嫌われ者のネクロマンサー

くらげさん

文字の大きさ
7 / 11

7話

しおりを挟む


 道無き道を、セレナは歩き続けた。

 追われる理由は、もう十分すぎるほどに理解している。
 白の魔女。ネクロマンサー。禁忌の魔女の血を欲しているから。


 遠くの方に城壁が見えた。

 すでにセレナはヴァルディウス王国の国境を越えていた。

 見えた城壁の街は、バリスハリス王国の外れにあるノクスグラート領の街。

 門は高く、重く、しかし威圧よりも堅実さを感じさせる造りだった。


 街の近くに行くと、門前に立つ衛兵の一人が、セレナを見て目を細める。
 人に近い姿だが、鋭い耳と、僅かに覗く牙。狼族の半端者。そう呼ばれる種族だと、すぐに分かった。

 彼は鼻をひくりと鳴らした。

「旅人か。しかも女が一人で? ……それに微かに、魔女の匂いがする」

 セレナの心臓が、ひとつ跳ねる。

 だが、声は落ち着いていた。

「魔女様に薬を調合してもらっているからですかね」

 嘘ではない。カバンにはセレナが調合した薬が入っている。

「何しにここへ?」

「旅人です。遅くても一週間以内にこの街を出ます」

 狼族の衛兵は、数秒だけセレナを見つめ、やがて肩をすくめた。

「おお、そうか。疑って悪かったな」

 門の横に立つもう一人の門番が、門を開く。

「ようこそ、ノクスグラートへ」

 石の門が軋む音とともに開き、街のざわめきが流れ込んできた。

 人の声。足音。生活の匂い。

 セレナは、一歩、足を踏み入れた。


◇◇◇◇


 ノクスグラート領の街は、景観も綺麗で、ゴミ一つ落ちていない。そして、領民の笑い声で満ちていた。

 街を歩くうちに、胃が小さく鳴った。

 ここ数日、まともな食事をしていない。野草、キノコがメインだった。追われて逃げている最中だったので、腹の足しにもならなかった。

 香ばしい匂いに引き寄せられるように、セレナは小さな食堂の扉を押した。

 中は外よりも賑やかだった。木のテーブルに、粗末だが温かそうな料理。
 旅人と地元民が入り混じり、酒と笑い声が飛び交っている。

 セレナは隅の席に腰を下ろし、スープと肉料理のオススメと言って注文した。


 すぐに香草が乗ったステーキと、甘い匂いがするトウモロコシのスープが来た。

 その時。

「なあ、聞いたか?」

 隣の卓から、ひそひそとした声が漏れてくる。

「この国に、ネクロマンサーが入ってきたって話」

 スプーンを持つ手が、一瞬だけ止まる。

「え? そんな噂、どの国でも言われてるよ」

「そうか?」

「ヴァルディウスでも、南でも、東でもさ。魔女が逃げた、ネクロマンサーが来たって」

 笑い混じりの声。

「結局、誰も見たことないんだろ? それよりも知ってるか? 禁忌に手を染めた魔女の血は、呪い、病、怪我、なんでも治るって、しかも寿命まで伸びると聞く」

「まじかよ」

「北方の国では、魔女狩りで魔女たちが大量に殺されているらしい」

 セレナは、俯いたままスープを口に運んだ。

 温かい。だが、喉を通るたびに、胸の奥が冷えていく。

 セレナは、静かに息を吐いた。



 スープを飲み終えかけた、その時だった。

 食堂の扉が、乱暴に開かれる。

 ガラガラと椅子が鳴り、空気が一瞬で変わった。

「……あ?」

 入ってきたのは、明らかに場違いな連中だった。
 革の鎧は汚れ、酒の匂いが強い。腰の剣は手入れされておらず、視線だけが妙に鋭い。

 彼らの目が、自然と一箇所に集まる。

 クリーム色の強いベージュの髪。疲れを滲ませながらも、隠しきれない整った顔立ちに。

「なんだよ……こんな所に、随分と綺麗なのがいるじゃねえか」

 低い笑い声。

 セレナは、息を潜めた。視線を落とし、肩をすぼめる。

 目立ちたくない。騒ぎは、絶対に避けたい。

「おい、嬢ちゃん。一人か?」

 返事はしない。ただ、小さく頷く。

「いいねえ。ちょっと話そうぜ」

 乱暴な手が、テーブルの縁に置かれる。

 セレナは逆らわなかった。言われるまま、身を引き、視線を伏せる。

「おとなしいじゃねえか。気に入ったぜ」

 男の手がセレナの肩に触れる時に。

「そこまでだ」

 低く、よく通る声が割り込んだ。

 男たちが振り返る。

 入口に立っていたのは、先ほど門で会った青年だった。狼の耳が、ぴんと立っている。

 狼族の半端者。人に近い姿をした、あの門番。

「……うわ、フェンじゃねぇか」

 男たちはフェンという青年の登場に罰の悪い顔をする。

 フェンはゆっくりと歩み寄り、セレナの前に立つ。

「ここは食堂だ。お前らの狩り場じゃない」

 淡々とした声。だが、眼光は鋭い。

「俺たちは客だぞ?」

「この国では、客にも礼儀を求める」

 フェンの尾が、僅かに揺れた。

「嫌なら、外で話そうか」

 一瞬の沈黙。

 男たちは、フェンの耳と牙を見て、舌打ちした。

「……ちっ。今日はついてねぇな」

 彼らは乱暴に椅子を蹴り、食堂を出ていった。

 扉が閉まると、ようやく空気が戻る。

 セレナは、深く息を吐いた。

「ありがとう」

 小さな声。フェンは振り返り、少し困ったように笑った。

「気にするな。ああいうのは、鼻につく」

 そして、セレナを一瞥する。

「あんた、やっぱり訳ありだな」

 セレナは答えなかった。ただ、指先を握りしめる。

 フェンはそれ以上、踏み込まなかった。

「この国じゃ、あんたの容姿は目立ちすぎるみたいだ」

 セレナを褒めてはいない。それは忠告であり、フェンの優しさだった。

「困ったら、詰所に来い。俺は……」

 一拍置いて。

「フェンだ」

 セレナは、ゆっくりと顔を上げた。

「セレナよ」

 セレナが微笑んだ、その白くやわらかな笑顔に、フェンは一瞬、視線を逸らした。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃
恋愛
美しさと華やかさを持ちながらも、「賢くない」と見下されてきたカタリーナ。 格式ある名門貴族の嫡男との結婚は、政略ではないはずだった。 しかし夫はいつも留守、冷たい義家族、心の通わない屋敷。 愛されたいと願うたび、孤独だけが深まっていく。 カタリーナはその寂しさを、二人の幼い息子たちへの愛情で埋めるように生きていた。 それでも、信じていた。 いつか愛される日が来ると──。 ひとりの女性が静かに揺れる心を抱えながら、 家族と愛を見つめ直しながら結婚生活を送る・・・ ****** 章をまたいで、物語の流れや心情を大切にするために、少し内容が重なる箇所があるかもしれません。 読みにくさを感じられる部分があれば、ごめんなさい。 物語を楽しんでいただけるよう心を込めて描いていますので、最後までお付き合いいただけたら光栄です。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...