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格下
しおりを挟む「おじさん、空に目が!」
輝夜が声を出したのと同時に、俺のテリトリーに四人の男女が入ったのが分かった。
男が二人、女が二人。
反応があったのはワルチャードがある方角の森の中。
木々が邪魔で四人の姿は見えないが、この四人が賢者集団で間違いないだろう。
「準備しておけ。もうすぐ戦闘だ」
俺の一言で、輝夜とリッシュの身体に力が入った。二人共に相手が格上だということを肌で感じているのかもしれない。
近くにいるから目で見なくても、言葉を交わさなくても、二人の状態はハッキリと感じ取れる。
リッシュは隠しようもないほどに全身をガクガクと震わせていて、座っている状態から素早く立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡していた。輝夜も微かにだが身体を震わせていて、俺と同じように森の一点を見つめている。
輝夜は俺とは違い、シッカリと賢者たちを視界に捉えているんだろう。さすがの魔眼だな。
テリトリーの感度は十分。
俺は息を深く吸い込み、長く吐く。そして一気に全身の力を抜き、目を閉じる。
視界を手放すと、全身を巡る魔力を鮮明に感じる。
俺の周りにある魔力は、俺の全身を巡る魔力に呼応して、ゆっくりと回る。
『風の精霊よ』
呟くように詠唱を始めると、巡る魔力の上澄みが風に転化していく。
『我の声を聞き、応じたまえ』
魔法で創り出した風が、俺の身体を包んだ。
『ウィンドシール』
この魔法は、風を身にまとうだけの魔法。
ただ動き出しの補助にもなる。
次は、
『雷の精霊よ、我の声を聞き、応じたまえ』
バチバチとジグザグな電気の筋が全身を駆けた。
『ビルド』
近接戦闘をすることになったら、こういう地味な身体強化の練度が勝敗を分ける場合がある。
この世界の魔法使いはあまり近接戦闘をしない。が、別の世界から来ている勇者は違う。勇者は剣と魔法で戦うスタイル、魔法剣士を好む傾向にある。
転移の魔眼と魔法剣士は相性が良い。勇者じゃなくても、ワルチャードの賢者の中には魔法剣士のスタイルで戦う奴もいるだろう。近接戦闘は覚悟しておかないといけない。
準備は済んだ。
ゆっくりと目を開け、深く集中する。
集中しているからか、一秒が間延びする。
ピリリと懐かしく、肌を刺す殺気が心地良い。
スローモーションのような世界で、俺は魔力をさらに加そ……。
ピュンッ! と、俺の目の前に男が剣を振り上げた状態で現れた。
急な登場に俺は右足を振り上げて、振り下げられる剣の腹を蹴る。
「グッ!」
男は左に逸れた両手剣を離さなかった。だが空中に転移していたからかバランスを崩し、頭から俺の方に突っ込んでくる。
蹴った勢いを殺さないように身体をクルッと回す。右足を地面に置いて、丁度よく突っ込んでくる頭に向かって、左足を蹴り出した。
俺の左足のかかとが男の頬を抉った。
ピピピュンッ! と、それに続いて、俺の右、左、後ろに賢者が現れた。
俺の視界には顔面を蹴られた男しかいないが、ほかの三人はテリトリーで感じる。
左の女は輝夜に手伸ばしていた。コイツは輝夜の姉だろう。左の女に向かって、目の前の男を蹴り飛ばす。
右の女と、後ろの男も剣を振り上げていた。どちらとも俺を狙っている。リッシュは眼中にも入っていないようだ。
深く集中した状態で身体が動くかどうか少し不安だったが、ゆっくりと進む世界でも、ちゃんと身体は動いてくれている。
今不安なのは、全身の関節が動く度にパキパキと音を立てていることぐらいか。
蹴り飛ばした男が左の女にぶつかったのを見ながら、足に力を溜め、一気に真上に飛ぶ。
大きく両手を広げ、ふわりと宙を回転する。
『ヒーリング』
詠唱破棄で回復魔法を腰と足にかけながら、地面と空が反転した世界で、真上を向き、上空から敵を視界に捉えた。
真上にいる敵二人ともが空を大きく見上げ、目を見開いている。二振りの振り上げられていた剣は、俺がいた場所に向かって振り下ろされていた。
転移からの一斉攻撃か。転移の魔眼を先に体験していたから無傷で済んだが、それでも。
「普通の魔法使いなら終わっていたな」
初めての転移で賢者四人の一斉攻撃をされていたら無傷とはいかなかったと思う。それに輝夜を敵に取られていたのは確実だ。
転移の魔眼を安易に見せてくれたのは、転移の魔眼に絶対の自信があったからだろう。
俺を強者と認め、警戒はしているが、俺を四人で囲まなかった辺り、自分たちの方が強いと思っている。そんな思想が透けて見える。
賢者たちには『転移の魔眼』からなる『一斉攻撃』が絶対の攻撃としてアークグルトの戦線を崩壊してきた自負があったのかもしれない。あれだけの速度でアークグルトを蹂躙してきたんだ。十分に想像は出来る。
輝夜は今さらながらに女の賢者を視界に捉えていた。今の状況も把握出来ていないリッシュは対照的だ。
女の賢者に向かって魔法を発動しようとしているが、緊張からか魔力が乱れて魔法が発動出来ていない。
最初の魔法戦はそんなものだ。まだ戦う意思があるようで良かった。最悪な経験が活きている。
死が渦巻く戦場で、手と足が動くのなら戦うことも逃げることもできる。
今はそれだけでいい。
『ファイアーボール』
人差し指と中指を女賢者に向けて、詠唱破棄で魔法を唱えると、人差し指の指先にバチバチと火花が出現した。
「俺を格下だと思っている内に死んでくれ」
火花がカチッと小さく弾けると、シュンッ! と炎の線を引きながら女賢者の額を貫通する。
まず一人。
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