蹴落とされ聖女は極上王子に拾われる

砂城

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初恋は実らせる! 下

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 そして、あっという間に時は流れ――それから三年の後。


「シルヴァージュ国王陛下、並びに王妃殿下。三年間、貴国にて我々の学びを許していただいたこと、感謝に堪えません」

 シルヴァージュ王城の謁見の間では、玉座に座ったライムートに向かい、サリオンが暇乞いの挨拶を述べていた。ライムートの隣には絵里が座っており、サリオンとの関係を考慮され、サナもいつもよりも二人の近くに控えている。
 ……その事でもわかる様に、彼女は二十一になっていたが、やはりまだ誰の元へも嫁いではいなかった。

「初めてサリオン殿と顔を合わせて、もうそれほどになるのだな。時の流れは早いものだ」
「私にとっても、とても早く思えた時間でございました。学びたいことが多すぎて、この身が二つあればと何度思った事でございましょう」
「学園でのサリオン殿の様子は、講師たちから聞いている。無論、サナからもだが――通常三年かかるものを一年と少しで学び終え、今は研究室に所属しているそうだな?」
「はい。学園の教えも大変に素晴らしいものでございましたが、学ばさせていただいている間に欲が出てしまい――無理を申しましたこと、お詫びいたします」
「いいや、天晴と思いはしても、責めようなどとは微塵も思わぬよ」

 十八になったサリオンは、三年前はサナと同じほどだった背丈が見違えるほど伸びていた。机にかじりついていることが多いためか、ほっそりとした印象は前のままだが、背丈に合わせて肩幅や胸の厚みもそれなりに増し、既に立派な青年といえる。

「サリオン殿の研究成果は目覚ましく、我が国の学者たちも驚いていたと聞く。学園に在籍する者たちにとっても、今やサリオン殿は目指すべき指標となられている、とな。」
「できれば、もう少しの間、こちらで学ばせていただきたかったのですが……三年の期限を切ってのことでありましたのが残念です」

 社交辞令ではなく、本心からそう思っていることが、その口調からうかがえる。
 尚、あれほどライムートがけん制したにも関わらず、シルヴァージュに来た当初のサリオンに嫌がらせをしてくる者たちが出た。だが、サリオンはそれらを報告することはせず、全て己の実力で黙らせていった。その結果の事である――後日、その事を知ったサナから涙交じりの抗議と、彼を心配する言葉を頂戴していた。
 それらの事を思い出してか、わずかにサリオンの顔に苦笑じみた表情が浮かぶ。
 それをどうとらえたのか、ライムートの口調が宥めるようなものへと変わった。

「残念なのはこちらも同じだが、ディアハラの方々も、サリオン殿の帰国を今か今かと待っておられるはず。何はともあれ、一度は戻られる方がよいだろう。それに、これが今生の別れと決まったわけでもない。サリオン殿が来られて以来、ディアハラとの国交も前よりも盛んになったことであるし――そのことについても、感謝せねばならんな」
「もったいないお言葉です。私はただ、己に与えられた役目を果たしたまでのこと」
「そんな辺り前に思えることができない者がどれほどいることか――いや、愚痴はこの場にはふさわしくないな。そんなサリオン殿に、我が国からも感謝の印として贈り物をと思うのだが、何か望みのものはあられるか?」

 ライムートの言葉に、貴族たちの間から小さなざわめきが起きた。

「先ほども申し上げましたように、役目を果たしたのみにございます。どうぞ、そのようなお心遣いは御無用にてお願いいたします」

 そのことに気づいたのか、如才なくサリオンが辞退する。だが、一度口に出した以上、ライムートも引くわけにはいかない。

「まぁ、そういわれるな。どのようなものでも構わん。言ってみられよ」

 普通ならばあり得ない大盤振る舞いに思えるが、これはある種のパフォーマンスだ。シルヴァージュとディアハラの友好の懸け橋としてのサリオンを高く評価することにより、今後の両国の関係をしっかりと知らしめようというのである。
 それに何より、ここで調子に乗ってとんでもない要求をしてくるようであれば、これまで培ってきた信頼すべてが無に帰す。そのことも含めてのライムートの問いであり、サリオンもそれはわかっているはずだった。

「そこまでおっしゃっていただけるのでございますれば・・・・・・」

 一度は儀礼的に断っても、二度目は失礼になる。サリオンは、少し考えた様子を見せた後、何やら真剣な顔つきになって口を開く。

「一つだけ、お願いしたいことがございます。お受けいただけるか否かは、陛下にお任せいたします」
「なんでもよいと言った言葉に偽りはないぞ?」
「では――第三王女サナ殿下への、求婚の権利を頂戴いたしたく存じます」

 サリオンがそう言った途端――謁見の間に静寂が満ちた。

「……サリオン殿。今、なんと言われた?」
「サナ様へ、愛を乞う権利を願いましてございます」

 思わずライムートが問い返したのも、きっぱりと繰り返したサリオンの言葉の後で、娘の方を振り返ったのも無理もないことだった。絵里も、驚きのあまりに開いた口が塞がらない様子だ。

『何時、そんな関係になっていた?』
『関係になどなっておりませんっ』

 目顔で娘に確認するが、本人(サナ)も訳が分からないらしい。戸惑った様子でフルフルと首を横に振るばかりだ。絵里には――その様子からして、確認するまでもないだろう。

「サリオン殿。娘は、その求愛に心当たりがないようなのだが……それは『シルヴァージュとディアハラ』両国の利を考えての事だろうか?」
「はい、とお答えすべきなのかもしれませんが、正直に申し上げます。これは唯々、私一人の願いにございます――王の御前ではございますが、個人的な言葉を発することをどうぞお許しください」

 そう述べた後、わずかに体の向きを変え、サナをその正面に捕らえる。

「サナ王女殿下――いえ、サナ様。私は、初めてお会いしたときから、貴女の事をお慕い申し上げておりました。ですが、貴女が私の事を、弟のようなものとしか思っていらっしゃらないのは承知しておりましたし、何より私はシルヴァージュにて学ばせていただいている身。それゆえに、ずっと秘しておりました。何度も、あきらめようとも致しました。けれど、結局思いきることができず、ライムート王陛下のお言葉に、勇気を奮い立てた次第です」
「サ、サリオン様っ、わたくしは貴方様よりも三つも年上でございますわっ」

 公の場で国王の許しを受けずに発言するのは厳禁だが、今、それを咎めるような空気の読めない者はいない。

「三歳程度の年の差など、今の私達には大きな差と思えようとも、共に年をとれば些細なことになりましょう」
「ですが……わたくしは、今までサリオン様をそのように見たこともございませんし……」
「その事もわかっております。ですから、今からでも構いません。私を貴女の夫とすることを、考えていただけませんでしょうか? 私はもうずっと前から、貴女一人をお慕いしておりました。どうぞ、この思いを受け止めていただきたいのです」

 まさか帰国を報告するための謁見で、このような熱烈な愛の告白が始まるとは。ライムートや絵里は勿論、サナ本人も、居並ぶ貴族たちも、唯の一人も想像もしていなかった。

「……しかし、サリオン殿。貴殿は、今からシルヴァージュを去り、ディアハラに戻られるはずだが……」
「確かに一度は帰国致します。戻りまして直ぐに王族としての籍を離れ、伯爵位を与えられることになっておりますれば、それが終わりましたら、正式にディアハラ国の大使としてこちらへと戻る予定でございます」

 どうやら、全ての手配を済ませているらしい。

「王女殿下を嫁がせるに、伯爵では足りぬと仰せられるかもしれませんが……」
「いや、本人が望むのなら、そこは問題にはしていない。だが……」

 その本人であるサナにその気がないのなら、ライムートが何を言おうと無駄だ。
 そう思い、サナの方をもう一度確認すれば――真っ赤な顔をして、もじもじと恥じらっているではないか。
 そして、そのことはサリオンにもわかったらしい。

「サナ様――今すぐ良いお返事を、等とは申しませんし、どうしてもそのように見ることができぬと仰せられるなら、きっぱりと諦めましょう。ですが、そうでないならば、どうか私にこの先、貴女の愛を得る為に努力する権利をお与えください」

 サリオンに熱い視線で見つめられているうえに、今や室内にいるすべての者たちの目がサナへと向いていた。
 しん、と静まり返り、全員が固唾をのんで見守る中――。

「……ご帰国の後、またシルヴァージュへとおいでになられることを、その……お待ちいたしております」

 か細い声で告げられたのは、サリオンの求愛に対して是でもなければ、非でもない。が、サリオンにはそれだけで十分だったようだ。

「お約束いたします! できるだけ早くに、またお目にかかりますっ」

 十八の青年らしく、頬を紅潮させて心底嬉し気に叫ぶが、サナはそれが精いっぱいだったようで、あっという間に玉座の隣にある扉の向こうへと姿を消してしまった。
 ……その後はもう、なんとも言えない生暖かい空気の中で、サリオンが改めて最後の挨拶を済ませれば、とりあえずはそれでお開きになったのだった。



 そして、それからさらに二年後。

「サナもとうとう嫁いでいくのか……」
「サリオン殿下――じゃなくて、伯爵だったわね。ほんとに頑張ったわよねぇ……」

 本人の言葉通り、サリオンは半年もしないうちにシルヴァージュへと舞い戻ってきた。それ以来、二年間、たゆまぬ努力を重ねた結果、とうとうサナを口説き落としたのだ。
 そのガッツはサナの姉であるカンナを彷彿とさせるが、難易度は彼女の比ではなかっただろう。
 自分に寄せられる好意というか、男性の興味の視線にはひどく敏感なサナに、三年間も全く気取らせなかった事にも感心するが、戸惑い、恥じらい、逃げ回る彼女に、決して無理強いはしないながらも、着々と逃げ道をふさいでいったその手腕は、実に見事なものだった。
 年上の男性に惹かれるという絵里から始まって、長女のアイナ、次女のカンナへと受け継がれていた『少々変わった嗜好』が、三女のサナだけ例外であったことも大きいだろうが……。

「初恋パワーって、侮れないのねぇ」

 しみじみと絵里がつぶやくのは、彼女自身の事を思い起こしての事だろうが、彼女のそれは『淡い憧れ』の域を出ないものだったし、何よりファザコンと一緒にされてはサリオンも浮かばれまい。

「下手をすればディアハラに行ったっきり、二度と逢えないかと思ったが、その辺りも考えてくれていたようだし――悔しいが、反対しきれなかった」
「ディアハラの大使として、こっちにずっと住むってことだしね。お役目を退いた後も、そのまま残ってくれる心づもりみたいだし、ホントによくできたお婿さんよねぇ」

 かつては商家に間借りしていたディアハラの大使館も、今やシルヴァージュの王都に堂々たる屋敷を構えている。他にも伯爵家としての邸宅も用意されており、そちらも王女が降嫁しても恥ずかしくない格式を備えていた。
 それらすべてが、サナを手に入れるためにサリオンが努力した結果であるのだから、文句のつけようがない。

「とうとう、俺とリィの二人きりか……」

 それでも寂しげにライムートがつぶやけば、それを聞いた絵里が苦笑する。

「あら、それがご不満?」
「いや、そんなことはないが……」
「だったらそんな顔をしないでよ――それに、二人きりって、なんだか新婚時代に戻ったみたいじゃない?」
「新婚……まぁ、考えてみれば、確かにそうか」

 結婚して三年目にアイナが生まれたし、それ以前にもいろいろと騒動があったために、甘い新婚期間というのは、この二人にはあまり与えられていなかった。

「ウルのところの長男も、もう三歳だし――あと十年ってところかしらね」

 日本ほど医療が発達していないので、シルヴァージュと言えども乳幼児の死亡率は高い。それでも、十歳を過ぎれば一安心できる。

「親父たちが爺様から譲位されたときの俺がそれくらいだったからな」
「……お義祖父さま達にお目にかかれなかったのは残念だわ」

 ライムートの祖父は、彼が放浪を続けている間に亡くなっていた。心身ともに頑健だったのだが、やはりかわいい孫息子の身に起きたことが衝撃だったのだろう。祖母もその後を追うように、続けて儚くなっていた。

「墓参りはしてくれただろう? それで十分だ」
「それでもね……まぁ、何時かは私たちもあちらに行くのだし、その時に改めてご挨拶させていただくわ」
「まだまだ、その予定はないがな――なぁ、リィ?」
「はい?」
「できれば、俺より先にはいかないでくれよ?」

 一瞬、何を言われたかわからない様子だった絵里だが、理解すると同時に笑み崩れる。

「いやね、何を言ってるの――ねぇ、もう忘れちゃったの? 最初の時、私がなんていったのか?」

 最初の時、と言われ、今度はライムートが記憶を探る表情になる。

「……まさか本当に忘れた、とか?」
「い、いや、そんなことはないっ。最初というと、たしかあの……ああ、そうか」

 ぎりぎりのタイミングで思い出せたそれは、ウルカトの国の近くの安宿でのことだ。ディアハラから無理難題を突き付けられていたシルヴァージュへと戻るか否かを悩んでいたライムートに、絵里が体当たりで告白した折。


『だから、よく考えろと言っている。俺はリィよりも随分と年上だ。直にヨボヨボのジジィになるんだぞ? ボケて厠にも行けなくなるかもしれないんだ』
『大丈夫、そうなったら私が働いて稼ぐし、お下の世話だってちゃんとやる。好きな人の世話をするんだから、全然平気だよ』


 訳あって絵里よりもはるかに年上の姿になっていたライムートに、確かに絵里はそういった。

「あの時は、まさか王子さまだなんて思わなかったし、王妃が率先して介護するわけにもいかないだろうけど、気持ちは変わってないよ。ライの最後は、私がちゃんと看取る覚悟はできてるわ」
「そうだな……そうだったな」
「でもって、その後はなるべく早くライのところに行くから――その間に浮気なんかしないでよね?」
「ありがとう。だが、できるだけそれは先のことになるのを祈るよ」

 まだまだ国王として、王妃として。二人がやらなければならないことは山のようにある。
 けれど、それらをすべて息子に譲り、思う存分老後を楽しんだその後は……。

「愛してるぞ、リィ。昔も今も、これからも……そして、死んだ後だろうと」
「私も愛してるわ――さて、そろそろ私も貴方も執務に戻らなきゃね」
「ああ、そうだな。サナの婚儀の打ち合わせもあるし」

 末娘の結婚式は秋の予定で、それはもうすぐ目の前だ。
 ひとしきりいちゃついた後、国王としての顔になったライムートに続き、エリも王妃としての表情を作ってティールームを後にする。

 シルヴァージュは今日も平和を謳歌していた。
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