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16章
16章②
しおりを挟む「智弥ってホント、何でも出来ちゃうよね」
小さなダイニングテーブルに座り、湯気の立つご飯茶碗と箸を持って、光希が目を丸くして言った。
「……別に。ガキの頃からやってるからってだけ」
柊吾も岳大も店に出ているので、食事の支度は主に智弥の仕事だった。考えたらその頃から食事は一人でとるものだった。――母親が亡くなるまでは。
「……どうせなら、誰かと一緒に食べた方がいい、から。遠慮なく食えよ」
途中で照れくさくなり、持ってきたほうれん草のお浸しの入った小鉢をやや乱暴に置く。
「う、うん……いただきます」
しばらく沈黙が部屋を包んだ。
「……あの、さっきの曲さ」
じゃがいもを箸で切りながら、光希がつぶやくように言った。
「ん?」
「調律終わってすぐ弾いてた曲。あれ、なんて曲?」
麦茶の入ったグラスを手にとって、まだ冷たい氷の感覚を硝子越しに感じながら答えた。
「ベートーヴェン、『悲愴』。第二楽章」
「悲愴……」
ふっと光希の端正な顔に翳りが差した。
「あんなに穏やかで美しい曲なのに、どうして悲愴なんて名付けたんだろう」
そうだな。第二楽章だけだとそう感じるよな。
「……これって全部で第三楽章まであるって知ってるか?」
「え、そうなの? 俺、聴いたことない」
「全部聴いたら印象変わるかもな」
「智弥弾けるの?」
「……けっこう長いぞ。大丈夫か?」
「――聴きたい。弾いてくれる?」
真っ直ぐ見つめてくる光希の瞳の力強さに圧倒された。
「……食い終わったらな」
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