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16章
16章①
しおりを挟む「へえ、ピアノってこんな仕組みなんだ」
柊吾に依頼していたピアノの調律の日。光希に話すと躊躇していたが、「見たいって言ってたじゃん」と半ば無理やり連れてきた。
それでも柊吾がいつものエプロンを身に着け調整を始めると、興味津々といった体でその一挙手一投足を眺めている。
智弥にとっては日常の一部だが、ピアノと縁のない生活をしている光希にとっては、物珍しい光景なのだろう。
「鍵盤を押すと羊毛フェルトで出来たハンマーが弦を叩いて、音が出るんだ。弾いてるうちに鍵盤の高さが違ってきたり、あと気温や湿度でも微妙に音が変わる。だから調律師に定期的に見てもらうってわけ」
なるほど、と智弥の説明に頷きながら、無言で作業を続ける柊吾の手元を吸い付くように見つめている。
楽譜の整理をしながら、智弥はほっと息をついた。普通に会話できている。目を合わせてくれる。
そんな些細なことに安堵するなんて……もう終わってるな。
正直、訊きたいことはたくさんある。あの大和というバーテンダーのことはどう思ってるのか。山崎のことは本当に吹っ切ったのか。
今まで、柊吾たちをはじめ、アナスタシスのスタッフたち等、同性愛者の人間は大勢見てきた。
――人が、人を好きになる。そこに何の障害があるだろうか。
でも、だからこそ自分はそうではないと思っていた。彼らを見ていたからこそ、自分は違うと。――なのに。
こんなにも光希に惹かれている。
これは恋愛感情なのか、行き過ぎた友情なのか。自分の中でも、まだこの感情に名前はついてはいない。ただ。
――光希には、笑っていてほしい。自分がその居場所であったらいい。
そう強く思う。
相手にもされてないのに、何言ってんだ。
自虐気味に苦笑して、また楽譜に視線を落とした。ふと手にした一冊が目に留まる。
――久しぶりに弾いてみるか。
やがて柊吾がピアノを布で丁寧に拭き上げ、蓋をそっと開けたあと、智弥をじっと見つめてきた。智弥はそれを受けて、黙ったまま椅子に腰かける。
流れるように鍵盤に指を滑らせ、先ほど見た楽譜の曲を奏でる。
「――うん、完璧。ありがと、柊吾さん」
いつも分かりにくい柊吾の表情だが、この瞬間だけは智弥にも解る。満足気に顔が綻ぶのを見て、智弥も安心する。
柊吾は岳大が夕食の支度をして待っているとのことだったので、部屋には光希だけが残った。
柊吾がいるときまで普通に接していたはずなのに。二人きりになると、急に静けさが襲ってきて、智弥はわざと明るい声を出した。
「――せっかくだから、なんか食ってけよ。食べたいもん、ある?」
「う……うん。何でもいい」
「何でもいいが一番困るんだよ」
「智弥、お母さんみたい」
くすりと光希が笑う。その笑顔にほっとする。結局、冷蔵庫と相談して肉じゃがにした。
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