男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される

倉本縞

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15.お見舞い?

「エステル……!」
 わたしの姿を見るなり、伏せっていたクレイン様が慌てて寝台から起き上がろうとした。
「あ、そのままで! 起きなくていいですから!」

 大使公邸の奥まった一室にクレイン様はいた。
 部屋には執務机にソファ、丸テーブルなどが置いてあり、部屋の隅に天蓋付きの寝台がある。おやすみの瞬間まで人目にさらされる高位貴族の寝室そのままだ。こういうところは人間も獣人も同じなんだなあ。

 クレイン様は、怪我こそしていなかったけれど、体調不良というのは本当らしく、どこか気だるげな様子だった。心持ち頬も削げ、やつれたように見える。
 しかし、かえって色気倍増というか、はらりと顔にかかる銀髪が妙に耽美な雰囲気を醸し出している。このくらいのレベルになると、何がどうなっても美人なんだなあ。

「エステル、わざわざ見舞いに来てくれたのか」
「あー、あの、……クレイン様がお怪我をされたのかと……」
 部屋の入口に立ったままでいると、
「まあ、そんな遠いところで立ち話もアレだ、座りたまえ」
 アンセリニ侯爵が、寝台脇にある小さな椅子を勧めてくれた。

「いえ、あの、すぐに帰りますので」
「帰らないでくれ!」
 クレイン様が慌てて寝台から身を起こした。……と思ったら、ふらっと再び寝台に倒れ込んでしまった。

「クレイン様! 大丈夫ですか!?」
 私は寝台に駆け寄った。横たわるクレイン様の頬に、長い銀髪が幾筋も乱れかかっている。わたしは寝台脇の椅子に座り、クレイン様の乱れた髪をそっと払った。
「エステル……」
 それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべ、クレイン様はわたしを見つめた。まぶしい! 輝きが過ぎる!

「今日、そなたに来てもらえてよかった。……実は、昨夜やっと織り上げたのだ」
 クレイン様は横になったまま、寝台の脇にある机の引き出しを開け、中から虹色に輝く反物を引っ張り出した。
「エステル、これを……」
 クレイン様に差し出され、つい受け取ってしまったが、

「もももしかして、これ……、不死鳥の……」
「うむ。不死鳥の羽衣は、不燃かつ遮熱の性質を持つゆえ、これをまとえば業火の中でも普通に歩けるぞ。私の羽も織り込んであるから、防塵、防汚にも優れている。……どうだろう、気に入ってくれただろうか?」
 不安と期待の入り混じった瞳で見つめられ、わたしは手にした反物に目を落とした。

 虹色に輝く、美しい布。なんだか様々な効能まで付加されているみたいで、ちょっと持ってるだけで恐れ多いんだけど……。
 なんだろう、なんか胸が痛い。
 わたしが不死鳥の羽衣を望んだせいで、クレイン様は体調を崩して寝込んでしまったんだ……。

「ありがとうございます。わたしなんかのために……」
 そう言うだけで精一杯で、わたしは思わず涙をこぼしてしまった。
「エステル!?」
 クレイン様が慌てたように言った。

「どどどうした、気に入らなかったのか!?」
 わたしは激しく首を横に振った。
「いえ、いいえ……、こんな……、すばらしい、布は、初めてです。こんな……」
「そ、そうか。……泣くほど気に入ってくれたのか」
 クレイン様が、よかった、と小さな声でつぶやくのが聞こえた。

「まあ、私が死ぬ気で織り上げた反物だからな! エステルもきっと気に入るだろうと、そう確信していた! あ、そうそう、ドラゴンの宝鱗だが、今、加工に出していて、あと数日で出来上がると思う。海月の虹真珠も、物自体は手に入れたのだが、せっかくだからそれを入れる袋を……、エステル?」

 わたしは手を伸ばし、寝台の上に投げ出されたクレイン様の手をそっと包み込むようにした。
 この前は、クレイン様がわたしの手を同じように包み込んでくれたけど、その時とは違い、クレイン様の手はあちこち怪我の残る痛々しい状態だった。
「……クレイン様、やっぱりお怪我をされていたのですね」
「え? あ……、いや、まあ、それは……。不死鳥の羽根をむしる際、ちょっと抵抗されてな。あやつら不死鳥の一族は、天人族ではあるのだが、同時に神の眷属でもあるから、ちょっと反抗的で……、え?」
 クレイン様の手に、わたしの涙がぽたりと落ちた。

「えっ……、エステル?」
「……申し訳ありません、わたしのせいで……」
 こらえ切れずに泣き出したわたしに、クレイン様ががばっと身を起こして言った。

「何を言う! 私はとても嬉しかった! そなたが結納の品を望んでくれて、これほどの喜びはなかった! ……それに、こう言ってはなんだが、そなたの要求はかなり叶えやすいものだったぞ」
「え」
 わたしは思わず顔を上げた。

「なにおっしゃってるんですか。ドラゴンの宝鱗に不死鳥の羽衣、海月の虹真珠ですよ? 無理難題もいいとこじゃないですか」
 驚きのあまり涙も引っ込んでしまったが、クレイン様は不思議そうに言った。
「なぜ? ドラゴンの宝鱗はドラゴンを倒せば手に入るし、海月の虹真珠は海月族との交渉で手に入れることができる。不死鳥の羽衣にいたっては、不死鳥は天人族であるゆえ、殺し合いをせずともその羽を手に入れることができる。無理なことなど何もなかったぞ」

 えええ……。そういうものなの? 鶴の一族にとっては、あの無理難題ってそういう認識なの?

 なんか、知れば知るほど鶴の一族の非常識……もとい、規格外な考え方が明らかになっていくような気がするんですけど。

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