6 / 8
邯鄲 包囲後
しおりを挟む秦軍による邯鄲の包囲は二年にわたった。
軍による長期の包囲で餓死者も出たという噂であった。
魏国や楚国も援軍を出したものの秦国との摩擦を恐れ、邯鄲に近づけずにいた。
しかし、趙国の貴族は財産を放出し、宮廷の夫人たち総出で働いた。
また民間側でも決死隊を募り、秦軍に突貫するなど邯鄲中の人々が必死に防衛に努めた。
最後には魏国の信陵君と楚国の春申君が立ちあがり、邯鄲の救援に向かうと、秦軍もやむなく邯鄲の包囲を解いた。
秦軍が撤兵したあと呂文親子は邯鄲へ向かった。
邯鄲に入るとそこはすでに活気を取り戻しつつあった。
表通りを見る限り、餓死者がでたようには見えない。
通りのどこからか楽器の音が聞こえてくる。
音楽は趙国や斉国など中原の東の諸国の人々は好む一方で、秦国では怠惰な文化とみなされている。
もし秦国に邯鄲が占領されていれば、自由に音楽を奏でることもかなわなかったであろう。
人々は平静を取り戻しつつあり、復興にいそしんでいる。
「上党が奪われたせいで西から木材が入ってこない。楚国からもっと運びこまなければ。」
趙姫様へ挨拶をと表通りを進む途中ではあるが、父は復興に向けて不足しているものはないかと商売に余念がない。
表通りからそれほど離れていない館に趙姫は住んでいる。
秦国による包囲で趙姫親子に対する趙国の人々からの風当たりは強い。
てっきりどこか邯鄲の奥で隠れるように暮らしているかと思っていたがそうではないようである。
よほど強力なコネがあるようだと呂文は感じた。
だが、趙国には親秦国派の要人が少なくないことを考えれば、それほど不思議ではない。
「目立たないところにいくとかえって危ないので。」と趙姫は言う。
3年ぶりに会う趙姫は相変わらず美しかった。
以前もまるで人形のようだと感じたが、より感情の表に出さなくなったように呂文は感じた。
一方で余裕が感じられるのはよほど信頼できる人の庇護を受けているからであろうか。
今後、少しずつですが呂氏は邯鄲での商売を回復させていきます、軌道に乗れば呂文に店を任せることもあるでしょう、と父は趙姫に挨拶をする。
呂文もあわてて挨拶をする。父から邯鄲の店を任せたいとの話は聞いていたが、まさか趙姫の前でいうとは思っていなかった。
赤ん坊の泣き声が聞こえ、趙姫が席を外す。
しばらくして趙姫は戻ってきたが、忙しそうだと思ったのか父は、何か御用があればなんでもお申し付けくださいと一礼すると退席しようとした。
しかし趙姫は引き留め、一つお願いしたいことがあると言った。
趙姫を訪ねた帰り道で呂文は父に話しかけた。
「邯鄲に取り残されたと聞いて心配しましたが、元気そうで何よりです。」
「監視も厳しいわけではなさそうですし、あれならばもうすぐ咸陽に逃れられるのではないでしょうか。」
しかし父は少し困ったような顔をして、
「今後も邯鄲から出るのは無理かもしれん。」
と言った。
とはいえ、と父は続けた。
「呂不韋にとって趙姫は大切な手札だからね。見放したりはしないさ。」
「それより今は邯鄲の商売を再開しないとな。」
呂文は言っていることの詳細がよくわからなかったが同意した。
都市の民衆は活気があり、急速に復旧しているし、なにより趙姫が邯鄲にとどまってくれるのもうれしかった。
ただ、気になるのは趙の宮廷である。
呂文の心配通り、危機が去るとすぐにごたごたが始まった。
孝成王の太子である公子の偃が新しく倡姫という女性を娶ったのだが、公子偃はこの倡姫を寵愛し、世継ぎと決めていた長男の趙嘉にかわり倡姫との間に生まれた男子を新たな世継ぎとした。
ただ、臣下の中には趙嘉を推す者の数も少なくなく対立が尾を引いている。
趙国の先行きは暗いかもしれないと呂文は感じている。
趙国の内輪もめにつけこみ、再び秦国が邯鄲に手を伸ばしてくるかもしれない。
そうなったら趙国の朝廷は趙姫をどうするのか、あるいは秦兵によって咸陽に連れ去られてしまうのか。
どこか秦国を抑え込んでくれる勢力はないかというのが呂文の思いであった。
さらに翌年になり、邯鄲での商売がある程度軌道に乗ったので、父が約束通り南への旅を許可してくれた。
世間はというと趙国は平静を取り戻しつつあった。
趙軍の一部が攻勢に出て、秦軍を破るなど軍の再興も進んでいる。
だが、秦国は中原に対する圧力を強めている。
今年に入っては周王室を滅ぼしている。
もはや形骸化していた王室ではあったがそれでも周王が咸陽に連れ去られ、長年にわたり栄えた王畿が占領されたことは衝撃であった。
もはや一国で正面から秦国に張り合える国はない。
なんとか各国が連携して秦国を抑えてくれればよいのだが、と呂文は南への旅の途中で休憩をとりながら思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
山本五十六の逆襲
ypaaaaaaa
歴史・時代
ミッドウェー海戦において飛龍を除く3隻の空母を一挙に失った日本海軍であったが、当の連合艦隊司令長官である山本五十六の闘志は消えることは無かった。山本は新たに、連合艦隊の参謀長に大西瀧次郎、そして第一航空艦隊司令長官に山口多聞を任命しアメリカ軍に対して”逆襲”を実行していく…
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる