クラス全員が転生して俺と彼女だけが残された件

兵藤晴佳

文字の大きさ
134 / 163

打つ手なしの守護天使(現実世界パート)

しおりを挟む
 CG処理された山藤の首筋辺りに、何か白く尖ったものがある。こういうファンタジー世界に疎い俺でも、さすがにそれが何であるかは分かった。
 牙の感触に、背筋が凍る。吸血鬼となったリューナが山藤を、文字通りの毒牙にかけているのだ。
 山藤は、目を見開いたまま動けない。いや、動こうともしない。リューナの微かな囁きは、俺の耳にも届いた。
《シャント……》
 スマホ越しにもうっとりするような、甘い吐息が聞こえた。生身の俺でも魂が抜けていきそうな気がする。
 とはいえ、スマホの上ではシャントとしてCG化されている山藤も、その向こうの世界では生身なわけである。
 従って、感じていることが同じでも全く不思議はない。
《このままでもいいか……》
 何か物凄く後ろめたいことで、図星を突かれたような気がした。
「いいわけねえだろ!」
 画面の中で呆けているシャント…山藤にツッコむと、俺は画面をドラッグした。
 モブ! モブ! モブ! 誰か、もう1人でいいから!
 俺ひとりじゃどうにもならない。干渉できる人間が必要だった。こいつが向かっていた塔の抜け穴を映してみたが、ムダな努力だった。
 やっぱり、人影は見えない。
 沙羅は山藤をフォローする立場なのだから、モブを動かしてくれていないかという期待はなくもなかった。だが、それを言い出したら、俺は山藤に試練を与える立場なのだ。対戦相手に助けを求めるわけにもいかない。
 結局、できるのは見守ることだけだったが、シャント…山藤は思いの外、よく抵抗していた。
 いつの間にか我に返っていたらしく、スマホの中からは、悲鳴にも近い絶叫が聞こえてきた。
《い……やだ!》
 もがいてリューナの牙から逃げようとするが、その曲線の豊かな身体に抱き留められて、身動きがとれない。
《離……して!》
 リューナの腕を引き剥がそうとするが、それを逆手に取られて、自分の腕のほうをロックされてしまった。
 いわゆる、閂《かんぬき》をかけられたわけである。
 だが、吸血鬼の圧倒的な力で身体の自由を奪われながらも、山藤はがむしゃらに暴れた。
《苦……しいよ、リューナ! 助けて……お願い……だから!》
 その哀願も、やがてくぐもった声に変わり、しまいには呻きでしかなくなった。見れば、頭を腕で抱え込まれ、顔はたっぷりとした胸の間に埋められている。
 この非常事態に何を、と思ったが、別に山藤が現実世界に戻るのをやめて、異世界での甘い生活に溺れているわけではない。
 むしろ、絶体絶命の状態だった。
「目え覚ませ、諦めんな!」
 ボクシングやプロレスのセコンドなら、まだ声が届こうというものだが、その先がスマホの向こうの異世界はどうにもならない。 
 だが、俺もシャント…山藤も唖然とさせる出来事が起こった。
《リューナ! どうしたんだよ、リューナ!》
 突然、リューナの姿が画面から消えたのだった。視点をあちこち移動してみると、地下室の床にリューナが倒れていた。
 今まで生命の危機にさらされていたはずの山藤は、それを呆然と見つめているばかりだった。
「逃げろ!」
 呼びかけても、聞こえるはずがない。やきもきしながら、それでも打つ手を探して地下室の中をあちこち拡大して回っているうちに、俺はシャント…山藤の手の中にあるものに気付いた。
 白いバラが、つやつやと輝いている。おそらく、これがリューナを昏倒させたのだろう。
 やがて、山藤もようやく我に返ったらしい。シャントは地下室の壁に開いた穴から、塔の外へ出ていった。
 だが、丸木橋の前でふと立ち止まると、地下室の床に倒れたままのリューナへと振り返った。
「ダメだ、連れていけない!」
 だが、そのムダな呼びかけは、本当にムダだったことが分かった。
《グェイブ……》
 山藤が気にしていたのは、操ることができる唯一の武器だったのだ。だが、これにしてもまた、取りに戻るべきではない。
 リューナは目の前にいても、シャント…山藤の力では持ち上げることもできない。ましてやグェイブは、地下室へ向かう階段を転落しているうちにどこかへ落としてしまったのだ。
 探してる間に、もしテヒブが来たらどうする!
 しかし、それは取り越し苦労だった。
 思いのほか、山藤の踏ん切りは早かった。さっさと、堀の底に掛かった丸木橋に足を乗せる。平均台を渡るかのように、腕を左右にピンと張って歩きだしたが、そこは山藤だ。あっというまにバランスを崩す。
「横向き、横向き!」
 俺のアドバイスが聞こえたわけはないが、シャント…山藤は丸木橋の上でどうにか踏ん張った。
 ……よし! 
 だが、山藤のバランス感覚を当てにしてはいけなかった。見事に足下が滑り、シャントは堀の水へと転落する。
「言わんこっちゃない!」
 悪態を吐いても、俺に何ができるわけでもない。ただ、堀の水が深くないことを祈るばかりだった。
 その祈りが、どうなったかというと……。
《うわああああ!》
 悲鳴を上げるシャント…山藤の身体が、横向きに吹っ飛んだ。どうやら、神様はスマホの向こうにあるファンタジー世界にいるようだった。
 そのまま、堀の下の崖へと腹這いに叩きつけられる。山藤が堀にハマらないで済んだのはよかったが、こっちはこっちで放っては置けなかった。
「何……が?」
 そう言ってもおかしくないのにセリフのウィンドウが出ないのは、たぶん、俺と同じことを心の中でつぶやいているからだろう。
 よく見ると、その身体は崖から落ちてはいない。しばらくヒクヒクと震えていたが、やがて、手足を突っ張って、土にめり込んだ身体を自分で引き剥がした。
 当然、背中から落ちる。相当痛かったのだろう、砂地の上でのたうち回っていたが、やがて立ち上がって振り向いたときには、鼻血を垂らしていた。
 ……そんな状態で、よく頑張った。
 腹の内の褒め方がいささか上から目線なのは、自分の痛みは数秒も耐えられずとも、人の痛みは100年でも我慢できるものだからだろう。
 とはいえ、所詮は心の声だ。ましてや、スマホの向こうまで聞こえるはずもない。ここはひとつ、気持ちを切り替えて崖を登ってもらう他はない。
 いったん、退却だ。村の中でも、見知らぬ女性に狼藉を働いた疑惑があるから完全アウェーだろうが、そこら辺は俺が仕掛けた罠も同然だから、切り抜けてもらわないといけない。
 とりあえず、見守りモードはそろそろ終了だ。村に戻ればモブもいるし、シャント…山藤への罠はいくらでも仕掛けられる。
 それらを突破してこそ、リューナを救い出すヒーローとしての資格があろうというものだ。そんな思いをすれば、たとえ目的を遂げたとしても、二度と異世界転生などは望むまい。
 だが、俺の見通しは半分だけ甘かった。ある意味では都合のいいことに、仕掛けの及ばない罠が、もうひとつしかけられていたのだ。
 それはもはや、運命というヤツの手が働いているとしか思えなかった。あるいは、もう1人、俺も沙羅も超えたプレイヤーがゲームを左右しているのか。
 詮索しているヒマはなかった。だからどうすると言っても、どうしようもないが。
 山藤の見据えているものへと視点を180度回転させたとき、暗闇の中でCG処理するまでもなく、真っ赤に燃える2つの点が見えた。さらに、山藤には見えまいが、スマホの画面にはCG処理された人影が見える。
 音もなく舞い降りた、吸血鬼ヴォクス男爵だった。
 シャント…山藤は一瞬、その場に凍り付いた。不意打ちで魅入られたかと思ったが、正気は失っていなかったらしい。オタオタしながらも、手にしたものをつきつけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

処理中です...