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転移の魔眼
しおりを挟む「やっと会えましたね、輝夜」
「ッ!」
左横に視線を向けると、そこには若い女がいた。俺と肩が触れそうな程に近い距離だ。
長い黒髪、清楚さのある雰囲気、端正な顔立ち。胸もあってスタイルが良い。
どことなく輝夜に似ている。
その女は輝夜に手を伸ばしていた。俺の方には見向きもしない。
「させるかよ」
俺は無詠唱で魔法を発動させる。
『ウィンドガード』
テリトリーでばらまいていた魔力が連結する。
緑色の壁が、ザンッ! と、けたたましい音を出しながら輝夜と女の間に現れた。
「はッ!?」
女は目の前に急に出てきた壁に驚くと、手が止まる。
俺はその隙を見逃さない。全身の魔力を加速させ、次の魔法の準備を整えた。
『ウィンドシール』
右手を固く握り、腕を加速させて振り抜く。
さらに連続詠唱破棄、雷魔法の身体強化。
『ビルド』
バチバチとジグザグな電気の筋が何本も俺の右腕を這う。
女は俺の方をチラリと見た瞬間に、ピュンッ! とその場から姿を消した。
俺の拳は標的を見失ったことで空を切る。
「逃がしたか」
振りかぶった状態から体制を立て直し、左手で横にある緑色の壁を撫でる。すると、ふわんふわんと壁は煙のように波打ち消えていく。
この緑色の壁の防御力は全く無い。全然魔力を注げなかったから、完全に風を着色しただけだった。そのまま手を突っ込まれたら危なかったな。
マトモな魔法に見えるように、ザンッ! という効果音も付け加えていたが、意味があったのかは疑問だ。少しは意味があったと思いたい。
唐突な奇襲に見せかけの魔法しか用意することが出来なかった。警戒レベルをさらに上げないとな。
身体強化と纏っている風を解き、俺は輝夜を見る。
「今の奴を知っているか?」
「知らないよ」
知らないか。でも輝夜に似ていた。姉妹か? 若かったし、母親ということはないだろう。
そして間違えなく、賢者集団の一人だ。
「お前の姉かもしれない。何か感じたことはないか?」
「ちょっと懐かしい気持ちになった……かも? それに私に似て、凄く可愛かったね」
「そうだな」
少しは感じる何かはあったようだ。それはすなわち、あの消えた女と輝夜には、何か強い繋がりがあるということ。
もし家族じゃないにしても、血縁関係はあるだろう。
あの女と一緒にいれば、輝夜の忘れた記憶も思い出すかもしれない。
だが相手が姉妹だろうと、一度は輝夜を殺そうとした奴なんかに、輝夜を渡せないというのは変わっていない。
それに輝夜をワルチャードの管理下には置きたくない。何をされるか分かったものじゃないからだ。
この世界は、姉妹の感動の再会も上手くいかない。そんなのことは分かっていた。分かっていたが……期待してしまっていた。俺が輝夜と出会えたように、奇跡的に全部上手くいくんじゃないかって。
そう、この頃の世界は、俺に都合が良すぎた。
「い、今なら逃げれるんじゃないのか!」
思考している時に、リッシュの声という雑音が入る。
「黙れ」
「クッ……」
リッシュの言っていることも分かるが、もうその段階ではない。目で見える全ての場所が、相手の攻撃範囲だ。背を向けたら殺される。
今、目の前に敵はいない。だが集中力はもちろん切らしてはならない。敵がいつ来ても良いように、全身を駆け巡る魔力は加速させておく。
少しでも加速した魔力が乱れると、乱れたぶん魔力を消費する。相手がいつ来るのか分からない状態で、魔力を加速させ続けるのは正直疲れる。
長期戦では、この待っている状態での魔力コントロールに精神を削られる。
それに加えて、テリトリーの維持だ。何年も魔法戦をやってないこの身体では、全部の魔力を操作するのは数時間が限界だろう。
だから俺は短期決戦で勝負するしかない。
でもそれは相手だって同じだろう。相手も短期決戦を望んでいる。ワルチャードには、勝っている戦争を継続するだけの国力はない。もう金も、食料も、人材も、カツカツで、一刻も早く戦争を終わらせたいはずだ。
ここはアークグルトの最終防衛ライン。戦争が長引けばアークグルトから増援が来る。ワルチャードはさっさと俺たちを始末して、盾が無くなったアークグルトに侵略しながら、自分たちの有利な条件で和平を持ちかけるぐらいのことは当然する。
だが、不気味なぐらいワルチャードの動きが見えない。ここからではワルチャードの兵隊一人見えない。
何かを待っているとも取れる静寂が気持ち悪い。
ワルチャードの全軍で俺たちを一斉に攻撃しないのも、アークグルトの戦線をぶっ壊してきた賢者集団が突っ込んでこないのも、俺を強者と認め、警戒しているからに他ならない。
警戒している理由は分かる。俺が『炎熱の女神』を消滅させたからだ。
だからワルチャードも一気に攻めずに、慎重になっていることは理解できた。
しかもあの消える女の能力があれば、奇襲なんかやりたい放題だからな。
女はパッと現れて、パッと消えた。これは俺が知っている魔法の中だと、転移魔法という魔法に類似する。
高速で飛行してきたというのなら俺のテリトリーに反応があるはずだし、俺たちを守っている風の膜にもぶつかるはずだ。
それらに触らない方法は限られてくる。ここで一番有力なのは転移魔法だ。
でも転移魔法ほど奇襲に向かない魔法はない。転移魔法は設置魔法で、移動する場所に転移魔法を設置しないと移動すら出来ないからだ。
設置魔法は遠隔でも設置できるが、設置した場所には魔法の気配がする。転移してくると分かれば、脅威では無い。
俺はテリトリーで魔法の気配、魔力の気配には特に警戒していた。
だがあの女が転移してくる瞬間には魔法の気配など一切しなかった。ということは魔眼の能力である可能性が高い。
『転移の魔眼』
姉妹揃って、規格外の魔眼に恵まれてやがる。
そんな魔眼があるとは知っていたが、敵になると厄介だな。
「おじさん、空に目が!」
輝夜が声を出したのと同時に、俺のテリトリーに四人の男女が入ったのが分かった。
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