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7話
しおりを挟む道無き道を、セレナは歩き続けた。
追われる理由は、もう十分すぎるほどに理解している。
白の魔女。ネクロマンサー。禁忌の魔女の血を欲しているから。
遠くの方に城壁が見えた。
すでにセレナはヴァルディウス王国の国境を越えていた。
見えた城壁の街は、バリスハリス王国の外れにあるノクスグラート領の街。
門は高く、重く、しかし威圧よりも堅実さを感じさせる造りだった。
街の近くに行くと、門前に立つ衛兵の一人が、セレナを見て目を細める。
人に近い姿だが、鋭い耳と、僅かに覗く牙。狼族の半端者。そう呼ばれる種族だと、すぐに分かった。
彼は鼻をひくりと鳴らした。
「旅人か。しかも女が一人で? ……それに微かに、魔女の匂いがする」
セレナの心臓が、ひとつ跳ねる。
だが、声は落ち着いていた。
「魔女様に薬を調合してもらっているからですかね」
嘘ではない。カバンにはセレナが調合した薬が入っている。
「何しにここへ?」
「旅人です。遅くても一週間以内にこの街を出ます」
狼族の衛兵は、数秒だけセレナを見つめ、やがて肩をすくめた。
「おお、そうか。疑って悪かったな」
門の横に立つもう一人の門番が、門を開く。
「ようこそ、ノクスグラートへ」
石の門が軋む音とともに開き、街のざわめきが流れ込んできた。
人の声。足音。生活の匂い。
セレナは、一歩、足を踏み入れた。
◇◇◇◇
ノクスグラート領の街は、景観も綺麗で、ゴミ一つ落ちていない。そして、領民の笑い声で満ちていた。
街を歩くうちに、胃が小さく鳴った。
ここ数日、まともな食事をしていない。野草、キノコがメインだった。追われて逃げている最中だったので、腹の足しにもならなかった。
香ばしい匂いに引き寄せられるように、セレナは小さな食堂の扉を押した。
中は外よりも賑やかだった。木のテーブルに、粗末だが温かそうな料理。
旅人と地元民が入り混じり、酒と笑い声が飛び交っている。
セレナは隅の席に腰を下ろし、スープと肉料理のオススメと言って注文した。
すぐに香草が乗ったステーキと、甘い匂いがするトウモロコシのスープが来た。
その時。
「なあ、聞いたか?」
隣の卓から、ひそひそとした声が漏れてくる。
「この国に、ネクロマンサーが入ってきたって話」
スプーンを持つ手が、一瞬だけ止まる。
「え? そんな噂、どの国でも言われてるよ」
「そうか?」
「ヴァルディウスでも、南でも、東でもさ。魔女が逃げた、ネクロマンサーが来たって」
笑い混じりの声。
「結局、誰も見たことないんだろ? それよりも知ってるか? 禁忌に手を染めた魔女の血は、呪い、病、怪我、なんでも治るって、しかも寿命まで伸びると聞く」
「まじかよ」
「北方の国では、魔女狩りで魔女たちが大量に殺されているらしい」
セレナは、俯いたままスープを口に運んだ。
温かい。だが、喉を通るたびに、胸の奥が冷えていく。
セレナは、静かに息を吐いた。
スープを飲み終えかけた、その時だった。
食堂の扉が、乱暴に開かれる。
ガラガラと椅子が鳴り、空気が一瞬で変わった。
「……あ?」
入ってきたのは、明らかに場違いな連中だった。
革の鎧は汚れ、酒の匂いが強い。腰の剣は手入れされておらず、視線だけが妙に鋭い。
彼らの目が、自然と一箇所に集まる。
クリーム色の強いベージュの髪。疲れを滲ませながらも、隠しきれない整った顔立ちに。
「なんだよ……こんな所に、随分と綺麗なのがいるじゃねえか」
低い笑い声。
セレナは、息を潜めた。視線を落とし、肩をすぼめる。
目立ちたくない。騒ぎは、絶対に避けたい。
「おい、嬢ちゃん。一人か?」
返事はしない。ただ、小さく頷く。
「いいねえ。ちょっと話そうぜ」
乱暴な手が、テーブルの縁に置かれる。
セレナは逆らわなかった。言われるまま、身を引き、視線を伏せる。
「おとなしいじゃねえか。気に入ったぜ」
男の手がセレナの肩に触れる時に。
「そこまでだ」
低く、よく通る声が割り込んだ。
男たちが振り返る。
入口に立っていたのは、先ほど門で会った青年だった。狼の耳が、ぴんと立っている。
狼族の半端者。人に近い姿をした、あの門番。
「……うわ、フェンじゃねぇか」
男たちはフェンという青年の登場に罰の悪い顔をする。
フェンはゆっくりと歩み寄り、セレナの前に立つ。
「ここは食堂だ。お前らの狩り場じゃない」
淡々とした声。だが、眼光は鋭い。
「俺たちは客だぞ?」
「この国では、客にも礼儀を求める」
フェンの尾が、僅かに揺れた。
「嫌なら、外で話そうか」
一瞬の沈黙。
男たちは、フェンの耳と牙を見て、舌打ちした。
「……ちっ。今日はついてねぇな」
彼らは乱暴に椅子を蹴り、食堂を出ていった。
扉が閉まると、ようやく空気が戻る。
セレナは、深く息を吐いた。
「ありがとう」
小さな声。フェンは振り返り、少し困ったように笑った。
「気にするな。ああいうのは、鼻につく」
そして、セレナを一瞥する。
「あんた、やっぱり訳ありだな」
セレナは答えなかった。ただ、指先を握りしめる。
フェンはそれ以上、踏み込まなかった。
「この国じゃ、あんたの容姿は目立ちすぎるみたいだ」
セレナを褒めてはいない。それは忠告であり、フェンの優しさだった。
「困ったら、詰所に来い。俺は……」
一拍置いて。
「フェンだ」
セレナは、ゆっくりと顔を上げた。
「セレナよ」
セレナが微笑んだ、その白くやわらかな笑顔に、フェンは一瞬、視線を逸らした。
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