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13.三つの願い

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「それで、クレイン様とお話をした結果、どうだったの?」
 ブレンダがわくわくした様子を隠しもせずに言った。
今日はブレンダがハーデス家に遊びに来てくれたので、四阿でお茶を飲むことにしたのだ。

「どうだったの、って……」
「鶴にとっての『恩返し』の意味は、わかったのかってこと」
 わたしはため息をついた。
「ブレンダ、あなた知ってたんでしょ」
 クレイン様の手下と化したブレンダは、ある程度の事情を承知していたに違いない。おそらく、鶴の一族の『恩返し』がどういう意味を持つのかわかっていたから、わたしにクレイン様と話をするよう、仕向けたのだ。

 ブレンダは肩をすくめた。
「わたしだって、親友のあなたが隣国の王子様に弄ばれたら大変だと思って、それでいろいろ調べたのよ。クレイン様ご本人にも、ちゃんと問いただしたわ。……その上で、クレイン様はあなたのことを真剣に想っていらっしゃる、ってわかったから、話をするように言ったのよ」
「それは……」
 わたしは口ごもった。

 たしかにブレンダの言う通り、クレイン様は冗談でわたしにプロポーズされた訳ではなさそうだ。
 鶴の一族にとって、身分があまり重視されないということもわかった。だけど……。

「エステル、まさかとは思うけど、リード子爵家のご次男をまだ想っているとか、そういう……?」
「まさか!」
 わたしは思わず大声を上げてしまった。元婚約者ではあるけれど、正直、サミュエル様のことは、もう思い出したくもない。

「……後でお母様から聞いたんだけど、サミュエル様は、その……、平民街の娼館に頻繁に通われていたんですって。貴族街なら目につくけど、平民街だと噂になりにくいから、両親の耳にも入らなかったらしいんだけど」
 どうもサミュエル様は、娼館のお相手に相当な金額を貢がれていたらしく、借金まであったそうだ。だからお父様も、婚約解消をすんなり受け入れたのだ。

 ブレンダは、わたしの話に頷いて言った。
「そういうことなら、何の問題もないじゃない。リード家の次男とのことは災難だったけど、クレイン様なら、きっとあなたのことを大事にしてくださるわ。……それで、挙式用の神殿は決まったの?」
「面白がるのはやめてよ」
 わたしはため息をつき、相変わらず少し放置気味の庭園を遠い目で眺めた。

 初めてクレイン様がハーデス家を訪れた時、あの木立を見て「巣を作りやすそう」と言っていたことを思い出し、さらにため息が出る。

「……そういえば今ブレンダが座っている場所、そこにクレイン様も座っておられたわね……」
「あら、そうなの? 隣国の王子様と同じ席に座るなんて、光栄だわ!」
 明らかに面白がっているブレンダを、わたしは軽く睨んだ。

「笑いごとじゃないのよ。あの時は大変だったんだから」
「イヤだ、睨まないで、エステル。……お詫びに、とっておきの情報を教えてあげるわ。昨日、お兄様が屋敷で騎士から報告されていたのを、こっそり聞いたんだけど。……北方の国境地帯から上がってきた報告なのだけど、クレイン様はつい先日、ただ一騎でドラゴンと相対し、壮絶な戦いの末に見事そのドラゴンを討伐されたそうよ」
「ウソ!」
 わたしは両手で口を覆った。

「この話を聞いた時は、わたしも驚いたわ。通常ドラゴンは一分隊、十名以上の騎士でもって討伐に当たると聞いているのに、それをお一人で討ち果たされたっていうんだから。天人族ってあんなに優美なお姿をしていらっしゃるのに、意外に好戦的だという噂は本当なのねえ」
 ブレンダは感心したように言った。

わたしは顔を上げ、小さな声でブレンダに聞いた。
「クレイン様は、その、お怪我とかは……?」
「ドラゴンを討ち果たされるや否や、その宝鱗を剥ぎとってそのまま東へ飛んでいってしまったそうだから、無事でいらっしゃるんじゃないかしら?」
「東……」

 大陸の東には、不死鳥の住まう秘境があるというが、まさか……。
「ねえ、エステル、教えて。あなたはいったい、何を殿下に要求したの?」
「要求っていうか……」
 わたしは呻くように言った。

 あれは気の迷いというか、苦しまぎれにひねり出した、バカバカしいリクエストだった。けっして本気で言ったわけではない。ないのだけど……。
「ドラゴンの宝鱗と、不死鳥の羽衣と、海月の虹真珠を……」
 ウヘア、とブレンダがドン引きした表情でわたしを見た。

「それって、大昔に大陸一の美姫が求婚者たちに出したっていう、無理難題……」
「しかたないじゃない、ほかに思いつかなかったんだもの!」
 わたしは再び、四阿のテーブルに突っ伏した。

 まさかクレイン様が本気にするとは思わなかった。ここまで無謀な要求をすれば、「何をバカなことを!」と怒って、ハーデス家に婿入りなんて話もなくなるかと……。
 しかしクレイン様は、わたしの突き付けた無理難題に、なぜか大喜びしてしまった。いきなり羽根を現してバッサバッサと翼をはためかせ、アンセリニ侯爵に「書物が散乱するから羽ばたくのはやめたまえ!」と怒られたほどだ。あの羽根……、白くて大きくて、キラキラ輝いてて綺麗だった……。

 クレイン様は、羽根部分だけ獣化したまま、わたしの前にひざまずいて言った。
「そなたの願い、必ずや叶えよう。待っていてくれ!」
 そう告げるなりクレイン様は、大使公邸の図書室の窓から、飛び立っていってしまったのだ……。

「まさか本気になさるなんて、思わなかったの……」
 テーブルに突っ伏したまま、わたしが言うと、
「でも、殿下はドラゴンを倒して宝鱗を入手されたわ。そして東に向かったということは、次は不死鳥の」「やめて言わないで」

 どうしよう、まさかこんなことになるなんて。
 百歩譲って、ドラゴンの宝鱗はよしとしよう。ドラゴン討伐はたしかに難しいけれど、不可能という訳ではない。お金を積めば、宝鱗だって手に入る。
 でも、不死鳥の羽衣と海月の虹真珠は……。

 いくらクレイン様だって、そう簡単に不死鳥の羽衣と海月の虹真珠を入手はできないだろう。ていうか、無理だと思う。
 ……わたしが要求した、残り二品。これを入手できなかったら、クレイン様はどうなさるんだろう。
 天人族の考え方はいまいちよくわからないけれど、クレイン様は天人族の頂点に立つ、鶴の一族の王子様だ。
 バカな要求を突きつけた、身の程知らずな男爵家の娘のことなんて、一時の気の迷いだったと、忘れてしまわれるだろうか。

 わたしは、クレイン様の子どものように無邪気な笑顔を思い出し、胸が痛くなった。
 あんな風に、真っ直ぐに好意を伝えてくださった方は、初めてだった。きっとこれから先も、あんな方は二度と現れないだろう。
 わたしが侯爵家か伯爵家の娘だったら、クレイン様の手をとれたのだろうか。
 家格の釣り合いがとれた、王族と婚姻を結んでも恥ずかしくない、高位貴族の令嬢だったら……。

 自分から無理難題を突きつけたくせに、今さら、わたしは何を考えているんだろう。
 クレイン様がわたしを忘れ、アヴェス王国へ戻ってくださるほうが、わたしにとってもハーデス男爵家にとっても、よい事のはずなのに。

「不死鳥の羽衣って、作るのに不死鳥をつかまえて、その羽根をむしらなきゃならないんでしょ? それに海月の虹真珠って、毒を持つ海月族が守っているから……あ、でも」
 ブレンダが何かに気づいたように黙った。

「……なに? ブレンダ」
 顔を上げてブレンダを見ると、
「ううん。ただ……、不死鳥は天人族だったなって。それに海月族は天人族と交流があったはずだし……、天人族の頂点に立つ鶴の王子様が命じれば、不死鳥の羽も海月の虹真珠も、あんがい簡単に手に入るんじゃないかなって……」
「……………………」

 わたしとブレンダは、黙って顔を見合わせた。
 そして、黙ったままお茶を飲みほした。

 ドラゴンの宝鱗と不死鳥の羽衣と海月の虹真珠。
 まさかとは思うけど、この三つをクレイン様が手に入れてしまったら……。

「もうあきらめて、挙式用の神殿を探しておいたほうがいいんじゃない?」
「ブレンダ!」
 わたしも一瞬、同じことを思ってしまっただなんて、絶対に言えない!

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