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第36話 視線の先

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 お姉さん先輩はヒュンヒュンとビルの間を駆け抜け飛んで行く。僕は今、手足をブランブランとさせながらお姉さん先輩に抱えられている。


「こらぁ、待ちなさい!」


 暴走する飛空車を追っている最中だ。

 飛空車の作りは今では珍しいクラシックカーのような形になっている。

 軽量化された最新鋭の飛空車にやたらと改造を施してるらしく、分厚い装甲なのに凄いスピードが出ている。

 僕は飛空車よりも車の方が好きだ。だって空飛ばないし。


 暴走する飛空車は空奏の魔術師に追われているのに止まる気配はなく、逆に加速させていく始末だ。

 お姉さん先輩のお荷物になっている弊害か、目まぐるしく回る世界に気持ち悪くなってくる。

「日影君出番だよ!」

 僕の出番が回ってきたらしい。

 僕も元空奏の魔術師と戦って、僕の才能の先を掴みかけていたところだ。

 余裕にスピード違反を取り締まってやる。


 暴走する飛空車の少し先の通り道にポンっと僕だけ転送されて、カッコよくボンネットにドカッと降りる。

 ニヤッと笑みを見せると運転手は慌てた様子が伺え……ズルッ。

 ボンネットから足を滑らせ、窓の縁を掴みぶら下がる。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 落ちる!


「はい、ドーン」


 ボンッと飛空車が煙を出して止まる。

 僕が先程いたボンネットの真ん中にぽっかりと穴が空いていた。

 推進力を無くした飛空車は安全装置が働いているのか、予備電力だけで地面にゆっくりと落ちていく。

 ……僕必要あった?

 


 すぐさまパトカーが現場に到着すると、急停止で気絶していた運転手を「ご苦労様です」と、敬礼しながら連れて行った。

「今回も息ピッタリだったね」

 お姉さん先輩は一人で余裕に片付ける事が出来るのに、僕も協力した事にしてくれるとは。

 男のプライドが! 僕、全然活躍してないわ!

 僕のちっぽけなプライドを知ってか知らずかお姉さん先輩は無邪気に微笑んでいる。

 学業は免除されているとはいえ、お姉さん先輩とは最近ずっとこの調子でインターンの奉仕活動をしている。

 だから分かるが。

「月夜先輩もカッコよかったですよ」

「でしょぉ~」

 顔を綻ばせてニコニコ顔のお姉さん先輩。

 お姉さん先輩は何故か僕と結果を残す事にこだわっている。

 僕は何もしてないですよと言うと、ムスッと頬を膨らまして何故か機嫌を損ねるのだ。

 だから『僕も頑張りましたが、お姉さん先輩もなかなかでしたよ』と、変な小芝居を挟むようになった。


 一仕事終えて上機嫌なお姉さん先輩は、大きく作られた歩道を、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとしている。

 猫のように掴みどころの無いお姉さん先輩を追うようについて行く。

「にゃ! あれは!」

 お姉さん先輩が何かを見つけてはしゃぎ出した。

 行列が見えると、その先にはクレープ屋さんの出店があった。

 お姉さん先輩ならすぐに飛びついて並びに行くと思ったが、仕事中は弁えているのかうーんとうねりながら首を振っている。

「食べたいんですか?」

「食べたくない」

 何で嘘つくんだよ。

「もしかしてこの制服で並ぶのが恥ずかしいとか?」

「な、なんで! 違うからね」

 図星をつかれたお姉さん先輩は慌てた様子でクレープ屋さんから視線を切る。

 お姉さん先輩は僕と同じようにカッコをつけたがる気質がある。

 それがあんなキャピキャピした所に一人で並んでいる事を想像して尻込みするのも当然だろう。

「じゃあ僕が買ってきます」

 いつも役に立ってない僕だが、小さなプライドがここだと急かし早足で列に並んだ。

 すっと後ろを見るとベッタリとくっついて来るお姉さん先輩。

 空奏の魔術師の制服を着ても僕は知名度などないが、お姉さん先輩は違う。

「あの人……月夜様だわ!」

「月夜ちゃんじゃん!」

「すげぇ、本物だ」

「あぁ、神よ。月夜様に会えた事ありがたき幸せ」

 周りの視線が尋常じゃない。

 そして当然といえば当然だろう。

「隣のあいつ誰?」

「空奏の魔術師の服着てるが、見た事ねぇな」

「月夜様が男と!」

「あぁ、神よ。私の罰をお許しください」

 僕、呪い殺されそうなんだが。

 だが周りの視線を気にしてないのか、お姉さん先輩は僕の傍から離れない。

 いつもはあれだけはしゃいでいるお姉さん先輩だが、今は借りてきた猫みたいで新鮮だ。

 凄く可愛い!

 お姉さん先輩はすっと立てかけられた看板を指差す。

「カ、カップルだと安くなるらしいから」

 看板を見るとカップル割りで凄くお得になっていた。

 僕の金銭面も心配してくれるお姉さん先輩。

 鈍感主人公の様に「いや、いいですよ。先輩はあっちで待ってて下さい。ここはお世話になっているんで僕に奢らせてください!」とでも言えばいいのか。

 僕はそんな事はしない。

 出店のクレープは案外高く、僕のお財布ではカップル料金でしか奢れない事に気づいて、ありがたくお姉さん先輩に着いてきてもらうことにする。

 周り視線に気を配り、ドヤ顔でこの至福の時間を満喫する。

 心地よい殺意を全身に浴びながら無事にクレープを買い終わった。



 子供のようにイチゴがトッピングされたクレープを片手に飛び跳ね歩く先輩を、僕はいつものように後をついて行く。

 お姉さん先輩は、ばっと振り返って僕が食べていたチョコクレープをがぶっと食べる。

「美味しい!」

 そんなにクレープが食べたかったのか。

 綺麗な歯型が付いた僕のクレープ。

 間接キスになる! とピュアに思う僕は躊躇いなくクレープに食らいつく。

 キョトンとするお姉さん先輩だがすぐ復帰して。

「やっぱり日影君面白い」

 なにが面白いのか。

 僕には女の人の考えは理解できないと悟る。

 そしてクレープは美味しい!

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