓子折りは、何が良いだろうか?」
「お待ちください!」
わたしは必死になって叫んだ。
マズい。このままではあっという間にクレイン様と、神殿で愛の誓いを交わすことになってしまう。
抵抗するにも、クレイン様は正常な思考力を麻痺させるほど顔が良いうえ、押しが強すぎる。流されやすいわたしは、うっかり「誓います」とか言ってしまいそうだ。
しかし、そんなことになったらわたしは、アヴェス王国の王子様を婿にすることになってしまう! わが家は男爵家にすぎないのに、いくらなんでもそんなの無理!
「そ、……それはちょっと、お待ちください」
「なぜ? こういうことは早いほうが」
「いいえ!」
わたしは叫んだ。
「ええと、挨拶の前に、アレです、アレ! えーと、そう……、贈り物! クレイン様は今まで、細々とした贈り物をくださいましたが、結婚ともなれば、もっとこう、特別ブラボーエクセレントな何かが! 欲しいと思います!」
「特別な贈り物!」
ガタッとクレイン様が立ち上がった。
「素晴らしい! エステルの望みは何だ!?」
「のの……、ぞ、み……は、えっと……」
わたしは頭をフル回転させ、必死に考えた。
考えろ、考えるんだ、わたし。
クレイン様が「とても無理だ、そんな物は手に入れられない」と諦めてくださるような、そんな何かを!
「それもあるが、いま人気なのはアレだな、『あなたの愛で、わたしを醜いアヒルから美しい白鳥へ生まれ変わらせて』というやつだ。ただこれは、アヒルの一族から抗議を受けているんだよ。まったく、しゃれのわからないやつらは困る」
二人がのんびりプロポーズ談義(?)するのを聞きながら、わたしは今聞いた情報を、脳内で何度も反芻していた。
鶴にとって、恩返しイコール家族になること。「恩返しをさせてほしい」というのは、定番のプロポーズ文句……。
つまりクレイン様は、わたしにプロポーズしたってこと!? そんなバカな!
パニック状態のわたしを、アンセリニ侯爵がちらりと見て言った。
「まあ、お茶でも飲んで落ち着きたまえよ。……クレインにプロポーズされたという事実が、それほど衝撃だったのかい? しかしクレインは婿入りする訳だし、ハーデス家が断絶する恐れはない。そちらにとって、とくに問題はないんじゃないのかな?」
「何おっしゃってるんですか! 隣国の王子様が男爵家に婿入りなんて、前代未聞ですよ!」
しかし、
「何をいまさら。鶴の一族は、辺境の農民の養女にだってなった事があるんだよ? 聞いたことないかい?」
アンセリニ侯爵が呆れたように言うので、わたしは慌てて答えた。
「あ、ええと、噂でうかがったことはありますが、詳細は存じ上げません」
大陸中を席巻した噂ではあったが、詳しい経緯等を知っている人は宮廷にはいなかった。それもあって、みな話半分に聞いていたように思う。
「ふうん。じゃクレイン、説明してやれよ」
アンセリニ侯爵にうながされ、クレイン様はうなずいて話し始めた。
「うむ、わが一族にはグリューという姫がいてな、これが相当な変わり者で……」
噂の姫君の名は、グリュー様とおっしゃるのか。鶴の一族って全員変わり者なんでは、と失礼な感想をいだきつつ、わたしはクレイン様の話に耳を傾けた。
「グリューはとにかく、行動的な姫だった。じっと座っていることが苦手な姫でな」
「それはあまりにも婉曲にすぎる表現じゃないかい? グリューは……、こんなことを言うのは失礼かもしれないが、彼女ははっきり言って、鶴というより鬼だったよ。彼女の翼範囲に入ったが最後、ほぼすべての天人族が、なんらかの負傷をしていたじゃないか」
「うるさい、話が進まぬではないか。きさまは少し黙っていろ」
クレイン様の話を要約すると、こうだった。
行動的なグリュー姫は、王族でありながら冒険者となった(ここでもう既に驚愕の展開なのだが、クレイン様もアンセリニ侯爵も平然としていたので、何も言えなかった)。しかし、辺境を旅している間に、グリュー姫は怪我をしてしまったのだという。
その際、たまたま行き会った老夫婦が、親身になって姫の世話をしてくれたのだとか。
「姫は、その老夫婦の魂を見て、彼らこそ己の運命、と悟ったのだ。自分はずっと、彼らを探していたのだと。……そういう訳で、姫は彼らの養女となったのだ」
めでたしめでたし、と話を締めるクレイン様に、わたしは思わず突っ込みを入れた。
「待ってください、話をはしょりすぎです! え、だって王族の姫君が勝手にどこかの養女になるとか、そんなの許されるんですか? アヴェス王国で反対されたりとか、そういうのなかったんですか?」
「エステルは面白い冗談を言うのだな」
クレイン様がハハッと楽しげに笑い、その拍子にキラリと白い歯が輝いた。こんな事でいちいち輝くのやめてほしい。
「鶴が己の運命を見つけたというのに、反対する馬鹿者などいるものか。エステル、われらは相手の魂を見ることができる。誰が自分の運命なのか、はっきりとわかるのだ。それを反対してどうする? 燃え盛る炎に、さらに燃料を投下するようなものではないか」
「鶴は障害があると、かえってやる気を出すからねえ」
アンセリニ侯爵が、イヤそうな顔でクレイン様に同意した。
「こいつらのおかげで、わたし達はいつも面倒な目にあっているんだよ。まったく勘弁してほしいものだ。この間だって、蛇族と厄介な話し合いをする羽目になったし……」
愚痴をこぼすアンセリニ侯爵の話は、もはや頭に入ってこなかった。
……なんとなくわかっていたけど、やっぱり鶴の一族は、あんまり……というか、まったく身分とか気にしていなかった。大事なのは、魂の色や形。魂の前には、すべてが無力。そういう認識なんだ。そういう種族なんだ……。
真っ青になったわたしに、クレイン様が照れくさそうに言った。
「エステル、そういう訳で、そなたのご両親へ挨拶にうかがいたいと思う。前回は気がせいて、ご両親に何も話せなかった。今回は正式な挨拶となるから、きちんとしなくてはな。持参する菓子折りは、何が良いだろうか?」
「お待ちください!」
わたしは必死になって叫んだ。
マズい。このままではあっという間にクレイン様と、神殿で愛の誓いを交わすことになってしまう。
抵抗するにも、クレイン様は正常な思考力を麻痺させるほど顔が良いうえ、押しが強すぎる。流されやすいわたしは、うっかり「誓います」とか言ってしまいそうだ。
しかし、そんなことになったらわたしは、アヴェス王国の王子様を婿にすることになってしまう! わが家は男爵家にすぎないのに、いくらなんでもそんなの無理!
「そ、……それはちょっと、お待ちください」
「なぜ? こういうことは早いほうが」
「いいえ!」
わたしは叫んだ。
「ええと、挨拶の前に、アレです、アレ! えーと、そう……、贈り物! クレイン様は今まで、細々とした贈り物をくださいましたが、結婚ともなれば、もっとこう、特別ブラボーエクセレントな何かが! 欲しいと思います!」
「特別な贈り物!」
ガタッとクレイン様が立ち上がった。
「素晴らしい! エステルの望みは何だ!?」
「のの……、ぞ、み……は、えっと……」
わたしは頭をフル回転させ、必死に考えた。
考えろ、考えるんだ、わたし。
クレイン様が「とても無理だ、そんな物は手に入れられない」と諦めてくださるような、そんな何かを!
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