忘れられない恋になる。

豆狸

文字の大きさ
6 / 13

第六話 中庭での再会

しおりを挟む
「それにしても……」

 多忙な王太女の妹が中庭を去って、王姉である私は休日でも付き従ってくれている侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら考えました。侍女達は侍女達でべつの日に休みを取っているのです。

 獣王国は今、かなり苦しい状況になっています。
 私も三年間の王太子妃生活で知りました。
 結婚前はまだまだ余裕があるように見せかけていましたが、獣王国の食糧事情はかなり厳しくなっているのです。

 我が国とつながる橋が完成したことで輸入が可能になったものの、二代続けてのつがいによる結婚の破綻も尾を引いています。
 結婚とほかの契約は違うとはいえ、つがいが現れたら、ほかのすべてを後回しにしてでもつがいを優先するのではないかと言われたら、獣王国は反論しようがないのです。
 どんなに値を吊り上げられても、言い値で買うしかない状況のようです。

 獣人族の民が獣王国を離れて他国へ流出している問題もあります。
 民が減ったから食糧が賄えるようになる、なんて単純な話ではありません。
 その食糧を生産したり加工したり、各地へ運んだりする民もいなくなるということなのです。

 他国へ流出している民は、妄信的につがいを求めるのではなく、運命よりも自分の意思を大切にしたいと考える人々だという噂です。
 ヒト族の国への定住を求める際に『つがい殺し』を飲むことで覚悟を証明しているのだとか。
 今のところ『つがい殺し』の苦痛で亡くなった人が出たという報告はありません。

 獣人族の民の多くは我が国への移住を望んでします。
 母が獣王国の前の王妃殿下の親友だったからです。
 前の王妃殿下のご実家の人々が、すでにこちらへ移住しているからもあるでしょう。

 先ほど妹は、『獣王国の方』ではなく『獣人族の方』と言いました。
 つまり獣王国に属していない獣人族の人と会うということです。どのようなご用事なのでしょうか。
 まあ、妹や母は優しいので、私を遺恨のある獣王国の人と会わせるわけがないのですが。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「要するに、お見合いですよ」

 予定の日が来て、思い出の中庭で顔を合わせたのはホアン様でした。

「お、お見合いですか?」
「このまま獣人族とヒト族の間に溝が出来たままでは良くないでしょう?」
「はあ……確かに、私が獣人族の方と再婚すれば溝は消えるかもしれませんね。でもホアン様はよろしいのですか? 聖王猊下は独身でなければならないと聞いていますわ」
「大丈夫です、私は還俗しました。まだ手続きが残っているので公表はされていませんけれど、各国の最高位の方々にはお知らせしています」
「母と跡取りである妹は知っていたのですね」

 私の立場出戻り王女では教えてもらえないのは当たり前のこととはいえ、こんなことでも選ばれないのだと思ってしまい、少し悲しい気持ちになりました。
 季節の花の香りを運びながら、風がホアン様の白銀の髪を躍らせます。
 白銀色の瞳が私を映しました。

「不安定な状態の国があることによる国際的な混乱を収めるためにはこの縁談が必要……と周囲を言いくるめて還俗したのですが、本当は違います」
「え」

 ホアン様が微笑みます。

「カロリーナ姫、私は貴女を愛しています。貴女を愛しているから結婚したくて、ここへ来ているのです。私の妻になっていただけませんか?」

 心臓の動悸が激しくなりました。
 十二歳の私が夢見ていたように、ヒト族であっても獣人族のつがいということはあり得るのです。
 ただ、ヒト族はそれを認識しにくいので獣人族ほどつがいに執着しません。政略結婚や現在の結婚相手を優先出来るので、獣人族のような問題を起こさないのです。

「ホアン様、もしかして私は貴方のつがいなのでしょうか?」

 ホアン様が薄い唇を開きます。答えを待つ間、自分の心臓の動悸が煩く感じていました。

「いいえ、違います」
「そうですか……」

 ホアン様の答えに胸が締め付けられます。
 私は二十三歳ですし、ホアン様は私よりいつつ年上の二十八歳です。
 ふたりとも大人なのですから、つがいを認識しにくく執着しないヒト族の私はともかく、ホアン様が気づかないということはないでしょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

それでも好きだった。

下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。 主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。 小説家になろう様でも投稿しています。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

処理中です...