アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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12章

12章②

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 演奏が終わると、スポットライトのせいで見えにくかったカウンターへと視線を泳がせた。
 セッション相手の、ギタリストである小野田おのだ龍生りゅうせいがギロッと睨んできたが気にしている場合ではない。演奏に身が入っていなかったことを心で侘びて、そしてカウンターへと急いだ。

 ――いない。

 あいつ、あんなヘロヘロのままどこ行きやがった。

 トイレかもと思いのぞいたが、そこは空っぽだった。――帰った? でも無事に帰れるのか?

「あー、畜生!」

 気になって何も手につかない。智弥は思い立って、店の裏口から外に出た。

「あの……っ、離してくださいっ」

 焦ったような声が聞こえる。
 裏口から狭い路地に出て、声のする方を窺うと。

 ――その光景に、何故か体がカッと熱くなった。

 薄汚れた壁に押しつけられ、手首を握られて見動きできない光希。
 知らない男がその首筋に顔を埋めている。それから逃げるように、光希は懸命に顔を逸していた。眉を寄せて、誰か、と声を漏らした光希の瞳が智弥の姿をとらえた。

「智弥っ!」

 すぐさま二人に駆け寄り、男の腕を掴んで捻った。

「イテテ……てめえ、何すんだ!」
「――それはこっちの台詞だ」
 ベリッと光希から男の体を引き剥がす。勢いでその体は地面に転がった。

「何度か見たツラだな。てめえ、もう店来んなよ。見かけたらその時はこっちも考えがある」

 智弥の凄みに一瞬、ビクリと体を震わせて、男は黙って立ち去った。
 ふう、とひと息ついて、壁に貼り付いたままの光希を振り返った。

「……誰か声かけてきても無視しろっつったろ」

「だって、無理やり連れ出されたんだからしょうがないだろ」
 ぷいっと横を向かれて、頭に血が上った。顔のすぐ横の壁を拳で叩く。

「あんたなあ!」

 びくりと肩を竦めながらも、ぎっと上目遣いで睨んできたその大きな瞳を負けじと睨み返す。
 薄闇の中でもその瞳は光を映しきらめいていた。が、それがたちまち潤んで涙の海を作っていく。

「お、おい……」
 ドキリとして、慌てて距離を置く。
 光希は自分の頬を濡らすものに気づき、焦ったように手の甲で拭った。

「……ごめん。助けてくれたのに」
「いや……」

 涙の意味が分からず、智弥は狼狽えてただ、その頼りなげな細い首筋を見つめた。
 先ほど男が顔を埋めていた場所。それを思い出すと、自らもそこにかぶりつきたくなる衝動に駆られた。

 ――あんなやつにやられるくらいなら、いっそ俺が――。

「ありがとう」
 光希が漏らした涙で滲んだ声に、はっと我に返る。 

「……きみには恥ずかしいとこばっかり見せちゃってるな」

「……そんなの最初からなんだから、今更気にすることじゃねえよ」

 さっきまで押し寄せていた衝動を隠すように、ぶっきらぼうに言い放つ。
 しゅん、と顔を俯けてしまった光希に手を伸ばした。

「……戻るぞ」
「うん……」

 おずおずと光希が手を握ってきたことに安堵する。酔いは冷めたようだが、まだ足元が覚束ない。

 触れた手のひらが熱い。

 そのぬくもりが体中をかけめぐって、智弥の心臓を騒がしくさせた。

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