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第15話 後悔する選択

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◇◇◇◇


 僕がもし過去に戻れればこんな選択しなかった。

 歩けない事に絶望した日。お婆さんの涙を初めて見た日。

 空奏の魔術師を諦めた日。

 その積み重ねがあっても、何度諦めても、後悔しないで楽しい事は必ずある。

 僕はそう思ってた。


 そんな理想は、その日儚く崩れ落ちた。

 僕がもし彼女と出会わなければ、こんな事にはならなかったはずだから。

 こんな僕にも笑いかけてくれた彼女の笑顔を奪い、僕のせいで一生不幸が付きまとう。

 僕は悪魔だ。

 今思えば『極めた才能はきっと役に立つ』と、そんな甘い言葉で騙して、僕は間違ってなかったと証明する為に、彼女を唆して利用した。


「なんで私なの。なんで私が反転するの」

 と、ベッドで泣き崩れる彼女を僕は忘れないだろう。


才能劣化アブノーマルスキル

 世界に産まれた異分子。

 ノーマルスキルを極めた彼女は、全身から黒い霧のような物に包まれ反転した。

 才能は生まれ持った物で変わることはない。

 そのはずだった。

 アブノーマルスキルを持つ者は、産まれた直後に殺される事になる。残酷な話だ。

 見分ける事は簡単で、アブノーマルスキルの所有者は全身から黒い霧のような物で覆われて産まれてくる。

 だがこれは現代の子供だって知っている常識。

 何故産まれてきた子供にそこまでするのか。

 それはアブノーマルスキルという才能があまりにも危険だから。

『才能は劣化し万の命を代償にその恐ろしさを知るだろう』

 才能を使った後では既に遅い。

 僕が生まれるずっと前の話だと。

 才能もろくに扱えない産まれたばかりの赤ちゃんが不治の伝染病を撒き散らしたとか。

 ある島では、アブノーマルスキル所有者を殺さずに育てようとした島の住人達が、一日で誰もそこに居なかったかのように消えていたとか。

 規格外な才能でいうと、全世界の人の時間を一年間逆戻りさせたり。

 十年ぐらい前にもアブノーマルスキルが引き起こした事件で、遊園地ぐらいある特大のショッピングモールで、五万人が一人残らず消えたなんてのもある。

 それ程までに恐れられる才能がアブノーマルスキル。

 全世界の人の命や未来、過去、現在に至るまで、全てを狂わせる才能。

 そんなもの誰もが恐れるはずだ。

 今、目の前に産まれたばかりでもなく、才能をレベル5までに極めたアブノーマルスキルの放界者がいる。

 才能を使えば何が起こるか見当もつかない。

 僕は車椅子で漕いで、近付く。

「近づかないで!」

 大声を出して彼女は僕を拒絶する。

 ここは病院の一室。

 大声を聞きつけて看護師さんが部屋に入って来た。

「何事で、す……か」

 看護師さんは黒い霧に包まれた彼女を信じられないという目で見ながら声が小さくなり、パタンと、その場で力なく尻もちをついた。

「誰か来て!」と、恐怖の顔を貼り付けて叫ぶ看護師さん。

 看護師さんを無視して、車椅子を漕ぎ、僕は彼女の手に触れる。

 彼女は自分の力に怯え、涙を零し、震えていた。

「日向さん、病院抜け出して僕と世界旅行でもしない?」

「もう私のことなんか放っておいてよ!」

 パンッ! と、日向さんは僕の手を叩いて振り払う。

 彼女の目はお前に何が出来るんだと、この状況を救えるのか? と、そうやって僕に訴えかけるようだった。

 僕はノーマルスキル所有者、ただの一般人に過ぎない。

 世界の敵になった彼女を守りきれるはずがない。

 病室が騒がしくなり、スキルキャンセラーが大音量で流れ出す。

 すぐさま警備の人たちが室内に入ってきて、僕を彼女から引き剥がし、項垂れる彼女目掛けて力強く押さえつける。

 僕はその姿を見ながら、何も出来ない。


 数分後には綺麗な制服を身にまとった人達が彼女の周りを囲む。

 空奏の魔術師だ。

 すると警備の人たちは彼女の拘束を解いて、逃げるように病室から出ていく。

「今から処分に移る」

 処分? 何を言ってるんだ。

 そうだ、そうだよ。

 彼女が助けてと叫べばきっと空奏の魔術師が助けてくれる。

 じいちゃんが教えてくれた空奏の魔術師はそんな人達のはずだから。

 ……いや、僕は選択の全てを後悔していた。

 また後悔することになるぞ。

 救うならお前が動け!


「やめろよ!」


 僕は空奏の魔術師達に声を荒らげる。

 
「うるさいですね」


 空奏の魔術師の一人が僕に振り向き、パチンと平手打ちした。

 それだけで僕は車椅子と一緒に壁に激突した。

 車椅子から転げ落ちても、僕は。

「彼女に何かしたら僕がお前らを許さないぞ」

「ここはギャラリーが多い、場所を移動させましょう」

 霞む視界、やっぱり僕は何も出来ない。

「おい、何逃げようとしてるんだ? 空奏の魔術師が聞いて呆れるな」

 空奏の魔術師の一人が僕に振り向いた。

「おまっ!」

「やめろ、民間人だ」

 それをもう一人の空奏の魔術師が静止する。

「あぁ」

 静止させられた男がその場で足を振り上げる。

 触れてないはずなのに僕は腹に衝撃を浴びて天井に強く打ち付けられた。

 そして地面に頭からぶつかる。視界が赤く染まり、全身が痛い。

「やめろと言っただろう」

「ふんっ、今度から空奏の魔術師に対して口を慎めよ小僧」

 まだだ、まだ僕は彼女を助けられてない。

「ッ! 日影くんには何もしないで! お願いします。でもほんの少し時間をください」

 一部始終を見ていた彼女は頼み込んで静止をかける。

「少しだけだぞ」

 空奏の魔術師から了承を貰うと、彼女は僕と目を合わせ、口を開けた。


「私は日影君に憧れていました。だから育て方も分からない、使えるかも分からない才能を一生懸命勉強した。日影君と一緒に居て、本当に楽しかった。その大切な思い出を胸に私は幸せに死ねそうよ。だから……元気でね」


 ベッドから起き上がった彼女は「もういいです」と、空奏の魔術師達に囲まれて連れて行かれる。

「僕からも一言いいかな。この通り僕は動けない、少し肩を貸して貰えないか」

 僕は女性の空奏の魔術師の一人を指さして、肩を貸してもらう。

 華奢なのに足が使えない僕一人を持ち上げる事は容易なようで、直ぐに彼女の近くまで来た。

「僕の手に触れてくれないか? 今度は叩かれないよね」

 最後に交わすだろう言葉、少しおどけてみせる。

 彼女の緊迫した雰囲気が少し和らいだ気がした。

「えぇ、喜んで」

 彼女が手を重ねた瞬間世界が変わる。



 病院の一室から星が夜を彩る広大な荒野に。

「ここどこ?」

「日本じゃないよ。僕も名前は知らない国だけど、写真を見て行きたかった場所だね。ほら凄く綺麗だよ」

「そういう事じゃなくて」

 そういう事じゃない?

「なんで歩けないはずの僕が立ってるかという理由は、普通に歩くよりも難しいんだけど、僕の才能の情報の共有で収縮と緩和を操作してるんだよ」

「それは凄いけど、そうじゃなくて! 日影くんは私と逃げてどんな結果を生むか全然わかってない! もし見つかったら」

 あぁ、彼女は僕の心配してるのか。

「大丈夫! 隠れんぼには自信があります」

 昔から隠れんぼで負けた事がない。遊んでいた皆んなが僕を見つけられなくて帰るぐらいだ。

「だから違くて!」

 これでも違うのか?

「あぁ、この才能は空間移動っていってテレポートと少し違うんだよ。さすが日向さん、そこを疑問視するなんて才能の見る目が違うね! 空奏の魔術師の才能はレアスキルの中でも変わってて面白いよね」

「そうじゃないんだけどなぁ」

 ふふっと彼女は笑みを零す。

「僕、世界旅行がしたいって言ったじゃん」

「さっき言ってたあれ!? 私を気遣ったんじゃなくて、本当に世界旅行がしたかったのね」

 一人じゃつまらないから、隣で笑ってくれる人と一緒じゃなきゃね。

「世界から狙われるのよ……日影くんって本当に」

 彼女の笑顔は可愛いな。


「僕も世界を旅してみたかったから丁度良かった」


 僕はパンフレット片手にワクワクを隠しきれない!

「じゃ、何食べに行こうか」

「日影くんパンフレットも準備してたのね」



 星降る夜に僕は一つの誓を立てる。

 僕はもう後悔する選択をしない。

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