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scene 5.
しおりを挟む「おはようございます」
「おはよ……」
まだタメで話すのには慣れてない。にっこり微笑みかけてくる黒木の顔を、照れくささもあってまともに見られない。なのでエレベーターのボタンに視線を向ける。
おそらく黒木の方が早くたどり着いているのに、遼太郎を待っているのかボタンはいつも押されていない。
そんなに懐かれる理由が思いつかなくて、遼太郎は首をかしげてしまう。
「あの……佐野さん」
「あ、はい」
遠慮がちな声音に思案の波から呼び戻されて姿勢を正す。
「その、前お話した件……飲みに行きませんかって話ですけど」
「ああ、うん」
「あれ、大丈夫ですか? 俺、勢いで誘っちゃいましたけど……佐野さんが嫌なら、無理にとは」
「え、いや別に。行くよちゃんと」
不安げに寄せていた眉を下げて、ほっとしたようにまた頬を緩める。黒木のその表情を見て、遼太郎もなぜか安心する。
「ホントですか。よかった。……あの、さっそくなんですけど、明日とか空いてます?」
頭の中でスケジュール帳を開く。確か明日は特に予定はなかったはずだ。
「ああ、いいよ」
黒木が顔を綻ばせる。年上の男と飲みに行くのそんなに楽しいか?
「あの、そしたら……連絡先交換しません?」
と、いそいそと図面ケースを足元に置いた。そういえば今日はタンブラーを持っていない。
そう気づいたが特に気にも止めずに黒木に倣ってスマホを取り出す。
端末同士が目に見えないデータを交わし、遼太郎の端末に新しいアイコンが現れる。
「何だこれ? 家?」
視線を画面から黒木へ移すと、照れたように鼻の頭を擦りながら笑った。
「ああ、そうなんです。その……ミニチュア作るのが趣味で。その画像です」
「これ? 手作り?」
アイコンの小さい画像では詳しくは見ることができないが、細かい細工のようだ。
「写真、見ます?」
と黒木が画面を指し示す。そこにはアイコンになっている赤い屋根の家の他に、リゾート地にあるような別荘みたいな建物や、ジオラマというのだろうか、風景を切り取ったような街並みが再現されているものなど、大量の写真が収まっていた。
「すっげぇ。全部イチから作るの?」
「まあ……もともと細かい作業好きなんで。つい作り込んでしまうというか。置き場所なくなってきて大変なんですけど」
黒木がふんわりと笑ったところで、エレベーターが到着した。あ、と小さく声を上げて黒木が一歩踏み出したので、また図面ケースがぱたん、と倒れた。
けっこうドジだよな。
ふふ、と口元を緩めながらまたケースを拾ってやる。
「……すみません」
恥ずかしそうに目を伏せて受け取る黒木がちょっと可愛く見えてしまう。
動き出したエレベーターの中で、黒木が気を取り直すように口を開く。
「佐野さんのは? これ、なんかのキャラクターですか」
遼太郎のアイコンは二等身に可愛くデフォルメされた鎧武者がニッと笑っているものだ。
「ああ……ええと、戦国武将の……島左近って分かる?」
「……なんとなく」
「俺、歴史物けっこう好きで。それは妹が描いてくれて……あ、漫画家の卵なんだけどさ」
「妹さんいるんですね」
「ああ、うん」
「佐野さんの妹さんなら、可愛いでしょうね」
「何言ってんだよ。普通だよ、普通」
妹への賛辞に喜びを感じると同時に、胃のあたりがきゅっと引きつるのを感じて、遼太郎は思わずシャツを掴んだ。
自分の感じたものの正体がつかめず、遼太郎はそばに立つ黒木の気配に戸惑いを覚える。
ふっと見上げると、黒髪のかかる双眸が遼太郎をまっすぐ捉えていた。その視線を感じて指先がぴくり、と震えた。
「じゃあ、お店决めたら連絡しますね。――楽しみにしてます」
またにっこり微笑みを残して、黒木の姿が扉の向こうに消えていく。
何がそんなに嬉しいんだ。そう思うものの、遼太郎の胸も心なしか弾んでいるような気がするのを認めないわけにはいかなかった。
scene 5. 〈了〉
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