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16.婚約?
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「私の一番上の兄も言っていた。おまえの結納品は簡単で羨ましいと」
「ええ? いや……、あれが簡単なら、クレイン様のお兄様は、いったいどんな結納品を要求されたんですか?」
クレイン様は寝台の上に起き直ると、真顔で言った。
「ああ、兄の婚約者は派手好きでな、結婚式でお色直しを五回やりたいと言って、兄に五着分の反物を要求したのだ」
「……はあ」
五着か。まあ確かに、一度に五着もの婚礼衣装を作るのは、お金もかかって大変かもしれないけど、王族ならそれくらい、どうってことないんじゃなかろうか。わが国の王女様も、輿入れの際にドレスを何着も新調されたと聞くし。
しかし、いまいちピンときていないわたしとは違い、アンセリニ侯爵は深刻そうな表情で言った。
「ああ……、あの時は大変だったねえ。グルージャ様は、そのせいで死にかけたのだっけ?」
「うむ。正直言ってあの時、兄上はもう助からぬと思った。二番目の兄上を呼び戻そうと、城中でもそのような話が持ち上がったくらいだしな」
クレイン様もアンセリニ侯爵も、真面目な顔でおっしゃっているが……、どういうこと?
「あ、あの、……婚礼衣装を五着注文したんですよね? なぜそれで死にかけるとか、そういう話に?」
わたしの質問に、二人とも「なに言ってんの?」という表情になった。
「注文って……、一生一度の婚礼衣装だよ? 天人族の頂点に立つ鶴が、そんな大事なものを外注するわけないじゃないか。五着とも、もちろんグルージャ様ご本人が織り上げたんだよ。決まっているだろう?」
「ああ、兄上は、五着ともほぼ自前の羽だけで織り上げたからな。出来上がった頃には、羽を打ち枯らして疲労困憊し、ほとんど死にかけていたのだ」
ええー、死にかけって、そっち……? 自前の羽を使い過ぎて……?
「その点、私はとても楽だった。織り上げるのは一着だけ、しかも主要な原料は不死鳥の羽だからな。私の羽は仕上げ用として三割ほどしか使っていないから、少々不完全燃焼というか、正直言えばもう一着くらい織りたいところなのだが」
「もう十分です!」
わたしは慌てて叫んだ。
改めて、手に持つ反物に目を落とすと、なんか布自体が自然発光しているような……。なんだろう、この謎の光。あんまり深く考えたくないんだけど……。
しかし、言われてみれば以前、クレイン様もおっしゃってたっけ。「鶴の一族が一生に一度、婚姻相手のために織る反物は見事な仕上がりだ」って。
婚姻相手。って、つまり、わたしのことだよね……。
クレイン様は、鶴の一族定番のプロポーズ文句を告げ、わたしの無茶苦茶な要求通り、こうやって今、贈り物を差し出してくれている。
わたしはクレイン様を見た。
少しやつれた様子でさえ、雨に打たれる花のような風情を醸し出してしまう驚愕の美人だけど、その中身は、いきなり前世が魂がと言い出すような、超個性派のストーカーである。
冷静に考えれば、そんな人にプロポーズされたら、走って逃げるべきだという気もするけど。
……でも、クレイン様は、とても優しい。優しくて、誠実なお方だ。
美人すぎて目が痛くなるとか、身分が高すぎるとか、そもそもストーカーだとか、問題点を上げればキリがないけど。
もう、自分の気持ちから目を背けるのはやめよう。
クレイン様にふさわしい、高位貴族の令嬢じゃないからと、自分に言い訳して逃げるのは、終わりにしよう。
わたしは、自分の中の勇気をかき集め、小さな声で言った。
「……両親は、ベンヌ商会の花菓子が好きです」
「エステル?」
「だから、わが家にご挨拶にいらしていただく際は、その……、ベンヌ商会の」
「エステル!」
がしっ、とクレイン様に抱きしめられた。
「ぅあ、あの、ク、クレインさま」
「わかった。ベンヌ商会の菓子を買い占めよう!」
「一個でいいです!」
ちゃんと断っておかないと、クレイン様はほんとに買い占めてしまいそうでコワい。
「……僕もここにいるんだけど、忘れてないかい?」
アンセリニ侯爵が面白くなさそうな声で言うのが聞こえたけど、クレイン様はわたしを抱きしめたまま言った。
「スワン、席を外せ。というか、きさま何故ここにいる?」
「僕は、エステルをここまで案内してあげたんだけどねえ! それ以前に、僕は大使で、ここは大使公邸なんだけどねえ!」
憤慨したようにアンセリニ侯爵が言った。
うん、これはクレイン様が悪い。申し訳ありません、侯爵閣下。
「ええ? いや……、あれが簡単なら、クレイン様のお兄様は、いったいどんな結納品を要求されたんですか?」
クレイン様は寝台の上に起き直ると、真顔で言った。
「ああ、兄の婚約者は派手好きでな、結婚式でお色直しを五回やりたいと言って、兄に五着分の反物を要求したのだ」
「……はあ」
五着か。まあ確かに、一度に五着もの婚礼衣装を作るのは、お金もかかって大変かもしれないけど、王族ならそれくらい、どうってことないんじゃなかろうか。わが国の王女様も、輿入れの際にドレスを何着も新調されたと聞くし。
しかし、いまいちピンときていないわたしとは違い、アンセリニ侯爵は深刻そうな表情で言った。
「ああ……、あの時は大変だったねえ。グルージャ様は、そのせいで死にかけたのだっけ?」
「うむ。正直言ってあの時、兄上はもう助からぬと思った。二番目の兄上を呼び戻そうと、城中でもそのような話が持ち上がったくらいだしな」
クレイン様もアンセリニ侯爵も、真面目な顔でおっしゃっているが……、どういうこと?
「あ、あの、……婚礼衣装を五着注文したんですよね? なぜそれで死にかけるとか、そういう話に?」
わたしの質問に、二人とも「なに言ってんの?」という表情になった。
「注文って……、一生一度の婚礼衣装だよ? 天人族の頂点に立つ鶴が、そんな大事なものを外注するわけないじゃないか。五着とも、もちろんグルージャ様ご本人が織り上げたんだよ。決まっているだろう?」
「ああ、兄上は、五着ともほぼ自前の羽だけで織り上げたからな。出来上がった頃には、羽を打ち枯らして疲労困憊し、ほとんど死にかけていたのだ」
ええー、死にかけって、そっち……? 自前の羽を使い過ぎて……?
「その点、私はとても楽だった。織り上げるのは一着だけ、しかも主要な原料は不死鳥の羽だからな。私の羽は仕上げ用として三割ほどしか使っていないから、少々不完全燃焼というか、正直言えばもう一着くらい織りたいところなのだが」
「もう十分です!」
わたしは慌てて叫んだ。
改めて、手に持つ反物に目を落とすと、なんか布自体が自然発光しているような……。なんだろう、この謎の光。あんまり深く考えたくないんだけど……。
しかし、言われてみれば以前、クレイン様もおっしゃってたっけ。「鶴の一族が一生に一度、婚姻相手のために織る反物は見事な仕上がりだ」って。
婚姻相手。って、つまり、わたしのことだよね……。
クレイン様は、鶴の一族定番のプロポーズ文句を告げ、わたしの無茶苦茶な要求通り、こうやって今、贈り物を差し出してくれている。
わたしはクレイン様を見た。
少しやつれた様子でさえ、雨に打たれる花のような風情を醸し出してしまう驚愕の美人だけど、その中身は、いきなり前世が魂がと言い出すような、超個性派のストーカーである。
冷静に考えれば、そんな人にプロポーズされたら、走って逃げるべきだという気もするけど。
……でも、クレイン様は、とても優しい。優しくて、誠実なお方だ。
美人すぎて目が痛くなるとか、身分が高すぎるとか、そもそもストーカーだとか、問題点を上げればキリがないけど。
もう、自分の気持ちから目を背けるのはやめよう。
クレイン様にふさわしい、高位貴族の令嬢じゃないからと、自分に言い訳して逃げるのは、終わりにしよう。
わたしは、自分の中の勇気をかき集め、小さな声で言った。
「……両親は、ベンヌ商会の花菓子が好きです」
「エステル?」
「だから、わが家にご挨拶にいらしていただく際は、その……、ベンヌ商会の」
「エステル!」
がしっ、とクレイン様に抱きしめられた。
「ぅあ、あの、ク、クレインさま」
「わかった。ベンヌ商会の菓子を買い占めよう!」
「一個でいいです!」
ちゃんと断っておかないと、クレイン様はほんとに買い占めてしまいそうでコワい。
「……僕もここにいるんだけど、忘れてないかい?」
アンセリニ侯爵が面白くなさそうな声で言うのが聞こえたけど、クレイン様はわたしを抱きしめたまま言った。
「スワン、席を外せ。というか、きさま何故ここにいる?」
「僕は、エステルをここまで案内してあげたんだけどねえ! それ以前に、僕は大使で、ここは大使公邸なんだけどねえ!」
憤慨したようにアンセリニ侯爵が言った。
うん、これはクレイン様が悪い。申し訳ありません、侯爵閣下。
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