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scene 10.
しおりを挟むタクシーの車窓から見える景色は、マンションの灯りで溢れていた。
そのひとつひとつが橋の遥か下を流れる川へと光を落とし、乱反射している。遼太郎は視線を車窓から離し、隣ですっかり眠ってしまった川原を見やった。さらにその隣に座る黒木と目が合ってしまい、また視線を後輩へと戻す。
「……悪いな、ほんと。こんなことにつき合わせて」
川原がこんなに酒に弱いとは知らなかった。……いや、どちらかというとヤケになって飲んでいたような気もする。――何かあったのかもしれない。真っ赤に染まった川原の頬を、窓から入り込んだ街灯の光が一瞬だけ照らす。
「いえ、俺は全然。佐野さん一人じゃ大変でしょうし」
そう言って黒木がにっこり微笑む。何度か杯を重ねて気づいたが、黒木は相当酒に強そうだ。酔って自分をなくした状態を見たことがない。
今日は営業部全体での飲み会だった。
川原が泥酔して眠ってしまったので、遼太郎が俺が送るからいいよ、と綾花たち課の連中を二次会へと送り出し、居酒屋の玄関まで川原の体を引きずってきてひと息ついているときに、ふいに後ろから聞きなれた声がした。
『佐野さん?』
黒木が目を丸くして遼太郎を見ていた。
「飲み会の会場が同じなんて、すごい偶然ですよね」
「ほんとだな」
川原の体が振動で揺れて、黒木の肩に頭を乗せる格好になる。なぜかそれが気に食わなくて、川原の頭を自分に引き寄せた。
「でも、よかったのか? 自分の飲み会抜けてきて」
「ええ、いいんです。もう終わりかけでしたし」
黒木がそっと川原の袖を引っ張って自分の方に寄せながら言う。
やがて、タクシーが目的地へと到着した。
「こら、川原。お前ん家だぞ。起きろ」
「ん~……」
肩を揺すると、うるさそうに腕を払われる。やれやれ、とため息をついた。
「佐野さん、肩引っ張ってください。俺、足持ちますから」
二人がかりでなんとか川原の体を車から引っ張り出す。真夏の蒸し暑い空気に触れたせいか、川原がどんよりとした目を開けた。
「佐野さん……?」
「うん、ちょっとは自分で歩け。お前の部屋、何号室?」
かろうじて部屋番号を口から絞り出すと、また目を閉じてしまった。困ったヤツ、と黒木を見て苦笑する。だが黒木は黙ったまま、川原の肩を持った。
エレベータを待つ間、むにゃむにゃと川原が寝言のようにつぶやく。
「佐野さあん……ぶっちゃけ、西野さんとはどうなんですかあ……」
「どうって何がだよ」
「だってさあ、二人めっちゃ仲いいじゃん。つき合ってんの?」
川原の背中で少し触れていた黒木の腕が、ぴくりと震えた。
「……つき合ってねえよ」
綾花には心に決めた人がいる。そう聞いた。それが誰かまでは分からないけれど。
エレベーターが到着し、三人で乗り込む。
「いっつもさあ。二人で楽しそうに話してるから、俺入るスキマないんすよね……」
「……別に。遠慮せずガンガン入ってくればいいじゃねえか」
「それにさあ。西野さん、年下興味なさそうじゃないですかあ。俺に対しては、なんか一歩引いてるっていうかあ」
川原の愚痴が止まりそうにない。黒木がどんな顔をしているか気になったが、見ることはできなかった。
川原の鞄からやっとのことで鍵を見つけ出し、ちらかった部屋を通り抜けて、ベッドにその体を放り出した。すやすやと寝入ってしまった川原の体に、そばにあったタオルケットをかけてやる。
「ああ……やれやれ」
肩を回しながら、おなじく伸びをする黒木を見上げる。
「ごめん、助かったわ。やっぱ一人じゃ大変だった」
明日が休みでよかったと心の底から思った。下手すると筋肉痛になっているかもしれない。
「いえ……でも」
そこで言葉を切った。黒木は遼太郎から目を離して、ベッドの上の川原を見やる。
「佐野さん、どうやって帰るんですか? ここに泊まったり……?」
「いや帰るけど……どうすっかな。電車もうないよな……」
と、腕時計を見る。もうとっくに真夜中を過ぎている時刻だ。
お前はどうする? と尋ねようとして目を上げると、珍しくしかつめらしい顔をした黒木がいた。
「あの、よかったら……うち、来ます? ここからだったら……歩いて行けるし……」
「マジ?」
思わぬ申し出に、ぱあっと目を輝かせる。黒木はさっと目を逸らした。
「あ、あのでも、うちも相当ちらかってますし、布団敷くスペースないから、ソファしかないですけどそれでもよければっ」
早口でまくしたてる黒木に遼太郎は手を振って答える。
「いいってそんなの、寝られればなんでも。――あ、そしたらあれ見せてくれよ。こないだ作りかけって言ってたやつ」
「あ、ああ……はい」
分かりました、と言う黒木の頬は、酒のせいか少し赤く染まっていた。
scene 10. 〈了〉
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