鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

文字の大きさ
26 / 34

追い詰められた女の子の思い付きは、男を振り回すもののようです

しおりを挟む
 鵺笛が鼻で笑うのが、耳元で聞こえた。
「何をいまさら……」
 だが、俺の首を締め上げる腕の力は緩まない。
 確かに、羅羽の取引は遅すぎたのだ。
 こんな言い方は何だが、やっぱり、そこは女の子だった。
 いちばんイヤなことを引き受ければ、相手にも譲らせることができると思っている。
 だが、その手は、俺が負ける前でなければ、意味がない。
 今、この場にいる者に対する生殺与奪の決定権が、鵺笛にあるからだ。
 その辺りが分かっていない辺り、死ぬ間際に可愛らしいものを見せてもらったと思った。
 やっとの思いで、かすれ声を身体の底から絞り出して告げる。
「ありがとう……羅羽……ごめんな」
 どのみち、俺は殺されるしかないし、羅羽も鬼の世界へ連れて行かれれば、子を持つしかないだろう。
 だが、鵺笛は、俺の首をへし折りはしなかった。
「こやつを殺せば、鬼の世界に戻っても、子を成す気はないということか」
「だって、私も死ぬもの」
 そう言うが早いか、その指から伸びた鋼の爪を、自らの喉元に押し当てた。
 白い喉から、一筋の鮮血がしたたり落ちる。
 鬼たちの間で、何やら囁き交わす声が聞こえ始めた。
 それは次第に、大きなざわめきとなって広がっていく。
 やがて、四方八方から注がれる眼差しが感じられるようになった。
 だが、それは俺に向けられたものではない。
 鬼たちが固唾を呑んで見守っているのは、挑発めいた羅羽に対して、鵺笛がどう振る舞うかということであった。

 鵺笛の判断は、意外に早かった。
 俺の首筋を固めていた腕をするりと緩めて立ち上がると、鬼たちに言い渡す。 
「いいだろう。羅羽は死んだら取り返しがつかんが、こやつはまた殺しに来ればいい」
 鬼たちの口からは、感嘆のため息が漏れる。
 これで俺を殺していれば、確かに鬼たちへの示しはつく。
 だが、羅羽もまた、本当に命を絶ったかもしれない。
 そうなれば、鵺笛は同族を見殺しにしたとして、鬼たちからの信頼を一挙に失っただろう。
 鵺笛は、つきつけられた羅羽の命と鬼の掟の二者択一に応じることなく、どちらも守り抜いたのだった。
 俺もまた、自分と羅羽の命が助かったのに、内心では胸を撫で下ろしていた。
 もっとも、それは目先の危険が去ったということにすぎない。
 鬼たちは、静かに行動を起こしていた。
 それを羅羽は察していたらしく、俺をじっと見つめながら立ち上がった。
「今までありがとう、お兄ちゃん……楽しかった」
 改まった態度で端正に佇んではいるが、その顔は満面の笑みをたたえている。
 その姿も、鵺笛をはじめとする、背の高い鬼たちに囲まれて消えた。
 俺は叫んだ。
「まだだ、羅羽! 諦めるな!」
 鵺笛が振り向く。
 険しい顔つきで、冷たく言い放った。
「おぬしは敗れ、我らの間で定められた取り決めもまた、これで果たされた。他に何をすることがある?」

 そこで口を挟んだのが、咲耶だった。
「あるよ、克衛」
 俺の目の前に突き出したのは、鵺笛の言葉よりも冷たい、光をたたえた刀身である。
 鬼を祓う神剣、「紅葉狩」だ。
 咲耶は、いつになく厳しい口調で俺に告げた。
「鬼の世界との出入り口を破壊するんだ、これで」
 素っ気ない言い方で、俺は答えた。
「どうやるんだよ、いったい」
 やれと繰り返しながらも、その方法はついぞ教わったことがない。
 それをいいことに食い下がったわけだが、咲耶はあっさりと答えた。
「ボクの祭文と共に、空を一刀両断に斬ればいい。それで終わる」
 それでも、俺は紅葉狩を手に取ろうとはしなかった。
 咲耶は、苛立ちを抑えた低い声で促す。
「今を逃したら、もう機会はない」
 俺は応じなかった。
 理由は、ちゃんとある。
「取られても仕方のない命を救われたんだ。俺だって、向こうに譲るのが当たり前じゃないのか?」
 鵺笛は、俺を殺して羅羽を連れ去ることもできたのに、鬼たちの中での信頼を考えて、掟のほうを先送りした。
 俺もまた、自分と羅羽の命と引き換えに、鬼の世界へのとどめを刺さないことにしてもおかしくはないはずだ。
 そもそも、咲耶の祭文と紅葉狩さえあれば、鬼の世界との出入り口はいつでも破壊できるのだ。
 無理に、それを今、やることはない。
 だが、咲耶が俺の理屈を聞き入れることは全くなかった。
「ウソだ! 羅羽ちゃんと離れ離れになりたくないだけ。もしかすると、また会えるかもしれないなんて思ってる」
 正直なことを言えば、図星だった。
 腹の中では長々と理屈をこねたが、本当は違う。
 鬼の世界との行き来を断つことで、羅羽とのつながりを失うのが嫌だったのだ。
 咲耶は俺から目をそらすと、姿の霞んでいく鬼たちに向かって駆けだした。
「羅羽ちゃんを取り返せばいいんだろ」

 鬼たちが振り向く。
 鵺笛はもう、何も言わなかった。
 面倒臭そうに、鬼たちに向かって顎をしゃくる。
 代わりに、羅羽が咲耶を止めた。
「もういいの!」
 咲耶から返す言葉はない。
 ただ、俺を急き立てるばかりだ。
「もう……終わらせよう、こんなのは!」
 冷たく光る神剣が、鬼たちに向かって振り下ろされる。
 だが、それは誰ひとりとして傷つけることはなかった。
 咲耶の手の中から弾け飛んで、俺の目の前へ降ってくる。
 慌てて振り払おうとすると、その手の中へと勝手に収まった。
 咲耶は、襲い来る鬼たちを背にして、俺に言い放つ。
「分かってくれ! 紅葉狩が選んだのは克衛だ! 克衛にしか使えないんだよ!」
 何人もの鬼が後ろから、咲耶に近づいてくる。
 俺は咲耶に向かって叫んだ。
「戻れ!」
 咲耶は応じない。
 短く刈った髪を撫でると、小さな髪留めを引き抜く。
 振り向きざまに横薙ぎするのと、羅羽が止めるのは同時だった。
「鵺笛たちを怒らせちゃダメ!」

 鬼たちが腕を押さえて一斉に呻くと、その腕からは、血がしたたる。
 咲耶の髪留めは、いわゆる暗器、つまり隠し武器になっていたのだ。
 鵺笛が、俺を見つめて静かに抗議した。
「我らが結んだ約定だけは、不足か?」
 目配せひとつで、鬼たちを動かす。
 取り囲まれた咲耶は髪留めを振るうが、多勢に無勢とはこのことだった。
 血で染まりながらも伸ばされたいくつもの手は、羅羽の腕や、脚や、肩を思いのままに掴む。
 何人もの鬼が、咲耶の身体を高々と持ち上げていく。
 その姿は、羅羽のものと同じように霞んでいった。
 だが、咲耶は悲鳴も上げない。
 もがきながら歯を食いしばって、俺をじっと見つめる。 
 暴れる咲耶を抑えようとする鬼たちの手が、服を引き裂く。
 身体がのけぞって露わになった胸が鷲掴みにされた。
 咲耶は絶叫する代わりに、半狂乱になって俺を呼んだ。
「克衛! 紅葉狩りを! 祭文はボクが!」
 その間にも、その姿は羅羽と共に薄らいでいく。

 俺は思わず、紅葉狩を振り上げる。
 だがその手を止めたのは、鵺笛の声だった。
「我らをこのまま帰すなら、この女も返してやる」
 それは、鬼の世界との出入り口を破壊せず、羅羽が連れ去られるのを黙って見ているということだ。
 更に、鵺笛は俺を脅しにかかる。
「紅葉狩を振るえば、この女も鬼の世界へ消える」
 羅羽に加えて、咲耶も帰ってこないということだ。
 それに加えて、思わせぶりなひと言が、俺の判断を鈍らせた。
「我らの手にある、母の身はどうなるか……」
 鬼のひとりとなった母さんが、人間の世界へ戻ってくることはないだろう。
 だが、鬼の世界との行き来が断たれれば、母さんがどうなろうと、俺はもう知ることさえできないのだ。
 なんとかして、扉を破壊せずに羅羽と咲耶を取り返すことはできないものか。
 いちばんいいのは、羅羽も咲耶も取り返して、扉を破壊することなのだが。
 鵺笛は俺に最後の選択を迫った。
「答えぬのなら、とりあえず、この女は頂戴する。鬼としては、当たり前のことではないか?」
 さっきの正々堂々とした振る舞いとはうって変わって、あの嘲笑混じりの物言いが戻ってきていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

処理中です...