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scene 6.
しおりを挟む「かんぱーい」
上司の前川が、新しく注文したビールのジョッキをまた掲げてくる。それに自分のジョッキを合わせながら、遼太郎はため息をついた。
本来なら今夜、こうして杯を酌み交わす相手は黒木だったはずだ。
断りの電話をいれたときの黒木の声を思い出して、遼太郎は胸がチクチクと痛んだ。
ぼんやりしている遼太郎を見て、向かいに腰かける前川が両拳を自分の頭に乗せてわざと甲高い声を出す。
「もう~佐野くんがそんなテンション低いと怒っちゃうぞ。激おこプンプン丸だぞ!」
「……それもう古いですからね」
うそ、と頬に手をあてて驚きの表情を作るが、縦にも横にもガッチリ体型の前川がやってもちっとも可愛くない。
そういえば黒木も前川と同じくらいの背丈なのに、ひょろりとした印象が強いせいか、繊細な笑い方のせいか。黒木がやったら意外と可愛いかもしれない。
「ええ、ええ、どうせオジサンですよ。もうアラフォーですよ。そのうち娘にもお父さん臭いとか言われちゃうんですよ」
何もそこまで言ってない。
スマホの待受を撫でながら前川が拗ねてしまったので、
「娘さんまだ四歳でしょ。パパ~って甘えてくるお年頃じゃないですか」
「そうなんだけどさ~。時々、小さくても女だな、って思うときあるよ。俺を怒るときの言い方がヨメそっくりでさ……でも可愛いんだけどね」
ほら見て、と写真を見せつけてくるので、はいはい、とおざなりに返事しておいた。
『明日のお店、ここどうですか?』
連絡先を交換してそんなに時間が経たないうちに、さっそく黒木からメッセージが届いた。
添付されたURLを開くと、雰囲気も落ち着いていて、料理の写真も食欲をそそるものばかりだ。
遼太郎もすぐにオッケーのスタンプを返す。
これまた妹オリジナルの島左近スタンプだ。
スタンプもあるんですね、と驚きの絵文字とともに返ってくる。仕事しろよ、と思いつつ、自分も笑みを隠せなかったのか、
「……佐野くん、一人笑い気持ちワルイ」
と、隣席の綾花から言われて慌てて口を引き締めた。
それなのに、またいきなりの出張だ。
「……うちの会社、ひと使い荒くないですか」
「んー。使える人材が少ないからねえ」
「じゃ、新人入れればいいじゃないですか」
そうなんだけどねえ、と前川も深く息をつく。現場の声も分かるが、上はなかなか動かない。中間管理職の前川にしか分からない苦労もあるのだろう。
言い過ぎたかな、と思い遼太郎はテーブルに乗せられたばかりの唐揚げをよそってやった。
メッセージだけで連絡するのは申し訳ない気がして、お互い勤務中とは思いつつ、黒木に電話をかけた。
思いがけず、呼出音はすぐに途切れた。
「もしもし? 佐野さん?」
受話口から聴こえる弾んだ声に、今から告げる内容を思い罪悪感が過ぎる。
「ごめん……」
出張じゃ仕方ないですもんね、と言った黒木の、無理に取り繕ったような声が耳から離れない。
唐揚げについてきたレモンを持ったまま、ふと窓ガラスの向こうの通りを眺めた。眼前には見慣れない夜の街が広がっている。
今、黒木は何をしているだろう。一人で食事をしているのか、それともあの店に誰か誘って飲んでる最中かもしれない。
いつかエレベーターで会った髪の長い女性を思い出す。黒木に微笑みかけて、黒木もまた、彼女に向かってあの穏やかな笑みを浮かべていた。
「佐野? どした、怖いカオになってるよ」
前川が手をひらひらさせて戯けるように言った。はっとしてガラスに映る自分の顔を見つめる。
「なんでも、ないです」
「飲みすぎたかな。そろそろお開きにするか」
ですね、と目の前にある唐揚げを頬張り、ビールで流し込んだ。
賑やかなネオンの海へと、前川と二人漕ぎだす。繁華街の雰囲気はどこもさして変わらない。人波を避けながら、少しよろめく前川を支えてホテルを目指す。
あるガラス張りの店の前を通りかかると、ありがとうございました、の声とともに扉が
開いたので一度立ち止まった。奥に広そうな空間からいろんな鳴き声が混じって聞こえてくる。
「こんな時間にもペットショップって開いてるんだな」
前川がガラスケースの中でウロウロしている仔犬を見ながら言った。尻尾がくるんとしている柴犬の値札に目をとめ、うお、高いと唸っている。
「娘がさ~、ワンちゃん飼いたいって言い出してて。ヨメと議論中なんだよね」
「へえ……大変ですね」
大変なのよ、と嘆き悲しむ前川をおいて、遼太郎もズラリと並んだガラスケースを眺める。
動き回っている仔犬たちがほとんどの中で、一匹、じっと座ってこちらを見つめている仔犬がいた。
真っ黒だ。黒くて、巻き毛の仔犬はつぶらな瞳で遼太郎をまっすぐ射抜く。
近づくと、前足をちょこんとガラスにくっつけてくる。肉球まで黒い。
遼太郎は誰かを思い出して、くすりと微笑んだ。
悪かったよ。だからそんなに責めるなよ。
――今、何してる?
その後に続く黒木に送るメッセージの文面を考えながら、遼太郎はこみ上げる笑いを抑えることができなくて、前川に酔っちゃった? と奇妙な顔をされてしまった。
scene 6. 〈了〉
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