アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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10 章

10章②

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「肩の力を抜いていいのよ。この店は、アタシがこんなんだからか、いわゆる……イレギュラーな人がよく来るし」
 びくん、とグラスを握る光希の手が震えた。

「……え、俺……」

 目を泳がせて二の句が継げない光希が、思い当たったとばかりに智弥を上目遣いに睨んできたので慌てて首を横に振った。

「智ちゃんから聞いたわけじゃないわよ。――ブランカで一緒だった彼でしょ。視線でバレバレよ」
 杏奈がにこりと微笑んだのに対し、光希は真っ赤になって両手で顔を覆った。

「……そ、んなに分かりやすかったですか、俺」

「ちょおーっとね。職場では気をつけた方がいいかもね」

「……すみません。あいつのこと、吹っ切ったはずなのに、俺……っ」

「あ~いいのいいの、無理に忘れなくて。それより、誰かを愛することのできた自分を褒めてあげて」

 ね? と微笑む杏奈は聖母のようだ。

「……ありがとうございます」
 少しだけ鼻を啜って、光希が小さな声で続けた。

「……俺、昔から男の人しか好きになれなくて。家族からはそれで絶縁状態なんです」

「そうなの……」

「今だって、叶わないの分かってて、そういう相手を好きになってしまって。苦しいのに、忘れたいのに……馬鹿だなって自分でも思うんですけど」

「恋をすると、皆バカになっちゃうものよ」

 場末のバーのママが言うような台詞だな、と智弥はふと思い、ここがまさにそうだと気づいたが杏奈に言えばぶん殴られそうなので黙っておいた。

「俺、自分のこと嫌いでしょうがなかったけど、杏奈さんの歌聴いてたら、ちょっとだけ好きになれる気がしてきて……」

 また鼻を啜ったので智弥は腕を伸ばしてカウンターの中からティッシュを箱ごと取り出した。ありがと、と光希がそれで目元を拭う。

「……正直、神様なんて信じてないの」
 杏奈が自嘲するように口角を上げた。

「でも、この歌を歌うと、そんなアタシでも救われる気がするのよね。――ま、アタシを救ってくれたのは柊吾だけどさ」

 二人を幼い頃から見ていて知っている。二人がどんなに固い絆で結ばれているかを。きっと、様々な困難を二人で乗り越えて来たのだろう。大人になった今だからこそ理解できることがある。

「智弥も、ありがとう。俺、智弥に会えてよかった……っ」

 拭いきれない涙がまた溢れ出すのを見て、智弥は光希の肩を引き寄せて、子どもにするようにその細い背中をぽんぽんとたたいてやった。

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