男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される

倉本縞

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42.空も飛べる

「そのことなんですけど」
 クレイン様にエスコートされ、中庭を歩きながらわたしは切り出した。

「……ひょっとして、二十年前に神殿で焼き殺された人間って、わたしのことなんじゃありませんか?」
 クレイン様は驚いたようにわたしを見た。
「エステル、記憶が戻ったのか?」
「いえ、そういう訳では。さっき、ユラン殿下のお話でわかったというか……」

 クレイン様の言葉に、やっぱりそうだったのか、とわたしは納得した。
 不思議と今は、恐怖も何も感じない。クレイン様の側にいて、守られていると感じているからだろうか。

 クレイン様を見上げると、心配そうな目でわたしを見つめている。
 その表情に、なんだか胸が温かくなるというか、幸せな気持ちがあふれてきた。

 そうか、とわたしは思った。

 守られているから、安心したわけじゃない。
 もしクレイン様に力が戻らなくても、わたしを守ることができなくても、そんなことはどうでもいい。ただこうして、クレイン様と一緒にいられれば、それだけでいいのだ。

 わたしが微笑むと、クレイン様もほっとしたような表情になった。
「……エステルの言う通り、二十年前に神殿もろとも焼き殺された人間は、前世のそなただ。そなたは閉所恐怖症だと聞いたが、それは恐らく前世、神殿の一室に閉じ込められたまま、焼き殺されたせいだ」
 うっ、とわたしは息を呑んだ。
 閉じ込められて焼き殺された、って……。こうして落ち着いた状態で聞くと、その内容の重さにやっぱり衝撃を受ける。

「……でも、どうしてわたしは神殿にいたんですか? どういう経緯で閉じ込められる羽目になったんでしょう」
「それは、神殿がそなたを保護していたからだ。そなたは二十年前、神力に目覚めて神殿に保護された聖女だった」
「え!?」
 クレイン様の思いもよらない言葉に、わたしは驚いて足を止めた。

「聖女!?」
「そうだ。……聖女はだいたい決まった家門から現れるため、その血筋は神殿に管理されているが、稀にそうした家門とは何の所縁もない者が聖女となる場合がある。……そなたのように」
 クレイン様はわたしの手を取り、言った。

「以前から妙だとは思っていたのだ。……そなたは前世、私の作った結界にそれと知らずに侵入したうえ、禁術による檻を破壊した。それはただ人にはできぬ業だ。そなたが聖女であるなら、そうした謎にも説明がつく」
「えええ……?」

 聖女って……、わたしが? まさか、と思ったが、クレイン様は大真面目だ。

「先ほども、私の怪我を治してくれただろう? 恐らくそなたは無意識でしたことだろうが……」
「いえ、それは何かの間違いだと思います! だってわたし、子どもの頃に転んで怪我をしたことがありますけど、自分の怪我さえ治すことなんてできませんでしたよ!」
 クレイン様は首を横に振った。

「それは、私と出会う前の話だろう。……そなたは二十年前、蛇族の火によって焼き殺された。蛇族が己が身もろとも焼き尽くすほどの炎だ。それにより、そなたの魂は変異し、神力も抑え込まれたのだろう。……が、私と出会ったことでその魂は本来の姿を取り戻し、神力も蘇ったのだ」

 想像もしなかった話を聞かされ、わたしは言葉も出なかった。
 とくに信心深いわけでも神殿の関係者でもないわたしが、聖女? 神力と言われても、ぜんぜん、まったく自分ではわからないんですけど。

「むろん、今の段階では私の推測に過ぎぬ。改めて神殿で鑑定を受ければ、真実も明らかとなろう。神聖帝国には知り合いがおるゆえ、中央神殿に話を通してもらうことも可能だが、そなたはどうしたい?」
「えええ……、いや、ちょっとそれは……」
 わたしは顔を引き攣らせ、クレイン様を見た。

 万が一、わたしに神力があったとして、聖女としての務めを果たせるかと言われると、それはちょっと……。
 王妃殿下付き侍女の務めすら一週間で音を上げたわたしが、神殿の看板を背負って立つ聖女というお役目を果たせるとはとても思えない。

「わたしはハーデス家の跡取りですので、領主としての務めがあります。仮に聖女と判明しても、所属をめぐって神殿と揉めることになってしまうかと。……このお話は、できればわたしとクレイン様の秘密ということにしていただけませんか?」
「二人の秘密!」
 クレイン様は、ふたたびバサッと翼を現した。

「素晴らしい! うむ、エステルが望むなら、そうしよう! これは私とエステル、二人だけの秘密だ!」
 瞳をキラキラ輝かせ、バッサバッサと翼をはためかせながら、クレイン様が嬉しそうに言った。

「ク、クレイン様……」
 クレイン様が翼をはためかせるから、手を繋いでいるわたしまで、なんかふわふわ宙に浮いてしまっている。
 焦ってクレイン様の腕にしがみつくと、クレイン様はすごく幸せそうに笑ってわたしを横抱きにした。

「このまましばし、散歩することにしよう。上から眺める王宮も、なかなか良いものだ」
 クレイン様は上機嫌に言うと、純白に輝く翼を力強く羽ばたかせてさらに上へと高度を上げた。
 散歩というより散翔……と思いつつ、わたしは大人しくクレイン様の腕におさまっていた。これも鶴の力なのか、飛んでいても風の抵抗は感じない。
 中庭と回廊を飛び越え、王宮内の広大な庭園の上までくると、クレイン様は空中に浮いた状態で停止した。どういう原理なのか、ゆるく羽ばたくだけで落ちることなく宙に浮いている。

 月明りを浴びた王宮の庭園は、上空から見ると精巧に作られた銀細工のようだった。そこここに配置された魔術の灯りも相まって、幻想的な美しさに満ちている。
「クレイン様、見てください!」
 わたしは眼下の噴水を指さした。月明りとその周囲に浮かぶ魔術の灯りで、噴水の水はまるで虹のように輝いていた。
「すごく綺麗!」

 ふと気づくと、クレイン様は噴水ではなくわたしを見つめていた。
「エステル……」
 クレイン様の顔が近づいてくる。
 月光を背に、クレイン様の輪郭が銀色に輝いている。この世のものとは思えぬほどの美しさだ。
クレイン様の銀髪にさらりと頬を撫でられ、一瞬の逡巡の後、わたしは目を閉じた。

唇が熱くやわらかい感触に包まれる。
クレイン様に強く抱きしめられ、わたしはぼんやりと思った。

 ――ああ、今ならわたし、空も飛べそう。ていうかほんとに今、飛んでるんだけど!

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