忘れられない恋になる。

豆狸

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第九話 幼馴染~王太子ヘレミアス~

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「可哀相なヘレミアス……」

 ヘレミアスは母王妃にそう言われるのが嫌いだった。
 母王妃がそう言い始めたのは、ヘレミアスが十二歳で女王国のカロリーナ王女と婚約したときからだ。
 つがいとではなく、政略で結婚しなくてはいけない息子を憐れんでの発言だった。

(……莫迦らしい)

 当時のヘレミアスは母王妃の言葉をそう受け止めていた。
 十二歳、多感な年ごろのヘレミアスは、父王と母王妃の関係がどんなにつがいという言葉で取り繕ったところで不貞に過ぎないと考えていた。
 不貞なだけではなく、異母兄ホアンの母親を犠牲にした血塗られた関係だ。

 カロリーナ王女の妹王女がヘレミアスとの婚約を拒んだときに口にしたという、つがいを不貞の言い訳に使っている、という言葉そのままだ。
 さすがに獣人族にとって大切なつがいという存在を否定する言葉なので、直接伝えられたわけではない。
 獣王国の王家が独自につかんだ情報だ。

 婚約が結ばれて、何度か手紙を交換した後で、ヘレミアスは父王の許可を得て一番信頼していた専属護衛騎士とともにカロリーナ王女を訪問した。
 黒髪の王女はどこにも獣の特徴が無くて、獣人族とヒト族は違うのだとはっきり感じた。
 だからといって嫌いになったりはしていない。つがい避けの宝石を受け取ってくれて、『つがい殺し』を飲むと言ったヘレミアスを案じてくれたカロリーナ王女には好意を抱いた。

 それからはあまり会うこともなかったものの、手紙を交わし噂を聞くごとに心は近づいていった気がする。

(母女王と妹王女の名声に隠れてあまり評価されていなかったカロリーナが、私のために頑張ったことで認められるようになったと聞いたときは誇らしく感じたものだ)

 獣王国の宮殿で中庭を歩きながら、ヘレミアスは隣に寄り添う側妃ペサディリャに視線を送った。
 正妃であったカロリーナがいなくなった今、彼女を正妃にと望むつがい至上主義の獣人族は多い。
 二代に渡って国王夫妻がつがいであれば、きっと素晴らしい幸運が獣王国に舞い込むと信じているのだ。

 ペサディリャと出会ったのは、彼女がヘレミアスの専属護衛騎士と結婚する数ヶ月前のことだった。
 神殿で頭角を現す異母兄ホアンに劣等感を持っていたヘレミアスにとっては、その専属護衛騎士こそが本当の兄のような存在だった。
 急流を越えて女王国へ行ったときも、この専属護衛騎士と一緒だったのだ。

 視線を交わした一瞬で熱情が燃え上がった。
 ヘレミアスもペサディリャも互いがつがいだと察した。
 察したけれど、そのときは想いを封じ込めると思った。つがいだと気づいたことなど打ち明けずに、ふたりは別れた。

 ペサディリャと専属護衛騎士は幼馴染だった。
 つがいの熱はないものの、互いを大切に思って生きてきたのだと聞いていた。
 ヘレミアスとカロリーナもそうだった。十二歳というまだ未熟な年齢で出会い、王太子と王女という難しい立場に生まれた互いを慈しみ合って成長してきた。

 ──ただ、幼馴染という関係には刺激が足りなかったのかもしれない。
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