元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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1巻

1-3

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 女の子が泣いてる声が聞こえる。
 あれは私だ。小学二年生の私。黒いワンピースを着て、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いている。この日は、おばあちゃんのお葬式だったからだ。
 おばあちゃんは、早くに旦那様をなくし、一人娘だったお母さんを女手一つで育て上げた。お父さんは入り婿むこで、おばあちゃんは新婚の娘夫婦に広い母屋おもやゆずり、自分は隣にあったお茶室を改装した離れで生活することにしたんだって。
 私は長女で、次の年に弟のとおるが生まれたこともあり、二人の育児で大変なお母さんの負担を減らすべく、主におばあちゃんに世話をされて育つことになる。
 おばあちゃんは優しくて、物知りで、急にお母さんと離された私をとても可愛がってくれた。一緒に絵本を読んだり、昔話やお母さんが子供の頃の話を聞かせてくれたり、裏の小さな畑で一緒にお野菜を作ったり――おかげで、私はおばあちゃんのことが大好きになりすぎて、おばあちゃんべったりっ子になってしまっていた。
 それを心配した両親は、私が四歳になったとき、さらに下に妹・加奈子かなこが生まれたこともあって、幼稚園に入れることを決める。当時の私は、半日とはいえおばあちゃんから離れるのが嫌で、えらく抵抗したらしい。が、所詮は幼児だ。最初は泣いたりわめいたりしていても、一月ひとつきもすると素直に行くようになったし、園でのお友達もそれなりにでき、両親もおばあちゃんも安心した。家に帰ったら、おばあちゃんべったりは変わらなかったけど。
 だから私はなんでもおばあちゃんに話した。
 幼稚園の出来事、お友達のこと、弟が生意気になってきて腹が立つこと、妹が可愛すぎて、離れがたくて、幼稚園に連れて行くって言ったらお母さんからダメって言われたこと……
 今日の晩御飯はおばあちゃんの好きな太刀魚たちうおの塩焼きだよ。
 お父さん、明日出張から帰ってくるけど、お土産はバームクーヘンなんだよ。
 そんなこともいっぱい話した。
 ただ……ユリ組の沙耶さやちゃんは、からしばらく幼稚園に来れなくなるんだよ。
 そんな報告をした日、おばあちゃんは珍しく怖い顔をした。

「そういうことは人に言ってはダメよ。もし次、同じようなことがあっても、おばあちゃん以外の人には絶対に言わないって約束してちょうだい」

 そう言うと、私の頭をでて小さなため息をついてから、つぶやくように続ける。

「玲ちゃんに伝わっちゃってたんだねぇ。つらい目にあわせるね、ごめんね」

 なんでおばあちゃんが謝るのか私にはわからなかった。でも、滅多にないおばあちゃんの真剣な口調と、その後の悲しそうな顔がひどく印象に残り、それ以来、私はおばあちゃんの言いつけを必ず守っていた。
 そして、おばあちゃんの呟き――ごめんね、の意味がわかったのは小学二年生に上がったばかりの頃だ。
 二時間目の国語の授業中、指名されたクラスメートが教科書を読んでいて、それに合わせて文字を目で追っていたら、いきなりがやって来る。
 ――おばあちゃんが死ぬ。
 体が凍りつくかと思った。あまりの衝撃に、頭の中が真っ白になり、しばらくそのまま固まって、その後私は盛大に泣き出してしまう。
 先生も友達も驚いて、なんで泣くのか聞いてきたけど、理由を話したりはできない。おばあちゃんと約束してたし、なによりそんなことを言葉にしたら、今すぐそれが本当になりそうで怖かった。泣き続けているうちに保健室に連れて行かれ、家にも連絡が入ったらしく、お母さんが迎えに来てくれる。
 お母さんの顔を見ても泣き止まず、帰りの車の中でも泣きっぱなし。なにを聞いても、首を振るだけで答えない。お母さんも困っただろう。そして、私になにか困ったことがあったときは自動的におばあちゃんの出番になるのが、うちの暗黙のルールだった。
 家に帰り着くと、私とお母さんは、母屋おもやではなくおばあちゃんのいる離れに直行する。
 顔を見るなり、私はおばあちゃんにしがみついた。死んでも離すもんか、な勢いで……その私の様子におばあちゃんは顔をしかめ、しばらく考えていたようだったが、お母さんに母屋に戻って二人きりにしてくれるように言った。
 そして、二人きりになると、おばあちゃんはしゃがんで私と同じ高さになり、しっかりと目を合わせて聞いてきた。

「また、なにか『見えた』のね。なにが『見えた』の?」

 でも、聞かれても答えられない。絶対に言えない、って思った。激しい勢いで首を振り、唇をギュッと引き結び、ぽろぽろと涙をこぼしている私に、おばあちゃんは優しい声で言う。

「おばあちゃんのことが『見え』ちゃったのかな?」

 ぎょっとして涙が止まる。真っ青になった私を、おばあちゃんはギュッと抱きしめてくれた。

「いいのよ、玲ちゃんはなにも悪くないの。おばあちゃん、ちゃんと知ってるから。玲ちゃんと一緒にいられるのはあとちょっとだけど、おばあちゃんはずっとずっと玲ちゃんのことが大好きよ」

 抱きしめられて、笑顔でやさしく語りかけてもらって、私はもう一度大きな声で泣き出した。そのときの気持ちを思い出すと、今でも涙が出そうになる。悔しくて、悲しくて、どうしようもなく自分が無力に思えた。おばあちゃんがなんで笑っていられるのかわからない。
 おそらく、そのときが初めてだったんだろうと思う。『自分の力』が怖く感じると同時に、なんでこんなものが『見えて』しまうのかと、怒りにも似た感情が湧き上がってきたのは。
 だけど、その恐怖や怒りをぶつける先なんかあるはずもなく、一人で心の中に抱え込んだまま、その日から、私はおばあちゃんと一緒に離れで寝起きするようになった。そして、学校に行っている時間を除いて、おばあちゃんと私は、今まで以上にいろいろなことを話す。

「玲ちゃんは、まだ小さいからおばあちゃんのお話は難しいかもしれないけど、大人になるまで覚えていてくれたらきっとわかるからね」

 そう言われたので、頑張って覚えたけど、忘れたのもあるかもしれない。
 そのお話の間に、おばあちゃんは私に一つの指輪をくれた。それが私が死んでまもなく見えた光の色に似ていると思ったあの指輪だった。

「おばあちゃんも、おばあちゃんのおばあちゃんからもらったのよ。その人もね、見える人だったの。おばあちゃんの力のことも知っていて、亡くなる前にくださったのよ。『お守りよ』って。だから今度はおばあちゃんから玲ちゃんにあげる。大切にしてね。そして、玲ちゃんが大人になって子供を産んで、もしその子も……だったら、これを渡してね」

 まだ子供だった私にはぶかぶかだったけど、光の加減でさまざまな色をきらめかせるその指輪は、私の一生の宝物になった。
 そして、二カ月後。梅雨つゆの季節。下校して離れに戻った私が、居間のソファに座って冷たくなっていたおばあちゃんを発見する。脳梗塞のうこうそくだったそうだ。痛みや苦しみはなかったのか、いつも通りの穏やかな表情に見える。お葬式ではみんなも私もいっぱい泣いた。泣きながら、おばあちゃんの声が聞こえたような気がする。

「大好きよ、玲ちゃん。玲ちゃんのお父さんもお母さんも、徹も加奈子もみんな大好き。そんな大好きで大切なみんなに囲まれて、おばあちゃんはとっても幸せだったわ。だから、玲ちゃんもあんまり泣かないでね」

 泣くな、なんて言われても無理だ。けど、ほんのちょっとだけ、その涙の勢いが弱まった気はする。だけど、やっぱり寂しくて悲しくて――悔しいのは変わりなかった。
 どうして自分にはこんな力があるのか、なんで見たくもないものが見えてしまうのか……大好きな人の死なんて、誰が知りたいと思う? しかも、見えるだけで、それをどうすることもできないんだよ――こんな力、ほしくない。大切な人を失う未来なんて、見たくない。
 その感情は、その後もずっと私の心の中にわだかまり続けて、私の人生に影を落とし続けることになった。だから、結婚なんて考えられない。私はずっと一人で生きて行こうと決意した。私自身の『死』を知り、それが訪れたあのときまで。


 目が覚めたら、ほっぺたが涙でびしょびしょに濡れていた。夢を見て泣くなんて初めてじゃないだろうか。さらに言えば、夢の中におばあちゃんが出てきたのも初めてだということに気づく。あんなに大好きだったのに、今まで一度もおばあちゃんは夢に出てきてはくれなかった。

「起きたか?」

 夢の余韻よいんを引きずって、ぼーっとしてたところへ声がかけられる。お父さんでも弟でもない男性の声にぎょっとして、それから思い出す……ロウだ。

「お、起きたよ。おはよう。ごめん、寝坊した」

 木の根っこを枕代わりにして寝てたようだ。報告、あいさつ、謝罪をいっぺんにしながら起き上る。んーっと伸びをすると、むき出しの地面で寝ていた割に、体はそれほどこわばってないのがわかった。柔らかい下草があったからなのか……若いから、なんて理由はアラサーであった前世をなげきたくなるから断固として却下する。

「体の調子はどうだ?」
「んー? 普通、かな。自分じゃ異常は感じないよ。ロウこそ、大丈夫? ちゃんと寝た?」
「ああ、なんともないし、しっかり休んだ。前より調子がいいくらいだ」

 瀕死になったダメージは全くない、ということか。本当に良かったと思う。
 しかし、ロウが先に起きていたってことは、私が寝ながら泣いてたのを見られたんだろうな。
 けど、それについてはなにも触れず、ロウは代わりにこう言った。

「顔を洗いたいだろう? 昨日の川に行くぞ」
「あ、うん! すぐ用意するね」

 そういえば昨夜は顔も洗わず寝ちゃったんだった。化粧水とかもつけなかったし、やばい、お肌が……と思いきやつるっつるのすべすべじゃないか、うれしいけど悔しい! 
 とはいえ、もちろん顔は洗いたい。すっかり取りまぎれて昨日は忘れていたけど、重要なことを確認していなかったのを思い出す。用意といったって、立ち上がってパンパンとローブについた土や草を払うだけで終わる。昨日はやぶを払うのに大変活躍してくれた杖を右手に持って、準備完了だ。
 昨日と同じルートを辿たどり、ほどなく、あの小川のあたりに着く。
 危険な反応がないのはサーチで確認済みだから、早速、水の流れに手を入れて顔を洗って、うがいをする。そして、今度こそ忘れずに小さな鏡に自分の顔を映してみる。これは魔倉の中から発掘はっくつしたもので、昨日もチャンスがあったというのに、きれいに忘れてしまっていた。

「――なにこれ! これが私? すごい美人じゃない!」
「なにを今さら……」

 あきれたようにロウが言うが、そんなことには構ってはいられなかった(でも、ロウも美人だと思ってた、っていうのは頭の隅でしっかりチェックさせていただきました)。
 まっすぐな黒髪にふちどられた小さな顔。きれいなアーチを描く細い眉。目はぱっちりとした二重で、瞳はやや青みがかった深い色だった。鼻はすらりとして高く、唇はちょっと小さ目。肌は手触り通りにきめ細かく、吹き出物とかも一切ない。全体的に彫りが深く、のっぺりとした典型的日本人顔だった前の私とは全然違うエキゾチックな美女……というより美少女? 年齢は二十歳前後だろうか。
 これって、なんのご褒美ですか、神様っ!
 鏡に映る自分を、食い入るように見つめる。大きく口を開けたり、おちょぼ口にしてみたり、笑ったり、しかめっつらや、いーってしてみても、なにをやっても、鏡に映る『私』も同じ顔をする。

「ほんとに私……なんだね、これ」
「頭がおかしくなったのかと思ったぞ、俺は」

 一部始終を見ていたロウがぼやくが、仕方ないと思ってください。お昼のテレビでよくある企画でさ、すっぴんぼさぼさ頭で普段着の人に、カリスマ美容師や凄腕すごうでエステティシャン、一流ファッションコーディネーターなんていう人たちが、よってたかって変身させるのがあるでしょ? 
 あれもたいがいすごいと思うんだけど、私の身に起きたのはそれ以上だ。なんてったって、土台から変わってるんだもの。
 ロウに呆れられてるのはわかってたけど、なおも鏡を近づけたり遠ざけたりして、何度も何度も確認する――『こちらの私』を。そして思う。
 本当に『あっちの私』はいなくなっちゃったんだ、って。
 頭では理解してたつもりだったけど、実際に目で見て確認して、やっと実感が追いついてきた感じだ。いけない、涙が出そうだ。てか、もう出てるし。

「ロウ……私、死んじゃったんだね」
「は?」
「もうお母さんに会えないんだ。徹や加奈子にも、お父さんにも、よりちゃんにもリッコにもエイちゃんにも、やまさんや時雨しぐれさん、石井いしいさん、戸田とだのおっちゃん、佐藤さとうのおばちゃん……」

 家族や友達、職場のみんなに、最後のあいさつもできなかった。あの日が最後だってわかってたら、せめて一言、ありがとう、って言いたかったのに。
 わぁーっと私は泣いた。エキゾチック美女にふさわしい泣き方じゃないだろうけど、中身は私なんだから仕方がない。泣いて泣いて、しゃくりあげて、泣き疲れて休んで、それでもまだ泣いた。頭でっかちな理解が、感情に――心にちゃんとしみこむまで。
 かなり長い時間、泣き続けて、疲れ切って、最後にふぅ……と大きくため息をつく。

「……気が済んだか?」

 そのタイミングを見計らって、ロウが声をかけてくる。

「うん、済んだよ――ごめんね」

 変なことを言った後でいきなり泣きだして、さぞや驚いたことだろうにロウはそれを態度には出さない。ただ、確認してくるだけだ。口調や態度だけを見るとすごくぶっきらぼうで俺様なのに、こういう繊細せんさいな心配りをしてくれる。その優しさが嬉しい。
 ごめんね、ちゃんと全部、話すから聞いてください。
 泣いてれぼったくなった目を小川の水で冷やしつつ、もう一回顔を洗うと、かなりすっきりしたし、精神的にも落ち着けたと思う。
 私は大きな深呼吸を一回すると、自分のことを話し始めた。


「信じてもらえるかわからないんだけど――あのね、私、こことは違う世界から来たんだ」

 必要と思われることを、とりあえず全部、話してみる。別の世界で生きていたことや、そっちで死んで、なんでだかあの木の中で目が覚めたこと、偶然ロウを見つけて助けることができたこと――ロウにしてみれば突拍子もない話だろうが、それでも黙って聞いていてくれた。

「……てことなんだけど、わかってくれた?」
「いや、まったくわからん」

 簡潔なお答え、ありがとうございます。まぁ、私がロウでもそう答えるだろう。
 自分でもわからないことが多すぎるのに、他人ひとさまに理解しろというのがそもそも無理な話だ。死んですぐ別の世界で生き返ったなんて言って、頭がおかしいと認定されなかっただけでもおんだ。そうは思っていてもがっくりと肩を落とす私に、ロウがやや困ったような調子で告げてくる。

「……あんたの話は全くわからんが、それでに落ちたところもある」
「え? な、なに?」
「フリかとも思ったが、どうやら本気で、あんたは無知なようだ。この魔倉のことにしても――」

 そう言いながら、腰のポーチを指し示す。

「俺に使った療術にしても、だ。それに、あれほどの魔力の持ち主であれば、とっくの昔に誰かに囲い込まれているはずなのに、あんたはたった一人でここにいる」

 ……とおっしゃられましても、こっちに来て最初にあったのがロウなんだし? 
 それに、その魔力ってのが具体的にどんなもんなのかがよくわかりません。確かに昨日はヒールが使えたんだけど、あのときは必死すぎて、なにをどうしていたのかあんまり詳しくは思い出せないんだよね。
 そのことも併せて正直に申告すると、深いため息をつかれてしまう。

「魔倉を知らないどころか、魔力の使い方すらわからないで、大神官並みの療術を使うなどありえん。が、そのありえない相手が目の前にいる――なにをどうしたらこんな奇天烈きてれつなことになるのか俺にはわからん」

 えらい言われようだ。けど、本当のことだから反論できない。
 密かにへこんでいると、さらにロウは言う。

「しかし、あんたをこのまま他の連中の中に連れて行けば、えらいことになるのはわかる。だから、まずはあんたに常識と知識を叩き込む」

 そして、その言葉通り、それから三日三晩にわたり、私はロウにこの世界の基礎知識をみっちりと教えていただくことになりました。


「この大地――あんたふうに言うなら『世界』か。それを、俺たちは『七宝しっぽうの大地』と呼んでいる。七大神ななたいしんがこの世を作ったとき、同時に七つの宝玉を生み出した。創世の御業みわざを終えた後、神々は眠りにつかれたが、代わりにその宝玉がその後も世界を育て、安定させていると言われている」

 講義は、この世界の紹介みたいな話から始まる。
 魔法があることからも、うすうす思ってはいたけれど、神話と現実がリンクして、まさにファンタジーの世界だ。その七大神というのは、主神しゅしんである闇の大神とその妻の光の女神、それから二柱ふたはしらの子供である土、風、水、火、そして雷の神々のことを指すという。
 簡単な成り立ちの話の後、日常生活に必要なことを教えてくれた。こちらでも一日はほぼ二十四時間くらいらしい。正確な時計はないものの、大まかに十二刻に分けられていて、午前六刻、午後六刻となっている。つまり一刻は約二時間だ。
 一年は十二カ月。一月は三十日で、朔日ついたちは必ず新月、十六日は必ず満月。曜日の概念はないらしい。一番日が短く夜の長い一月一日から始まり、最も夜が短く日が長いのが七月一日で、十二月三十日で終わる。四つの季節があり、寒季、暖季、熱季、冷季と呼ばれている。
 お金は紙幣は存在せず、すべて硬貨で取引される。単位はゴル。銅貨一枚が一ゴルで、銅貨百枚で銀貨一枚、 銀貨百枚で金貨一枚。都会で一回食事をするには、五ゴルから十ゴルかかるというから、だいたい一ゴルで百円くらいだろう。
 地理については、正確な地図なんてものはないそうなので、ざっと口で説明してくれた。
 ここは西の大国ガリスハールの東に当たる地域で、迷いの森と呼ばれる辺境だそうだ。森から西に向かって徒歩換算で二カ月ほど進むと、王都ガリスに辿たどり着く。ここの地域に住んでいる人を戎族じゅうぞくといい、この世界で一番文化が進んでいると思えばいいと言われた。平地が多く、気候は温暖で農作物もよく取れるから国力も非常に強い。
 ロウの狄族てきぞくは、もっと北の地域にいるそうだ。広い草原と、けわしい山脈、川は少ない。国家と名のつくものはなくて、血縁関係をもとにした氏族が、各々のテリトリーで半遊牧的な生活をしている。各族長は半年に一回集まって、全体の意思決定をし、氏族間のトラブル等もここでさばかれる。それから、ここで生まれた男の子は、一人前になると生まれた氏族を一度離れる習慣があるらしい。どこに行くのも、元の場所に戻るのも戻らないのも本人の自由だというから、交流の少ない環境で、血が濃くなりすぎるのを防ぐ措置だろう。
 ロウは人づてに聞いた話だと断ったうえで東の説明をしてくれた。東は夷族いぞくの住む地域で、国家はあるけれど、ガリスハールのような大きな一つのそれではなく、もっと小さい国がいくつも存在している。国同士の戦いなんてのもあるみたい。
 南は未開の地というほかないらしい。というのも、ガリスハールの王都の図書館にすら地図はおろか、記録らしい記録もないという。湿度が高く、雨も多くて、沼地や密林があちこちにあり、毒を持った生物多数。人が好んでおもむくところではないんだそうだ。
 そして、大陸の中央にあるのが大森林と呼ばれる広大な地域だ。今いるところも、厳密に言うとここに含まれるみたい。ある特徴――方角がわかりにくい、魔物がたくさん出る、なぜかたまに安全地帯がある等――を持っている。あまりにも広すぎて、全体がどれくらいの大きさなのかすらわかっていない。
 ただ、ガリスハールから北側をぐるっと回って東の国に辿たどり着くには、てくてく歩いて半年近くかかると言われている。そして、この大森林には霊族と獣族と呼ばれる人たちが住んでいるらしいが、集落の存在を確認できたことはない。
 しかし、たまに人間の住む地域に彼らが出てくることもあり、その話によればちゃんと街や村があるんだそうだ。彼らは気位が高く、戦闘力も高いので、出会ったらくれぐれも丁重にふるまわないといけない。
 最後に、この世界にある魔法について。
 魔法を使うための力――魔力は、多い少ないの差はあっても、こちらではみんな持っている。闇・光・土・風・水・火・雷の七つの属性があり、それを用いていろいろな現象を起こすことができ、それを魔法あるいは魔術と呼ぶ。
 そして、魔法には、決まった形は存在しないらしい。代々伝わる術式もあるけれど、それは長い年月をかけて洗練された、効率良く発動させるための方法であり、それ以外はダメってことじゃないそうだ。得手不得手も当然あり、魔力が強くて操るのが得意な子は、魔術師や療術師りょうじゅつしといった方面に進んで、そうじゃないなら別の道を探す。
 ロウの魔力は下の上か中の下、といったところなんだけど、体から離して使う放出系の魔法が致命的に下手なため、腕力で勝負の職に就いたらしい。得意武器は短めの剣を二本使う双剣だ。
 それでも使える魔法はいくつもあり、特に身体強化系が得意だそうだ。聴力・視力の強化、筋力をアップして移動速度を上げる、攻撃力の増強、体の表面に魔力を巡らせることで防御力も上げられる。自分限定でヒールもできるが効果は低くて、小さな切り傷とかは治せても、もっと大きな傷や骨折なんかは無理なため、あそこで死にかけてたらしい。

「いろいろできるんだ。ロウってすごいんだね」
「なにをのん気なことを言っている。あんたも覚えるんだ」
「マジで?」

 マジでした。そしてスパルタでした。
 大きく張り出した神樹の枝が作り出す木陰に向かい合って座り込んだ。まずは使えるのがわかってたサーチから試したけど、なにせ無自覚でやってたもんだから、意識してとなると意外に難しい。
 その次にやったのは、ロウの得意な身体強化系だ。実際に、目や耳に魔力を集中して、通常の数倍の知覚を得られたことに驚く。

「み、見えすぎて眩暈めまいがする。音も、ものすごくうるさい……」
「慣れていくしかないな」

 弱音を吐いたら、ものすごくあっさりと流された。筋力を上げて攻撃力を増やしたりするのについては、基礎ができてないと体への負担が大きすぎるから、今後の宿題になる。その代わり、シールド――体の表面に魔力を張って防御する――に重点を置いて練習する。他の強化系の魔法もそうだが、このシールドは慣れてくれば自分だけじゃなくて他の人にも付与することができるらしい。私が無傷でも、ロウが怪我してちゃ意味がないから、気合を入れて習得に励ませていただきました。
 そうそう、旅をする人には必須の魔法も教えてもらった。これって、無茶苦茶ありがたいものだった! 清浄魔法リフレッシュって呼ばれてて、体や衣類についた汚れをきれいにできるんだ。これで近くに川や泉がなくても、清潔さを保てるって寸法です。ちなみに、最初出会ったときにロウがこれを使わなかったのは、魔力が枯渇こかつしていたせいらしい。
 ……で、このあたりまでレクチャーが済んだ頃になると、私は少々、忸怩じくじたるものを感じていた。いくつかラノベの異世界トリップものを読んだことがあるんだけど、その主人公たちって、転生チートのおかげか、最初からバンバンすごい魔法を撃ちまくってた。けど、私はサーチ一つをとっても、きちんと使えるようになるまでに、えらい苦労をしている。この差は一体なんだろう? 
 ちょいとネガティブになりかけるが――でも、落ち込んでばかりじゃダメだよね。どんな理由でかはわからないけど、せっかくさずかった二回目の人生だ。
 人は人、私は私。努力すればできるようになる、ならその努力を続けるしかない。

「ロウ! 私、頑張るからね!」
「だったら、まず加減することを覚えろ。無駄に魔力を使うな。小さな傷を治せばいいだけだ。今のでは、死にかけた年寄りも飛び起きて外を走り回り始めるぞ」

 ヒールの練習中だったんだけど……わざわざ、ロウが自分の腕をちょっと切ってくれた。でも、出てきた血にびっくりして力が入りすぎたんだよ。
 そして、いよいよお待ちかねの攻撃魔法だ。
 さっきも話したけどロウは、放出系の魔法が苦手だから、口で説明してくれる。要は魔力を火や水、雷などに変換して相手にぶつけるだけでいい。ファイアーボールを実際に撃てる日が来るとは……感無量だ。風で障壁を作って敵の攻撃を防いだり、土を動かして足止めをするというような、補助的な使い方もできる。

「ただし、ここでは使うな。外に出るまで、あんたは今まで教えたのを練習しておけ。特に、サーチと知覚上昇、それにシールドは意識せずに使えるところまでだ」
「え……そうなの?」
「がっかりした声を出すな。外に出れば魔物がいくらでもいる。そいつらに好きなだけ使え」

 そうだった、魔物。ここは魔物がいる世界なんだ。
 魔物と普通の生物との違いを簡単に言えば、敵意を持って襲ってくるかどうかと、体の中に魔石を持ってるかどうかだ。魔石は魔晶石ましょうせきとも呼ばれるらしい。例外はあるけど、大体、大勢の人が住んでいる近くの魔物は小さくて弱いのが多く、魔石も小さい。反対に人里離れた場所の魔物は強いし、魔石も大きい。また、通常の魔物の他に、レア種と呼ばれるものもいて、基本的には同じ種類ではあるけれど体が大きかったり、力が強かったり、通常ではありえない魔法を使ってきたりする。ロウがあそこに倒れていたのも、運悪くそのレア種に遭遇してしまったからだと今、教えてくれる。
 退治した後、小さい魔物なら放っておけば魔石ごと消えてなくなるが、大きいのだと死体を放置するとそこからまた魔物が生まれる可能性があるから、できるだけ解体して魔石を回収したほうがいい。しかも魔石は人が魔法を使うときの触媒しょくばいになったり、魔法その物を封じ込めることもできて高く売れるそうだ。皮や肉、骨、その他も装備や薬の材料になるから、そっちもできるだけ回収する。

「解体はまずは俺がやるが、あんたも見て覚えるんだぞ」
「……努力します」

 魚はさばけるんだけど、そんなレベルじゃないんだろうな。でも、こっちで生きていくために必要なんだから、グロいとか思わず、やれるようにならなきゃね。
 そして、放浪者と呼ばれる人たちについても教えてもらった。
 放浪者って名前だけど、実際にはゲームや小説でよくある『冒険者』のことだと思えばいい。この世界でも、本人たち以外は『冒険者』と呼ぶこともあるそうだ。その人たちのための組織――『ギルド』も当然あって、本部はガリスハールの王都ガリスに置かれている。ちょっと大きめの村や街なら出張所もあり、ロウもそのギルドに登録してる放浪者だった。

「こんなところだが、わかったか?」
「た、たぶん……」

 知識を詰め込み、ビシバシと教育的指導を受け、へとへとになって寝て、また起きて……を三日間繰り返し、こっちにきて五日目の朝を迎える。

「出るぞ。用意はいいか?」
「うん!」

 装備も整え、体調は万全、気合十分の私はロウと二人で、まずはこの魔物だらけの森を抜けてガリスハール東部のハイディンの街へ向けて第一歩を踏み出した。


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