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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
私の名前は加納玲子。三十二歳の独身で、某中小企業の事務を担当するOLだった。
だった、っていう過去形の理由は、私が死亡したから。会社からの帰り道に、暴走したトラックが突っ込んできたんだ。
なんでその死んだ人間がここにいるのかって話になるんだけど……まぁ、ぶっちゃけちゃうと、昨今のラノベによくある『異世界転生』ってやつだ。特に善行を積んだ覚えもないし、神様の類に会った覚えもないのに、まさか転生するなんて思いもしなかったけどね。
生き返っちゃったことに気づき、おっかなびっくり行動を開始した私は、そこで第一異世界人と遭遇する。
その異世界人ってのが、今にも死にそうな重傷を負っていた人だったので、私はなぜか使えるようになっていた魔術で彼を助けた。そして、彼――ロウアルトという名前の青年は、命を助けられたお礼として、私を一生の主として仕えるなんて誓いを立ててくれちゃったのだ。
そうして、私はロウと呼ぶことになった彼と二人で、魔物がうじゃうじゃといる森を抜け、ハイディンという街にたどり着く。そこで『銀月』と名づけたパーティを作り、二人で冒険者――自分達では放浪者と言っているが――として活動することにしたんだ。
あ、それと、私はこの世界では『レイガ』って名乗ってる。加納玲子っていうのがこっちの人にはものすごく発音しづらいらしいのと、こっちでは前とは別の体――十七歳のすごい美人になっちゃってて、日本名だと違和感バリバリなのが理由。レイガは趣味のゲームでよく使っていたキャラ名だ。
そんなわけでしばらくの間、ハイディンの街で活動している間に何人かの人と知り合った。
その中に、同じ放浪者稼業のガルドゥークさんって人がいてね。彼は、無口で不愛想なロウをものともせず、気さくに話しかけてくる豪胆な性格の男性だ。ちょっと女好きなところはあるが、悪い人じゃないのは私にもすぐわかった。
そのガルドさんが突然持ち込んできたのが、最近ハイディンで頻発している誘拐事件だった。ガルドさんの行きつけのお店の看板娘が被害者になっちゃったらしく、その子を助け出すために力を借りたいということだった。
それで、行動を起こした当日、なんと私が、そいつらの新しい被害者になってしまった。だけど、すぐに脱出を試みたし、ロウとガルドさんも助けに来てくれたのだ。ついでに誘拐されていた女の子も無事に助けられて一件落着。
それが切っ掛けで、ガルドさんも私達のパーティに加入し、めでたく『銀月』は三名になった。ついでに一妻多夫が許されるこの世界で、彼ら二人共を私の夫にしてしまったわけなんだけども――
第一章
「鞍には尻を乗っけるだけのつもりでな。手綱は軽く持つんだぞ」
「うわ、高いっ……ガルドさん、手を離さないでね!」
馬に乗った私――レイガは思わず悲鳴を上げる。いつもの目線に馬の背丈が加わっただけで、こんなにも高く感じるとは想像もしていなかった。バスの運転席と同じくらいの高さだと思うんだけど、それとはまったく感覚が違うんでビックリしてしまう。
「足は鐙にかけて、そのまま背筋を伸ばす、腰は心持ち浮かせ気味でな」
私はガルドさんの声にしゃんと背を伸ばす。
「そうそう、上手いぜ、レイちゃん。慣れるまでは馬が歩くのに合わせて、鞍の上で立ったり座ったりする感じでな。慣れてくりゃ座ったままで反動を殺せるようになるから、そこまで練習だ」
「はいぃ」
現在、ガルドさんの指導の下、馬の背中で悪戦苦闘中なのにはわけがある。
ハイディン騎士団まで動員する騒ぎになった例の誘拐事件――ウールバー男爵以下の悪党どもを一網打尽にすることになったあの『新月市』の事件からこっち、私達の身辺は非常に、騒がしくなってきたのだ。
今のハイディンには、『駆け出しの冒険者の率いるパーティが闇市をぶっ潰した』という噂が飛び交っている。どこからどうその話が洩れたのかは知らないが、どうせ洩らすのならば、もっとちゃんとした情報にしてほしかったよ。
先ほども言ったように、確かに切っ掛けは私の誘拐だ。それは認めよう。だが、私がやったことと言えば、閉じ込められていたところから逃げ出しただけ。ロウとガルドさんは自分達の身の危険を顧みずに、私を助けるために駆けつけてくれただけなのだ……まぁ、ちょっとその過程で、暴れたりもしたけどさ。
でも、そこから先は、以前から悪党どものことを地道に捜査してくれていた騎士団の皆様のおかげである。だって私は、ロウ達と合流した後は魔力の使いすぎでぶっ倒れてしまい、気がついた時にはほとんど事件は終わっていた。
それなのに、噂の『駆け出しの冒険者』が私だとバレて人が寄ってくるせいで、おちおち街を歩けなくなってしまったのだ。
放浪者としては、名前が売れるのは有り難いことなのかもしれないが、度がすぎている。そこで思案の結果、しばらくハイディンを離れようという話になったんだよね。
しかし、こっちにはバスも電車もない。辻馬車みたいなものはあるが、基本的には馬が旅の足だ。馬に乗れない私は、乗馬訓練をしなくてはならなかった。
実は最初は、ロウに教わることになってたんだよ。何しろ、ロウは狄族だ。狄族はこの世界で一番馬の扱いが上手い人達で、立って歩くより早く馬の乗り方を覚える、なんて言われているらしい。もう乗馬は本能でやってるレベルだ。だから馬に関してはプロ中のプロ。当然、教えるのも上手いと考えていたんだけど――
鞍によじ上るのにも苦労する私に、まずロウは「こうやるんだ」って流れるような動作で上がって見せてくれた。だけど私としては、その『こうやって』を言葉で説明してもらいたい。
「ごめん、ロウ。速すぎてわからなかったんで、もう一度ゆっくり、説明しながらやってもらえる?」
「そうか、すまん。では――こことここに手を置いて、足は……む?」
「む?」じゃないでしょ。なんで、そこで固まってんの?
どうやら、本当に本能でやってるみたいで、頭で考えるとかえって混乱するらしい。ほら、一つ一つの動作を意識しすぎると歩くのがぎこちなくなることってあるじゃない? あれですよ、あれ。本人も驚いただろうけど、こっちはもっとびっくりだ。
なお、鞍に手をかけて鐙に片足を乗っけたまま動かなくなったロウは、ガルドさんがため息をつきながら交代を申し出てくれるまでその状態だった。
「馬の動きに合わせて、上下に自分も動くんだ――そうだ、その調子だ」
「うわ、これ……太ももにクるよ」
「明日は筋肉痛だろうが、まぁ、慣れるまでは我慢だぜ」
とりあえず今日は初日ってことで、鞍に上るのと下りるのを繰り返し練習した後、『常歩』から『速歩』ってのをやっています。
目標は、数日中に『駈歩』ができるようになること。
本当はその上の『襲歩』までできたほうがいいんだけど、よほどのことがない限りは使わないのと、あまり練習時間が取れないことからこう決まった。
「――そろそろ、今日は終わりにするか。レイちゃんも疲れただろ?」
太陽が真上に来る頃になって、ガルドさんがそう言ってくれた。今日はこれで終わりみたいだ。
早朝からみっちり練習したんで、まだお昼だってのにへとへとだよ。
「うう、お尻がひりひりする。太ももはパンパンだし……」
「かわいそうだが、それには療術は禁止だぞ。すぐに癒してしまっては、自分のどこが悪かったかがわからん。体も、その痛みのおかげで動きを覚えるんだからな」
「頭じゃなくて、体で覚えろってことね……」
とはいえ、ロウのレベルになるまでには何年もかかりそうだ。
ただこっちの体は、以前の私よりもずっと運動神経がいいようだから、この程度で収まっているのだろう。前の私はかなりの運動音痴だったんで、鞍に上る方法を覚えるだけで一日が終わっちゃってたに違いない。ていうか、ふと思ったんだけど、この『体』は前に馬に乗ったことがあるんじゃないだろうか? ガルドさんの指示にしたがって体を動かしてると、たまに思うよりもずっと上手に動ける時がある。
私の意識が宿っているこの体って、元々は一体どういう人だったのかな……?
「宿に戻ったら、痛みどめの軟膏を塗ってやるから、それでちったぁ楽になるだろ」
「そんなのがあるの? ぜひ、お願いします!」
お尻の痛みが和らぐと知り、私のちょっとした物思いは吹っ飛んだ。
なお、塗ってもらう位置がヤバいことは、その時になるまで気がつかなかった。
昼食を済ませて貸馬屋に馬を返した後は、街に戻って図書館に行く。
ハイディンを離れる、とは決めたものの、そこからどこを目指すかについてはまだ未定だ。
何しろ私はこっちの世界のことがまるでわかってない。ロウとガルドさんに決めてもらってもいいんだけど、こういった重要な決断はやはりパーティのリーダーである私がやるべきだろう。なので、図書館でこの世界の知識を仕入れつつ、行き先を決めようってことになったんだ。
そして、数日にわたり、午前中は乗馬の練習、午後は図書館に通い詰めるということを繰り返し、目的地を決定した頃には、八月も半ば近くになっていた。
「いろいろ悩みましたが、方角は西。目的地は、オルフェンの街としたいと思います――で、念のためにもう一回訊くけど、ロウもガルドさんも自分の希望ってないんだよね?」
「ああ。お前が決めたのなら、俺に異存はない」
「俺もだな。特に宛もねぇし、西ならちったぁ土地勘もある。いい選択だと思うぜ?」
ロウが私に丸投げするのはいつものこととして、ガルドさんも異存はなさそうだ。
ガルドさんはこのガリスハール王国の出身らしい。放浪者としての登録も王都でやってるみたいだし、そこからこのハイディンに移動してくるまでにあちこち見て回ったようだ。新たな目的地であるオルフェンにも一時滞在してたというから、心強い。
そして、そのオルフェンって街は、ここから見て北西に位置する城塞都市ってことだった。
北嶺山脈に近く、周囲には森林が多く点在する。夏は涼しいけど、代わりに冬の寒さも厳しい土地柄らしい。大街道からかなり外れた場所にあるものの、それなりに栄えている。
なぜって? それは、オルフェンの別名が『魔導の都』だからだ。
いや、私もいろいろ考えたんだよ。現在のところ、うちのパーティは戦闘力についてはそこそこのレベルにあると思う。それは、ロウとガルドさんが放浪者としての経験が豊富で、トラブルにもしっかり対応できる実力の持ち主だからだ。けど、その二人をまとめるはずのリーダー――つまり私が、その二人に比べて明らかに劣っているのが問題だった。
一応、療術と魔法が使えるから、位置づけとしてはヒーラー兼遠距離攻撃担当ってことになる。けど、いつも二人に守られながらのお姫様プレイだ。ヒールにいたっては、今まで相手してたのが弱い魔物ばかりだったせいで怪我らしい怪我をせず、まるっきりお呼びがかからない。出会ったばかりのロウを癒したほかに出番があったのは、私の二日酔いと筋肉痛の時だけだ。
曲がりなりにも私がリーダーなんだから、これじゃダメだよね。あの二人に並ぶのは当分無理としても、せめてもう少しくらいは役に立てるようになりたい。例えば、戦闘時における攻撃や、補助とか――要するに、もっとちゃんと魔法が使えるようになりたいのだ。
何しろ、今は基本というか『どうやって使うか』だけを教わって、後は勘でなんとかしてる状態なんだからねぇ。
そこで魔術に詳しい人がたくさんいそうな街に移動しようと思ったのだ。
「レイちゃんの乗馬技術も上がってきたし、動くなら早ぇほうがいいな」
「そうだな……準備に二日もあれば十分だろう」
さすがはベテラン放浪者、二人の行動は迅速だ。
「とりあえず食糧の補充と、装備の確認だな」
「レイちゃんも必要なもんがあったら早めに言うんだぜ」
「あ……なら、料理の道具と材料が欲しいかな。あと、調味料とかもね」
大抵のものなら入ってる私の魔倉だが、なぜだか調理道具や食材の類が一切なかった。
ああ、魔倉っていうのは、ゲームのインベントリみたいなものだと言えばいいかな。私もポーチ型のを持っているんだけど、見た目よりもずっと多くのものが入るし、入れたものがそのままの状態で保存できるので、とっても便利な魔道具だ。
「「料理!?」」
なんで二人とも、そんな驚いた声を出すのかな。
自慢じゃないが、大学を出てすぐに一人暮らしを始めたので、一通りのことはできる。最初は給料が安かったから、生活はかっつかつ。外食する余裕なんてないので、自炊せざるを得ない。勿論、お昼はお弁当持参だ。安い材料で手早く作れて、美味しい料理の研究をした。プロ級とまではいかなくてもそれなりに美味しくできてたはず。こっちでは単に機会がなかっただけだ。
それに、いくら旅に出たからといって、毎日保存食に頼るのも味気ないでしょ。
「あっと驚くようなの作ってあげるから、楽しみにしててよね」
「……どう驚くか、が問題だな」
「俺はレイちゃんが作ってくれるんなら、どんなもんでも食うぜ」
懐疑心バリバリのロウの言葉の後で、ガルドさんがとりなすように言う。けど、それって全くフォローになってない。要するにどっちも、私の料理の腕をこれっぽっちも信用してないってことでしょ。いいわよ。実際に食べて納得したら、ちゃんと謝ってもらうからね。
さて、そうと決めたらまずは買い出しだ。ああ、それと今までお世話になった人にご挨拶もしておかなきゃね。
「こんにちは、アルおじさま」
「よう、お嬢ちゃん。なんだ、今日はお供はなしか?」
「はい、今日は別行動をとってます。それでちょっと……おじさま、今、少しお時間いいですか?」
「ああ、ちょうど暇だし構わねぇが……?」
自分達の装備の手入れをしたいというロウ達と別れて、私が向かったのはハイディンのギルドだ。ここでお世話になった筆頭と言えば、受付をしてくれたアルおじさまだからね。お仕事中にお邪魔して申し訳なかったが、一緒に二階の談話室に移動してもらう。
「どうした、改まって話があるってことだったが?」
「ええ、実はハイディンを離れることになりましたので、そのご挨拶と――後は、ちゃんとお礼を言ってなかったので、それが言いたくて」
「礼? 新月市のことなら、とっくに言ってもらったぞ?」
「いえ、そのことじゃなくて。私がここに来たばかりの頃のこと、覚えてます?」
あれは、ロウに連れられてギルドを訪れた直後のことだ。放浪者として登録してロウとパーティを組み、私は初めての依頼を受けた。
「あの時、おじさまは『銀狼の野郎がついてるから大丈夫だとは思うが、気をつけんだぜ』って言ってくれたでしょう? あれって、私がこっちに来てからロウ以外で、初めてかけてもらった気遣いの言葉だったんです。それがとてもうれしくて……ずっとお礼を言いたかったのに、なかなかその機会がなくて今になっちゃいましたけど、あの時はありがとうございました」
「あんなもん、まだ覚えてたのか、お嬢ちゃん……」
「覚えてますよ。当然じゃないですか」
その時はちょっといい人だな、と思っただけなんだけど、後から思い返すとじわじわと有難味がわかってきたんだ。だって、その後も何度もギルドに来たけど、他の人はそんな言葉をかけているところなんて見たことがない。
まぁ、他の放浪者はそんな気遣いが必要ないくらい強いってのもあるんだろうけど。あの時のおじさまは、ほとんど初対面の私を本当に心配してくれてたんだよ。
「あー、なんだ、その……拠点を移すってことだったが」
あら、なんか赤くなって強引に話を変えたけど、おじさまったら照れてる?
「はい、オルフェンって街に行ってみようと思ってます」
「オルフェンか……なるほどな。あそこはちょいと面白いところだぞ」
「おじさまは行ったことがあるんですか?」
「ああ、昔――こいつがまともに動いてた頃だがな」
そう言って、おじさまは自分の左足を見下ろす。そういえば、依頼先で怪我をして、現役を引退したんだって聞いたことがある。
「傷って、まだ痛むんですか?」
「……たまにな」
どれくらい昔の話なのかはわからないけど、よほど大きな怪我だったんだろうな。そう思っていたら、おじさまが顔をしかめて足に手をやった。
「痛いんですか?」
「大したことはねぇ。いつものことだ」
「ちょっと見せてください」
最近出番のなかったヒールだけど、痛みをとるくらいならできるかも。
向かい合わせに座っていた椅子から立ち上がり、おじさまの左側にしゃがみ込んで膝の辺りに手を置いてみる。すると、なんていうのかな、手ごたえがあった。
応援ありがとうございます!
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