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第四話 真実の愛~公爵の場合~
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王都公爵邸の応接室に辺境伯が来ていた。
姪のゲラルディーネに会いに来たのだ。
現当主でありゲラルディーネの父親である公爵は、義兄に当たる辺境伯が苦手だった。
「ゲラルディーネは病で臥せっていると言うのかい?」
「ええ。やつれた姿を義兄上に見せたくないと言っております」
王家から分かれた公爵家のほうが家格は高いものの、辺境伯の妹である前妻と結婚してからずっと援助をされているので、公爵は義兄に頭が上がらない。
「確かこの前に来たときもゲラルディーネは病で臥せっていたな。ああ、その前もだ! 妹の葬儀から二年間、俺は姪に会ったことがないぞ」
「やはり母が亡くなったことが堪えたようで。王太子の婚約者としての妃教育も始まりましたので、疲れているようです」
「医師を呼んで治療をしているのかい?」
「もちろんです。公爵家の主治医に診せております」
ゲラルディーネを辺境伯に会わせるわけにはいかなかった。
結婚前からの愛人である後妻が別邸に押し込んだのだ。
公爵家の嫡子に対しても王太子の婚約者に対しても許されない冷遇である。公爵はそれを理解していた。
だからといって愛する後妻の行動に意見する気はない。
怒られそうな相手に隠せば良いだけだ。
王太子はゲラルディーネよりも公爵の真実の愛から生まれたシェーヌを気に入っている。今の国王が本来の婚約者よりも亡き王妃を選んだように、公爵が前妻の死後愛人と幸せに暮らしているように、王太子はシェーヌと結ばれることを望むだろう。それまで隠し通せば良いだけのことだ。
公爵は学習しない男だ。
若いときもそう考えていて、結局最初の婚約者に愛人の存在を知られて公爵家が潰れかけたことを失念している。
公爵家が潰れかけていたときは愛人にも距離を置かれていたことも、王命で辺境伯令嬢との縁談が結ばれて、今は亡き先代公爵夫婦が涙を流して喜んでいたことも、もう公爵の頭の中にはない。正直なところゲラルディーネの顔も定かではなかった。
辺境伯が琥珀の瞳に公爵を映す。
黄金の煌めきを放つ琥珀の瞳は、公爵の前妻や娘のゲラルディーネと同じもの。
明けた窓から風は吹きこんでくるものの、夏の熱気が激しい午後だ。公爵は額を流れ落ちる汗を拭った。
「公爵家の主治医は信用出来ないな」
「なんですと!」
「だって二年前、主治医に診てもらっていた俺の妹は亡くなって、下町で市井の薬を飲んで養生していた貴殿の愛人の娘は助かったんじゃないか。同じ夏風邪だったのに」
辺境伯の言葉に、公爵の背中に汗が噴き出た。
「俺が送った薬が届いていれば、妹は助かっただろうになあ」
「……」
辺境伯領はこの王国の国境に位置する防衛の要だ。
国に属さない賊を装った敵国の兵士達の襲撃に悩まされている。
逆に言えば他国と接している貿易の要でもあるということで、珍しい品物が流通していることでも知られている。防衛で権威を、貿易で財を築いているのが辺境伯家なのだ。
二年前、王都で暮らす妹が夏風邪に苦しんでいると聞いて、辺境伯は領地で探し当てた良薬を王都へ向かう商人に託した。
残念ながらどこかで間違いが起こって、薬は公爵家に届く前に失われてしまった、ということになっている。
実際は違う。公爵が愛人に泣きつかれて愛娘に与えたのだ。子どものほうが弱いから、と公爵は自分に言い訳するが、当時の前妻のほうが重症でシェーヌはすぐに治ると医師に言われていたことを忘れられないでいた。
(娘を心配するのは親として当たり前のことだ……)
そう思いながらも公爵は、前妻の死を告げたときの愛人の嬉しそうな顔を忘れられないでいる。
辺境伯領で生まれ育った前妻は、王都の気候に馴染んでいなかった。
王都で生まれ育ち、愛人にせがまれるまま公爵が与えた金で贅沢に暮らしていたシェーヌのほうが元気だったのだ。母親である愛人が、それがわかっていないわけがない。娘が心配だと泣き叫ぶ彼女の瞳からは、本当に涙が流れていただろうか。
(莫迦なことを……彼女は私の真実の愛、運命の相手なんだ)
公爵にとっての愛とは言われるままに与えることであり、運命の相手とは周囲に自慢出来る華やかな美貌を持ち、自分を褒めそやしてくれる存在だった。
酒場で金をばら撒いてチヤホヤされるのが、公爵のお好みの幸せというわけだ。
先祖代々仕えてくれていた使用人達が後妻親娘の不興を買っていなくなり、自分の家のはずの公爵邸がどこか寒々しくなってきたことに、公爵は気づかない振りをしている。自分の真実の愛が間違いならば、これまでの人生すべてが否定されてしまうように感じるからだ。自分は間違っていない、幸せだ、そう言い聞かせながら公爵は日々を過ごしている。
姪のゲラルディーネに会いに来たのだ。
現当主でありゲラルディーネの父親である公爵は、義兄に当たる辺境伯が苦手だった。
「ゲラルディーネは病で臥せっていると言うのかい?」
「ええ。やつれた姿を義兄上に見せたくないと言っております」
王家から分かれた公爵家のほうが家格は高いものの、辺境伯の妹である前妻と結婚してからずっと援助をされているので、公爵は義兄に頭が上がらない。
「確かこの前に来たときもゲラルディーネは病で臥せっていたな。ああ、その前もだ! 妹の葬儀から二年間、俺は姪に会ったことがないぞ」
「やはり母が亡くなったことが堪えたようで。王太子の婚約者としての妃教育も始まりましたので、疲れているようです」
「医師を呼んで治療をしているのかい?」
「もちろんです。公爵家の主治医に診せております」
ゲラルディーネを辺境伯に会わせるわけにはいかなかった。
結婚前からの愛人である後妻が別邸に押し込んだのだ。
公爵家の嫡子に対しても王太子の婚約者に対しても許されない冷遇である。公爵はそれを理解していた。
だからといって愛する後妻の行動に意見する気はない。
怒られそうな相手に隠せば良いだけだ。
王太子はゲラルディーネよりも公爵の真実の愛から生まれたシェーヌを気に入っている。今の国王が本来の婚約者よりも亡き王妃を選んだように、公爵が前妻の死後愛人と幸せに暮らしているように、王太子はシェーヌと結ばれることを望むだろう。それまで隠し通せば良いだけのことだ。
公爵は学習しない男だ。
若いときもそう考えていて、結局最初の婚約者に愛人の存在を知られて公爵家が潰れかけたことを失念している。
公爵家が潰れかけていたときは愛人にも距離を置かれていたことも、王命で辺境伯令嬢との縁談が結ばれて、今は亡き先代公爵夫婦が涙を流して喜んでいたことも、もう公爵の頭の中にはない。正直なところゲラルディーネの顔も定かではなかった。
辺境伯が琥珀の瞳に公爵を映す。
黄金の煌めきを放つ琥珀の瞳は、公爵の前妻や娘のゲラルディーネと同じもの。
明けた窓から風は吹きこんでくるものの、夏の熱気が激しい午後だ。公爵は額を流れ落ちる汗を拭った。
「公爵家の主治医は信用出来ないな」
「なんですと!」
「だって二年前、主治医に診てもらっていた俺の妹は亡くなって、下町で市井の薬を飲んで養生していた貴殿の愛人の娘は助かったんじゃないか。同じ夏風邪だったのに」
辺境伯の言葉に、公爵の背中に汗が噴き出た。
「俺が送った薬が届いていれば、妹は助かっただろうになあ」
「……」
辺境伯領はこの王国の国境に位置する防衛の要だ。
国に属さない賊を装った敵国の兵士達の襲撃に悩まされている。
逆に言えば他国と接している貿易の要でもあるということで、珍しい品物が流通していることでも知られている。防衛で権威を、貿易で財を築いているのが辺境伯家なのだ。
二年前、王都で暮らす妹が夏風邪に苦しんでいると聞いて、辺境伯は領地で探し当てた良薬を王都へ向かう商人に託した。
残念ながらどこかで間違いが起こって、薬は公爵家に届く前に失われてしまった、ということになっている。
実際は違う。公爵が愛人に泣きつかれて愛娘に与えたのだ。子どものほうが弱いから、と公爵は自分に言い訳するが、当時の前妻のほうが重症でシェーヌはすぐに治ると医師に言われていたことを忘れられないでいた。
(娘を心配するのは親として当たり前のことだ……)
そう思いながらも公爵は、前妻の死を告げたときの愛人の嬉しそうな顔を忘れられないでいる。
辺境伯領で生まれ育った前妻は、王都の気候に馴染んでいなかった。
王都で生まれ育ち、愛人にせがまれるまま公爵が与えた金で贅沢に暮らしていたシェーヌのほうが元気だったのだ。母親である愛人が、それがわかっていないわけがない。娘が心配だと泣き叫ぶ彼女の瞳からは、本当に涙が流れていただろうか。
(莫迦なことを……彼女は私の真実の愛、運命の相手なんだ)
公爵にとっての愛とは言われるままに与えることであり、運命の相手とは周囲に自慢出来る華やかな美貌を持ち、自分を褒めそやしてくれる存在だった。
酒場で金をばら撒いてチヤホヤされるのが、公爵のお好みの幸せというわけだ。
先祖代々仕えてくれていた使用人達が後妻親娘の不興を買っていなくなり、自分の家のはずの公爵邸がどこか寒々しくなってきたことに、公爵は気づかない振りをしている。自分の真実の愛が間違いならば、これまでの人生すべてが否定されてしまうように感じるからだ。自分は間違っていない、幸せだ、そう言い聞かせながら公爵は日々を過ごしている。
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