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第一章 ハイディン編
ロウとデートです(前編)
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ガルドさんの『ご褒美デート』が終わったら、次はロウと一日過ごすことになる。
「明日は夜明けに出る。今夜は早寝しておけ」
寝不足が二日続いていたので、早寝は大歓迎です。朝寝坊の方がもっと嬉しいんだけど、そんな自堕落なことを許してくれるロウではないから、こっちで満足しておきます。
「了解。それで、何か必要なものある?」
「いや、お前は何も持たなくていい。魔倉もおいていけ」
あら、今回もそれですか。しかし、ガルドさんと『ご褒美』のリクエストも一緒、『何も持たなくていい』って言うのも一緒とは……まさか中身まで一緒だったり?
昨日のガルドさんをロウに置き換えてちょっと想像してみる。女性もののアクセやコスメを選んだり、ドレスを見立ててくれたり、いいムードのお店に私をエスコートしたりするロウ……誰、これ? こんなの私の知ってるロウじゃない! そんなことをしたのを直ぐに後悔した。鳥肌まで立っちゃったよ。
「……何を百面相している?」
「な、なんでもないよっ! えっと……んじゃ、開始は明日の夜明けってことで、そこから一日だよね?」
うっかり顔に出ていたらしく、不審そうに聞いてこられて冷や汗が出た。急いで誤魔化したけど、危ないったらありゃしない。あんなことを考えていたと知れたら、どんなお仕置きが来るかわからない。
幸いにも、ロウは他に何やら気を取られている様子だったので――明日の事かな? ――それ以上、追及されることはなかった。
「そういうことだ。戻るのは少し遅くなるかもしれんが……それでいいか、ガルド?」
「おう、そこまで細けぇ事は言わねえよ。けど、結局、レイちゃんの『ご褒美』が最後になっちまったな」
「気にしなくていいよ。準備もあったし、一番最後になったらなったで、その分も併せて、楽しませてもらうから」
「なんだか、怖ぇな」
「……お手柔らかに頼むぞ?」
そんなことを言い合って、ロウの言葉通りにその夜は早めに寝た。
「起きろ、レイ」
「うーん……も、朝……?」
ぐっすり眠っていたところを、ロウに揺り起こされる。早寝したはずなのにまだ眠いって、どれだけ早く起こされたんだろう? そっと体を起こせば、窓にはまった鎧戸の向こうはまだ闇に閉ざされている。
「何時?」
「知らん。だが、もうすぐ日が昇る頃だ」
「よぉ、起きたか、レイちゃん」
どうやら、寝ていたのは私だけの様だ。ロウは勿論、ガルドさんもすでに着替えを済ませている――って、なんでガルドさんまで?
「レイちゃんが出かけるのに、ぐうすか寝てるわけにもいかねぇだろ」
「見送るために起きてくれたの?」
「それもあるが、明日までレイちゃんに会えねぇだろ? だから、その補給だな」
そう言って、寝起きでまだ顔も洗っていない私の頬に、ちゅっとキスしてくる。
「おい、今日は俺がレイを独占するはずだぞ」
「まだ夜明け前だっつーの。お前の権利は、夜が明けてからだろ」
「もう明ける。レイに触れるな」
「器のちいせぇ男だな。いいじゃねぇか、もうちょっと……」
寝起きでぼーっとしてたら、目の前でじゃれ合いが始まりそうになり、ちょっと焦る。
「しぃっ! まだみんな寝てるんだから――顔洗って着替えてくるから、二人とも大人しく待っててね」
そう言いおいて、隣にあるお風呂場で手早く身支度を整える。ロウに、『動きやすい服装で』って言われてるから、いつもの放浪者ルックだ。ただ、今日は狩りが目的じゃないから、杖はもっていかないことになっている。ローブはどうしよう? 夏だから、無くても寒いわけじゃないけど……少し悩んだ後、ロウに訊けばいいのだと気が付いた。
「ロウ、ローブはどうしようか?」
「今日は街の外に出る。着ていたほうが良いだろう」
「了解」
ほー、今日は街の外でのデートになるのか。ピクニック系かな?
そんなことを考えながら、着替えを済ませて二人の待つ部屋へと戻る。
「お待たせ」
「できたか。では、出かけるぞ」
「はい。それじゃ、行ってきますね、ガルドさん」
「おう、いってきな。レイちゃん、ロウ」
ガルドさんに挨拶を済ませてから、足音に気を付けながら一階に降りていく。どの部屋もまだ寝静まっているようだが、階下からはわずかに人のざわめきが感じられた。厨房では、そろそろ朝食の準備が始まっているのだろう。
朝早くからお疲れ様です、と心の中でその人たちを労いながら、ロウと二人で宿を出て、黎明の街を歩いていく。まだ日は昇ってはいないが、それでもあちこちで人が起きはじめているようだ。見上げる空は、濃紺から藍色に変わり、東は黄金に染まり始めている。
「どこに行くの?」
「ついてからの楽しみにしておけ」
向かっているのは東にある門だ。そこに辿りつくころには太陽が地平から頭を出し、それに合わせて目の前で頑丈な門扉が開かれる。
「おはようございます。早くからお仕事、お疲れ様です」
「おはよう――お前たちも早いな。狩りか?」
「まぁ、そんなところだ」
何度か顔を合わせた事がある門番さんと言葉を交わし、街の外に出る。
てっきりそのまま、目の前に延びている街道を進むのかと思ったら、ロウはそこから外れて歩き始めた。
「そっち?」
「ああ。この先に、貸し馬がいる」
貸し馬ってことは、今日は馬に乗るのだろうか?
「で、でも、ロウ。私、一人じゃ馬に乗れないよ?」
「それくらいわかっている。俺の後ろにつかまっているだけでいい」
ううむ……先の事を全部お任せしてるのはガルドさんの時と同じなのだけど、ガルドさんにあちこち連れていかれている時はワクワクしていたのに対して、ロウの場合はドキドキにちょっとビクビクが混じってる感じだ。いや、ロウの事を信用していないって意味じゃないんだけど、あんまり真反対な状況になっているので、まだそれについていけてないんだよ。
街道から少し外れたところに、小さな牧場というか、囲いがあってそこがロウの言う『貸し馬屋』さんだった。前もって話が付いていたようで、直ぐに囲いの中から体の大きな一頭が連れてこられる。既にハミもつけられて、背中には見たことのない形の鞍が乗っかっていた。
「これ?」
「ああ。生憎ここには二人乗りの鞍がなかったらしい。仕方がないから、俺の手持ちを付けてもらっておいた」
「鞍って言うか、絨毯……クッション?」
「狄族の好む形だ。乗り心地は保証する」
あー、何かで読んだ覚えがあるな。モンゴルだったかスキタイだったか、そんな人たちが昔使っていたって言うのに似てる。厚く織られた絨毯みたいなのに、鐙がくっついている形をしている。確かに、これなら二人で乗っても充分な広さがありそうだ。
「さて、行くぞ。最初は少し飛ばす。しっかりつかまっていろ」
「え? きゃっ!」
ひょいって感じで、腰を抱えられて、馬の背に押し上げられる。突然の事で泡を食っていたら、直ぐに目の前にロウの背中が出現する。咄嗟にそれにしがみつくと、微妙に手の位置を変えられて、そして――。
「叭っ!」
両足で馬の腹を蹴ったかと思うと、いきなり走り出した。
「ロ、ロウっ?」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
初心者乗っけて、いきなり爆走とか無茶です! けど、そう抗議する暇もなく、あっという間に貸し馬屋も、その隣にあるハイディンの城壁すら遠くなっていく。
最初はロウの背中にしがみつくだけで精一杯だったんだけど、それでも少し経つと周囲を見回す余裕も出てきた。速度も本気(?)で飛ばしていたのは最初だけだったようで、しばらく行くとややゆっくりになってきた所為もある。馬を走らせ始めてちょっとしたあたりで、太陽も完全に上って来たから、周りの様子もよく見える。方角は北を目指しているようだ。街道から外れて、何も遮るものの無い草原の中を走っていく。
「凄いねっ。こんな遠くに来たのは、初めてだよ」
三人で狩りに行く時は徒歩で、しかもその日の日暮れまでには戻ってこないといけないから、自然と行動範囲も限られてくる。けど、今日は馬で二人きりだから、あっという間にその範囲を突破している。思ったよりも馬の背中は揺れなくて、お尻の下にあるクッションがいい仕事をしてくれているのもあって、少しなら話をすることも出来た。
「あまり遠出をさせたことはなかったからな……もう少し行った所で休んで、そこで朝飯にしよう」
「うん」
その言葉と同時に、更に馬の速度が落ちた。後ろにしがみついている私には何をどうやっているのかよく見えないんだけど、ロウが軽く手足を動かすだけで、魔法みたいに馬が言うことをきいている。流石は騎馬民族出身だ。
やがて、馬が散歩するくらいの速度になり、草原の中に数本、寄り添うようにして生えている木の側でぴたりと止まった。
「ほら、手を出せ」
先にロウが馬から降りて、その木に手綱をつなぐ。その後で私に手を差し伸べてくれたので、有り難くそれにすがって降ろしてもらった。
「ありがとう……って、えっ?」
周囲を見渡しながら、一歩、足を踏み出そうとしたところで、何故かがくんと膝が折れる。
「あれしきでそれか」
「わ、笑わないでよっ。初心者なんだから、仕方ないでしょ」
自分じゃ意識してなかったけど、足腰に結構力が入ってたみたいだ。ロウがまだ手をつないでくれてなかったら、転んでいたかもしれない。その手にすがって、よたよたと歩いて、木の根元に腰を下ろした時にはほっとした。
「……まだ笑ってる」
クックッ、と小さく肩を震わせて笑い続けているロウに抗議する。馬なんてこの前の夏至祭でちょこっと乗っけてもらっただけで、本格的な乗馬はこれが人生初の経験なんです。慣れて無くて当たり前でしょ。
「す、すまん……しかし、これくらいでその様子となると、少し乗り方を教えたほうが良いな」
「そう言う事は、今じゃなくて最初に乗る前にやって欲しかったデス」
一応、怒った顔をして見せはしたけど、それも長くは続かない。だって、ロウが滅多にないほどの上機嫌なので、一人で起こっているのがなんだか阿呆らしくなってしまう。馬に乗れたのが、すごく楽しかったみたい。それに、久しぶりに私と二人きりだしね……と、ちょっと己惚れてみる。
朝食は、ロウが宿に頼んで作っておいてもらったようだ。地面に敷いた布の上に、見慣れた朝のメニューがずらりと並んでいく。いつもよりも量が多いような気がしたが、起きてから何も食べない状態でここまで来たからか、或いはこんな風にロウと差し向かいで外で食べるからなのか、ぺろりと平らげてしまった。
「美味しかった! ご馳走様でした」
「よく食ったな。まぁ、満足したのならよかった」
そう言うロウの方がたくさん食べていたくせに、と、少しふくれっ面をして見せたら、宥めるように手を伸ばして、私の髪を優しく梳いてくれる。
「お前はいつでも美味そうに喰う。見ていると気持ちがいい」
「ホントに美味しかったんだから、当たり前の事でしょ。それに、きちんと味わっていただかないと、食材になってくれた相手に申し訳ないし」
「そう言うセリフが素直に出てくるのがいいと言っているんだ」
「そう? そんな風に言われて育ってきたからかな?」
「良い育ち方をしてきたんだな、お前は」
お米でも、お野菜でも、お肉でも。全部他の『命』を頂くんだから、きちんと味わって、残さず食べなさいっていうのは、お母さんから――ひいては、おばあちゃんから躾けられたものだ。
だから、今のロウの言葉は、お母さんやおばあちゃんを褒められたみたいで嬉しくなる。
「ありがとうね、ロウ」
「礼を言われる覚えはないぞ?」
「良いの。私が嬉しかったんだから」
「……そう言う訳の分からんところもお前らしいが……」
不要領な顔になるロウがおかしくて、くすくすと小さな忍び笑いを漏らす。そんな私の頬を、朝の爽やかな風が優しくなでて通り過ぎていく。
「気持ちがいいね」
「ああ、まだ朝だからな。その内、もっと暑くなるだろうが……」
「こっちは、夏でも湿気が少ないから過ごしやすいよ」
「お前がいたところはそうではなかったのか?」
「うん。もっと湿気が多い気候だったよ。蒸し暑くて、夜もよく眠れないくらい。夏になる前は、長い雨の季節もあったし――ロウのところはどうだったの?」
「湿気は無かった――と言うよりも雨自体が少なかったな。乾いた風が吹いて、夏でも夜になれば凍えそうなほど冷え込んだものだ」
私はのんびりと座り込んだままで、細々と動いているロウを相手にとりとめのない会話を交わす。食べた後の片付けから何から、全部ロウがやってくれて、手伝おうとして手を伸ばしたら、『俺がやる』と言われてしまった。申し訳ない気がするのだけど、そうやって私の世話をするのが妙に楽しそうなので、甘えておくことにした。
大した時間もかからずに片付けが終わった後で、ロウが私の隣に座って来る。腕を伸ばして私の肩に回すと、そっと抱き寄せてきたので、逆らわずに上半身を持たせかけた。そのまま、会話も途切れて、見るともなしに周りの景色を眺める。
背の低い夏草が、一面に大地を覆っている。あちらこちらに灌木の茂みがあり、私達がその木陰で休んでいるような、背の高い木が固まって生えている場所もいくつか見受けられる。地形はおおむね平坦なのだけど、それでも小さな丘や、窪みになった場所もあって、ハイディンの城壁はとっくの昔に見えなくなっていた。聞こえるのは風が木の葉を揺らす音と、遠くで鳴き交わす鳥の声だけだ。人の気配など、何所を探しても感じられない。
「静かだね」
「ああ」
そろそろまた出発しなくてもいいのだろうか? と、ちらっと思いはしたが、こうやっているのが心地よくて積極的に動く気になれない。ロウも私と同じように、少しぼんやりしたような目で周囲を眺めている。
「……こうしていると、思い出すな」
主語の無いつぶやきだったけど、すぐにその意味に思い当たる。だって、私も同じことを考えていたから。
「あの時は夜だったけどね」
「ああ」
「私は緊張してガチガチになってた」
「その割には、すぐに寝入っていたがな」
私がこちらに来た日。そして、ロウと出会った日の事だ。朝と夜の違いはあっても、あの時もこんな風に二人して木の下に座り込んで、互いに身を寄せ合っていた。
「まだあれから二か月ちょっとしか経ってないんだよね。なんだか、もっと前の事みたいに感じるよ」
「随分と、濃い二月だったから、そう思えるんだろう」
肩を抱いていた手が動いて、私の髪をさらりと撫でる。更に引き寄せられ、その意図を悟って目を閉じると、口づけが降って来る。唇が触れ合うだけの優しくソフトなそれを、何度も何度も繰り返す。
「あの時は、お前とこんな事ができるとは、思ってもいなかった」
「いきなりの下僕宣言だったからね。あれには驚いたよ」
「一生をお前に捧げる――そう誓ったのは今も変わらんぞ?」
「うん。ただし、下僕じゃなくて旦那様として、ね」
「ああ」
口づけの合間に、そんな会話を交わす。なんというか、ものすごくいいムードになっていて、もし、この場で押し倒されたら、受け入れちゃっていたかもしれない。その場合、午前中から、しかもとことんまで開けっ広げな場所での××という、前代未聞の初体験になっていただろうけど、幸いにもそこまでされることはなかった――残念だ、とかは絶対に思ってないってば。
まぁ、このムードがその先も続いていれば、その限りではなかったのかもしれないけど、意外な存在がそれを中断させてくれた。
「……そろそろいくか。あいつも退屈のようだ」
ここまで乗って来た馬が、草を食むのにも飽きたらしく、ぶるるっと嘶きを上げ、それで二人共、我れに返る。
「もうしばらく行った先に、泉が湧いているところがある」
「そこが最終目的地?」
「その予定だ――その前に、お前に少し馬に乗るコツを教えねばならんな」
「うん、よろしくお願いします」
馬の背中に押し上げられ、太ももで馬の胴体を締めるようにするとか、重心は後ろじゃなくて少し前においておくとか――簡単なレクチャーを受けた後、再び走り始める。速足と駆け足を交互に交えながら、体感で二時間くらいかな? 馬の足元に細いせせらぎが現れて、それを辿っていくと小さな森と言うか林が見えてくる。どうやら、あの中に源泉がある様だ。
「ここ?」
「ああ。前に一度だけきたことがある。無事に辿りつけたようだ」
一回だけって……それを聞いて目を丸くする。目印になるようなものは何もないのに、ここまでほぼ一直線に来たよね? 物凄い方向感覚だ。GPSでも搭載してるんじゃないだろうな。
半ば呆れ、半ば驚嘆しつつ、馬の背に揺られながらその奥に入って行く。場所が場所だけに、滅多なことでは人は近づかないんだろう。踏み固められた道みたいなものは無くて、木と木の間を縫うようにして進んだ先に、澄んだ水をたたえた泉があった。
「……綺麗だね、すごい綺麗」
自分の語彙の乏しさが恨めしい。泉はだんだんと深くなっていく構造で、水辺の近くはぽっかりと木々も絶えて、背の短い草に覆われていた。夏の日差しを遮る物は無くて、きらきらと水面が輝いている。途轍もなく透明度が高い様で、目を凝らせばその中央から滾々と新しい水が湧き出ているのさえ見えた。
これぞ正にファンタジー! と叫びたくなるような、幻想的な風景だ。
「気に入ったか?」
「うん、すごく! 連れてきてくれてありがとう、ロウっ」
こんな風景を実際に見られるとは思ってもいなかった。連れてきてくれたロウに感謝だ。私が余程うれしそうな顔をしていたのだろう、ロウの顔にもほっとしたような、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
ロウの手を借りて馬から降りた後――せっかくレクチャーを受けたにも関わらず、やはり最初は足腰が立たなくて、しばらく座り込んでしまったのだけど――泉のそばまで行って、そのほとりにしゃがみこむ。
「この水、飲めるよね?」
「大丈夫だ。前の時も飲んだ」
「じゃ、ちょっと失礼して……」
両手を揃えて、澄んだ水の中に差し入れる。思ったよりも冷たくて、けど、その冷たさが夏の日差しの中を進んできた肌に気持ちいい。そっと掬い取った水に口を付けると、冷たくて甘い。あの日に飲んだ『安地』のほとりを流れていた小川の水と同じ味がした。
「落ち着いたら昼飯にするぞ」
「はーい」
さっき朝食を食べたばかりの気がするんだけど、もうお腹がペコペコだ。乗馬って、意外と体力を必要とする様だ。でも、すごく楽しかったから、私も一人で乗れるようになりたいな――そう言ったら、ロウがまたもものすごくうれしそうな顔をする。
「お前が望むならいくらでも教えよう。放浪者としても必須の技術だしな」
「うん、お願いします。そしたら、後ろに乗っけてもらうんじゃなくて、ロウと並んで走れるね」
「それはそれで惜しいような気もするが……」
どこのバカップルですか、的な会話も、他に人がいなければ問題ないよね。
昼食後は、私はまた泉の側にいって、一瞬たりとも同じ波紋を描かずに湧き出す水に、うっとりと見惚れていた。ロウは少し呆れている様子だが、都会っ子だった私にしてみれば、いくら見ても見飽きることがない。
それにしてもこの水って、泳いだらものすごく気持ちよさそうだ。じりじりと照り付ける日差しが余計にそう思わせるんだろうけど、流石に水着なんて持ってきてない。予め教えてもらえれば用意したのに……いや、待て。そもそも、こっちに水着ってあるんだろうか?
そんなことを考えていたら、またもロウに読まれたようで、とんでもない提案がその口から飛び出した。
「水に入りたければ入ったらどうだ?」
「え、でも……」
「ここは俺とお前以外に誰もいない。肌を晒しても気にすることもないだろう?」
それって……つまり裸になれと、そうおっしゃってます?
「明日は夜明けに出る。今夜は早寝しておけ」
寝不足が二日続いていたので、早寝は大歓迎です。朝寝坊の方がもっと嬉しいんだけど、そんな自堕落なことを許してくれるロウではないから、こっちで満足しておきます。
「了解。それで、何か必要なものある?」
「いや、お前は何も持たなくていい。魔倉もおいていけ」
あら、今回もそれですか。しかし、ガルドさんと『ご褒美』のリクエストも一緒、『何も持たなくていい』って言うのも一緒とは……まさか中身まで一緒だったり?
昨日のガルドさんをロウに置き換えてちょっと想像してみる。女性もののアクセやコスメを選んだり、ドレスを見立ててくれたり、いいムードのお店に私をエスコートしたりするロウ……誰、これ? こんなの私の知ってるロウじゃない! そんなことをしたのを直ぐに後悔した。鳥肌まで立っちゃったよ。
「……何を百面相している?」
「な、なんでもないよっ! えっと……んじゃ、開始は明日の夜明けってことで、そこから一日だよね?」
うっかり顔に出ていたらしく、不審そうに聞いてこられて冷や汗が出た。急いで誤魔化したけど、危ないったらありゃしない。あんなことを考えていたと知れたら、どんなお仕置きが来るかわからない。
幸いにも、ロウは他に何やら気を取られている様子だったので――明日の事かな? ――それ以上、追及されることはなかった。
「そういうことだ。戻るのは少し遅くなるかもしれんが……それでいいか、ガルド?」
「おう、そこまで細けぇ事は言わねえよ。けど、結局、レイちゃんの『ご褒美』が最後になっちまったな」
「気にしなくていいよ。準備もあったし、一番最後になったらなったで、その分も併せて、楽しませてもらうから」
「なんだか、怖ぇな」
「……お手柔らかに頼むぞ?」
そんなことを言い合って、ロウの言葉通りにその夜は早めに寝た。
「起きろ、レイ」
「うーん……も、朝……?」
ぐっすり眠っていたところを、ロウに揺り起こされる。早寝したはずなのにまだ眠いって、どれだけ早く起こされたんだろう? そっと体を起こせば、窓にはまった鎧戸の向こうはまだ闇に閉ざされている。
「何時?」
「知らん。だが、もうすぐ日が昇る頃だ」
「よぉ、起きたか、レイちゃん」
どうやら、寝ていたのは私だけの様だ。ロウは勿論、ガルドさんもすでに着替えを済ませている――って、なんでガルドさんまで?
「レイちゃんが出かけるのに、ぐうすか寝てるわけにもいかねぇだろ」
「見送るために起きてくれたの?」
「それもあるが、明日までレイちゃんに会えねぇだろ? だから、その補給だな」
そう言って、寝起きでまだ顔も洗っていない私の頬に、ちゅっとキスしてくる。
「おい、今日は俺がレイを独占するはずだぞ」
「まだ夜明け前だっつーの。お前の権利は、夜が明けてからだろ」
「もう明ける。レイに触れるな」
「器のちいせぇ男だな。いいじゃねぇか、もうちょっと……」
寝起きでぼーっとしてたら、目の前でじゃれ合いが始まりそうになり、ちょっと焦る。
「しぃっ! まだみんな寝てるんだから――顔洗って着替えてくるから、二人とも大人しく待っててね」
そう言いおいて、隣にあるお風呂場で手早く身支度を整える。ロウに、『動きやすい服装で』って言われてるから、いつもの放浪者ルックだ。ただ、今日は狩りが目的じゃないから、杖はもっていかないことになっている。ローブはどうしよう? 夏だから、無くても寒いわけじゃないけど……少し悩んだ後、ロウに訊けばいいのだと気が付いた。
「ロウ、ローブはどうしようか?」
「今日は街の外に出る。着ていたほうが良いだろう」
「了解」
ほー、今日は街の外でのデートになるのか。ピクニック系かな?
そんなことを考えながら、着替えを済ませて二人の待つ部屋へと戻る。
「お待たせ」
「できたか。では、出かけるぞ」
「はい。それじゃ、行ってきますね、ガルドさん」
「おう、いってきな。レイちゃん、ロウ」
ガルドさんに挨拶を済ませてから、足音に気を付けながら一階に降りていく。どの部屋もまだ寝静まっているようだが、階下からはわずかに人のざわめきが感じられた。厨房では、そろそろ朝食の準備が始まっているのだろう。
朝早くからお疲れ様です、と心の中でその人たちを労いながら、ロウと二人で宿を出て、黎明の街を歩いていく。まだ日は昇ってはいないが、それでもあちこちで人が起きはじめているようだ。見上げる空は、濃紺から藍色に変わり、東は黄金に染まり始めている。
「どこに行くの?」
「ついてからの楽しみにしておけ」
向かっているのは東にある門だ。そこに辿りつくころには太陽が地平から頭を出し、それに合わせて目の前で頑丈な門扉が開かれる。
「おはようございます。早くからお仕事、お疲れ様です」
「おはよう――お前たちも早いな。狩りか?」
「まぁ、そんなところだ」
何度か顔を合わせた事がある門番さんと言葉を交わし、街の外に出る。
てっきりそのまま、目の前に延びている街道を進むのかと思ったら、ロウはそこから外れて歩き始めた。
「そっち?」
「ああ。この先に、貸し馬がいる」
貸し馬ってことは、今日は馬に乗るのだろうか?
「で、でも、ロウ。私、一人じゃ馬に乗れないよ?」
「それくらいわかっている。俺の後ろにつかまっているだけでいい」
ううむ……先の事を全部お任せしてるのはガルドさんの時と同じなのだけど、ガルドさんにあちこち連れていかれている時はワクワクしていたのに対して、ロウの場合はドキドキにちょっとビクビクが混じってる感じだ。いや、ロウの事を信用していないって意味じゃないんだけど、あんまり真反対な状況になっているので、まだそれについていけてないんだよ。
街道から少し外れたところに、小さな牧場というか、囲いがあってそこがロウの言う『貸し馬屋』さんだった。前もって話が付いていたようで、直ぐに囲いの中から体の大きな一頭が連れてこられる。既にハミもつけられて、背中には見たことのない形の鞍が乗っかっていた。
「これ?」
「ああ。生憎ここには二人乗りの鞍がなかったらしい。仕方がないから、俺の手持ちを付けてもらっておいた」
「鞍って言うか、絨毯……クッション?」
「狄族の好む形だ。乗り心地は保証する」
あー、何かで読んだ覚えがあるな。モンゴルだったかスキタイだったか、そんな人たちが昔使っていたって言うのに似てる。厚く織られた絨毯みたいなのに、鐙がくっついている形をしている。確かに、これなら二人で乗っても充分な広さがありそうだ。
「さて、行くぞ。最初は少し飛ばす。しっかりつかまっていろ」
「え? きゃっ!」
ひょいって感じで、腰を抱えられて、馬の背に押し上げられる。突然の事で泡を食っていたら、直ぐに目の前にロウの背中が出現する。咄嗟にそれにしがみつくと、微妙に手の位置を変えられて、そして――。
「叭っ!」
両足で馬の腹を蹴ったかと思うと、いきなり走り出した。
「ロ、ロウっ?」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
初心者乗っけて、いきなり爆走とか無茶です! けど、そう抗議する暇もなく、あっという間に貸し馬屋も、その隣にあるハイディンの城壁すら遠くなっていく。
最初はロウの背中にしがみつくだけで精一杯だったんだけど、それでも少し経つと周囲を見回す余裕も出てきた。速度も本気(?)で飛ばしていたのは最初だけだったようで、しばらく行くとややゆっくりになってきた所為もある。馬を走らせ始めてちょっとしたあたりで、太陽も完全に上って来たから、周りの様子もよく見える。方角は北を目指しているようだ。街道から外れて、何も遮るものの無い草原の中を走っていく。
「凄いねっ。こんな遠くに来たのは、初めてだよ」
三人で狩りに行く時は徒歩で、しかもその日の日暮れまでには戻ってこないといけないから、自然と行動範囲も限られてくる。けど、今日は馬で二人きりだから、あっという間にその範囲を突破している。思ったよりも馬の背中は揺れなくて、お尻の下にあるクッションがいい仕事をしてくれているのもあって、少しなら話をすることも出来た。
「あまり遠出をさせたことはなかったからな……もう少し行った所で休んで、そこで朝飯にしよう」
「うん」
その言葉と同時に、更に馬の速度が落ちた。後ろにしがみついている私には何をどうやっているのかよく見えないんだけど、ロウが軽く手足を動かすだけで、魔法みたいに馬が言うことをきいている。流石は騎馬民族出身だ。
やがて、馬が散歩するくらいの速度になり、草原の中に数本、寄り添うようにして生えている木の側でぴたりと止まった。
「ほら、手を出せ」
先にロウが馬から降りて、その木に手綱をつなぐ。その後で私に手を差し伸べてくれたので、有り難くそれにすがって降ろしてもらった。
「ありがとう……って、えっ?」
周囲を見渡しながら、一歩、足を踏み出そうとしたところで、何故かがくんと膝が折れる。
「あれしきでそれか」
「わ、笑わないでよっ。初心者なんだから、仕方ないでしょ」
自分じゃ意識してなかったけど、足腰に結構力が入ってたみたいだ。ロウがまだ手をつないでくれてなかったら、転んでいたかもしれない。その手にすがって、よたよたと歩いて、木の根元に腰を下ろした時にはほっとした。
「……まだ笑ってる」
クックッ、と小さく肩を震わせて笑い続けているロウに抗議する。馬なんてこの前の夏至祭でちょこっと乗っけてもらっただけで、本格的な乗馬はこれが人生初の経験なんです。慣れて無くて当たり前でしょ。
「す、すまん……しかし、これくらいでその様子となると、少し乗り方を教えたほうが良いな」
「そう言う事は、今じゃなくて最初に乗る前にやって欲しかったデス」
一応、怒った顔をして見せはしたけど、それも長くは続かない。だって、ロウが滅多にないほどの上機嫌なので、一人で起こっているのがなんだか阿呆らしくなってしまう。馬に乗れたのが、すごく楽しかったみたい。それに、久しぶりに私と二人きりだしね……と、ちょっと己惚れてみる。
朝食は、ロウが宿に頼んで作っておいてもらったようだ。地面に敷いた布の上に、見慣れた朝のメニューがずらりと並んでいく。いつもよりも量が多いような気がしたが、起きてから何も食べない状態でここまで来たからか、或いはこんな風にロウと差し向かいで外で食べるからなのか、ぺろりと平らげてしまった。
「美味しかった! ご馳走様でした」
「よく食ったな。まぁ、満足したのならよかった」
そう言うロウの方がたくさん食べていたくせに、と、少しふくれっ面をして見せたら、宥めるように手を伸ばして、私の髪を優しく梳いてくれる。
「お前はいつでも美味そうに喰う。見ていると気持ちがいい」
「ホントに美味しかったんだから、当たり前の事でしょ。それに、きちんと味わっていただかないと、食材になってくれた相手に申し訳ないし」
「そう言うセリフが素直に出てくるのがいいと言っているんだ」
「そう? そんな風に言われて育ってきたからかな?」
「良い育ち方をしてきたんだな、お前は」
お米でも、お野菜でも、お肉でも。全部他の『命』を頂くんだから、きちんと味わって、残さず食べなさいっていうのは、お母さんから――ひいては、おばあちゃんから躾けられたものだ。
だから、今のロウの言葉は、お母さんやおばあちゃんを褒められたみたいで嬉しくなる。
「ありがとうね、ロウ」
「礼を言われる覚えはないぞ?」
「良いの。私が嬉しかったんだから」
「……そう言う訳の分からんところもお前らしいが……」
不要領な顔になるロウがおかしくて、くすくすと小さな忍び笑いを漏らす。そんな私の頬を、朝の爽やかな風が優しくなでて通り過ぎていく。
「気持ちがいいね」
「ああ、まだ朝だからな。その内、もっと暑くなるだろうが……」
「こっちは、夏でも湿気が少ないから過ごしやすいよ」
「お前がいたところはそうではなかったのか?」
「うん。もっと湿気が多い気候だったよ。蒸し暑くて、夜もよく眠れないくらい。夏になる前は、長い雨の季節もあったし――ロウのところはどうだったの?」
「湿気は無かった――と言うよりも雨自体が少なかったな。乾いた風が吹いて、夏でも夜になれば凍えそうなほど冷え込んだものだ」
私はのんびりと座り込んだままで、細々と動いているロウを相手にとりとめのない会話を交わす。食べた後の片付けから何から、全部ロウがやってくれて、手伝おうとして手を伸ばしたら、『俺がやる』と言われてしまった。申し訳ない気がするのだけど、そうやって私の世話をするのが妙に楽しそうなので、甘えておくことにした。
大した時間もかからずに片付けが終わった後で、ロウが私の隣に座って来る。腕を伸ばして私の肩に回すと、そっと抱き寄せてきたので、逆らわずに上半身を持たせかけた。そのまま、会話も途切れて、見るともなしに周りの景色を眺める。
背の低い夏草が、一面に大地を覆っている。あちらこちらに灌木の茂みがあり、私達がその木陰で休んでいるような、背の高い木が固まって生えている場所もいくつか見受けられる。地形はおおむね平坦なのだけど、それでも小さな丘や、窪みになった場所もあって、ハイディンの城壁はとっくの昔に見えなくなっていた。聞こえるのは風が木の葉を揺らす音と、遠くで鳴き交わす鳥の声だけだ。人の気配など、何所を探しても感じられない。
「静かだね」
「ああ」
そろそろまた出発しなくてもいいのだろうか? と、ちらっと思いはしたが、こうやっているのが心地よくて積極的に動く気になれない。ロウも私と同じように、少しぼんやりしたような目で周囲を眺めている。
「……こうしていると、思い出すな」
主語の無いつぶやきだったけど、すぐにその意味に思い当たる。だって、私も同じことを考えていたから。
「あの時は夜だったけどね」
「ああ」
「私は緊張してガチガチになってた」
「その割には、すぐに寝入っていたがな」
私がこちらに来た日。そして、ロウと出会った日の事だ。朝と夜の違いはあっても、あの時もこんな風に二人して木の下に座り込んで、互いに身を寄せ合っていた。
「まだあれから二か月ちょっとしか経ってないんだよね。なんだか、もっと前の事みたいに感じるよ」
「随分と、濃い二月だったから、そう思えるんだろう」
肩を抱いていた手が動いて、私の髪をさらりと撫でる。更に引き寄せられ、その意図を悟って目を閉じると、口づけが降って来る。唇が触れ合うだけの優しくソフトなそれを、何度も何度も繰り返す。
「あの時は、お前とこんな事ができるとは、思ってもいなかった」
「いきなりの下僕宣言だったからね。あれには驚いたよ」
「一生をお前に捧げる――そう誓ったのは今も変わらんぞ?」
「うん。ただし、下僕じゃなくて旦那様として、ね」
「ああ」
口づけの合間に、そんな会話を交わす。なんというか、ものすごくいいムードになっていて、もし、この場で押し倒されたら、受け入れちゃっていたかもしれない。その場合、午前中から、しかもとことんまで開けっ広げな場所での××という、前代未聞の初体験になっていただろうけど、幸いにもそこまでされることはなかった――残念だ、とかは絶対に思ってないってば。
まぁ、このムードがその先も続いていれば、その限りではなかったのかもしれないけど、意外な存在がそれを中断させてくれた。
「……そろそろいくか。あいつも退屈のようだ」
ここまで乗って来た馬が、草を食むのにも飽きたらしく、ぶるるっと嘶きを上げ、それで二人共、我れに返る。
「もうしばらく行った先に、泉が湧いているところがある」
「そこが最終目的地?」
「その予定だ――その前に、お前に少し馬に乗るコツを教えねばならんな」
「うん、よろしくお願いします」
馬の背中に押し上げられ、太ももで馬の胴体を締めるようにするとか、重心は後ろじゃなくて少し前においておくとか――簡単なレクチャーを受けた後、再び走り始める。速足と駆け足を交互に交えながら、体感で二時間くらいかな? 馬の足元に細いせせらぎが現れて、それを辿っていくと小さな森と言うか林が見えてくる。どうやら、あの中に源泉がある様だ。
「ここ?」
「ああ。前に一度だけきたことがある。無事に辿りつけたようだ」
一回だけって……それを聞いて目を丸くする。目印になるようなものは何もないのに、ここまでほぼ一直線に来たよね? 物凄い方向感覚だ。GPSでも搭載してるんじゃないだろうな。
半ば呆れ、半ば驚嘆しつつ、馬の背に揺られながらその奥に入って行く。場所が場所だけに、滅多なことでは人は近づかないんだろう。踏み固められた道みたいなものは無くて、木と木の間を縫うようにして進んだ先に、澄んだ水をたたえた泉があった。
「……綺麗だね、すごい綺麗」
自分の語彙の乏しさが恨めしい。泉はだんだんと深くなっていく構造で、水辺の近くはぽっかりと木々も絶えて、背の短い草に覆われていた。夏の日差しを遮る物は無くて、きらきらと水面が輝いている。途轍もなく透明度が高い様で、目を凝らせばその中央から滾々と新しい水が湧き出ているのさえ見えた。
これぞ正にファンタジー! と叫びたくなるような、幻想的な風景だ。
「気に入ったか?」
「うん、すごく! 連れてきてくれてありがとう、ロウっ」
こんな風景を実際に見られるとは思ってもいなかった。連れてきてくれたロウに感謝だ。私が余程うれしそうな顔をしていたのだろう、ロウの顔にもほっとしたような、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
ロウの手を借りて馬から降りた後――せっかくレクチャーを受けたにも関わらず、やはり最初は足腰が立たなくて、しばらく座り込んでしまったのだけど――泉のそばまで行って、そのほとりにしゃがみこむ。
「この水、飲めるよね?」
「大丈夫だ。前の時も飲んだ」
「じゃ、ちょっと失礼して……」
両手を揃えて、澄んだ水の中に差し入れる。思ったよりも冷たくて、けど、その冷たさが夏の日差しの中を進んできた肌に気持ちいい。そっと掬い取った水に口を付けると、冷たくて甘い。あの日に飲んだ『安地』のほとりを流れていた小川の水と同じ味がした。
「落ち着いたら昼飯にするぞ」
「はーい」
さっき朝食を食べたばかりの気がするんだけど、もうお腹がペコペコだ。乗馬って、意外と体力を必要とする様だ。でも、すごく楽しかったから、私も一人で乗れるようになりたいな――そう言ったら、ロウがまたもものすごくうれしそうな顔をする。
「お前が望むならいくらでも教えよう。放浪者としても必須の技術だしな」
「うん、お願いします。そしたら、後ろに乗っけてもらうんじゃなくて、ロウと並んで走れるね」
「それはそれで惜しいような気もするが……」
どこのバカップルですか、的な会話も、他に人がいなければ問題ないよね。
昼食後は、私はまた泉の側にいって、一瞬たりとも同じ波紋を描かずに湧き出す水に、うっとりと見惚れていた。ロウは少し呆れている様子だが、都会っ子だった私にしてみれば、いくら見ても見飽きることがない。
それにしてもこの水って、泳いだらものすごく気持ちよさそうだ。じりじりと照り付ける日差しが余計にそう思わせるんだろうけど、流石に水着なんて持ってきてない。予め教えてもらえれば用意したのに……いや、待て。そもそも、こっちに水着ってあるんだろうか?
そんなことを考えていたら、またもロウに読まれたようで、とんでもない提案がその口から飛び出した。
「水に入りたければ入ったらどうだ?」
「え、でも……」
「ここは俺とお前以外に誰もいない。肌を晒しても気にすることもないだろう?」
それって……つまり裸になれと、そうおっしゃってます?
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