百年の愛

豆狸

文字の大きさ
7 / 13

第七話 青い瞳

しおりを挟む
 私は後悔しています。
 ああ、私はなんて愚か者だったのでしょうか。
 自分さえ態度を変えれば、すべてが上手く行くと思っていたなんて……そんなこと、あるはずがないのに!

 だれもみな、自分のために生きているのです。
 幸せになるために、大切なだれかやなにかを守るために、どんなに精一杯道を選んだとしても決して逃れることの出来ないしがらみのために。
 ひとりの人間が行動を変えたくらいでは運命の流れは変えられないのです。だってほかの人々もみな必死に運命と向き合っているのですもの。

 私は本当に愚かでした。
 一度目のとき、どうしてきちんと調べなかったのでしょう?
 陛下がアンリの命を奪って自害なさった理由を。

 きっと陛下は私がいなくなったのを良いことに、デジール様に求婚をしたのでしょう。
 ご自身の企みで子をせなくなったことは秘匿するとしても、みずから毒を飲んで死を選んだ私は王妃に相応しい人間ではなくなっていたのですから。
 だけど、だれよりもなによりもご自分の芸術に囚われていらしたデジール様は、真実を明かして陛下の求婚を拒んだに違いありません。アンリは陛下の子どもではないのだと、奇跡の芸術を創り上げた唯一無二の片羽との子どもなのだと。

 卒業式のことを思い出します。
 演奏についてはもう思い出せません。
 あれから一度目の人生を挟んで、二度目の今の人生を歩んできた長い長い時間があるのですもの。

 それでも覚えているものがありました。
 講堂の窓から差し込む光に照らされて金色に輝いていた彼の髪です。
 ……アンリの、私の最愛の王子様の髪の色は実父に似たのですね。王家の血筋でなかったとわかっても、あの子は私の王子様です。

 青い瞳もそうだったのでしょうか。
 弦楽器奏者の瞳の色も、デジール様の瞳の色も思い出せません。
 アンリを愛すると決めて陛下への気持ちを封じ込めた後も、あの方を見ないように、存在を意識しないようにしていた癖はそのままだったのです。

 いいえ、だれから受け継いだものでもかまいません。
 金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様アンリは、今もこれからも私の最愛なのです。
 いびつな三人家族の描かれた煤まみれの絵と、大切に大切に保管してきたアンリの処女作から視線を外し、自分の腕を見ました。炎に焼かれてただれた腕は自分でも痛々しく感じますが、鎮痛剤をいただいたおかげか今のところ痛みはありません。王宮の床に座り込んだ自分の膝から滑り落ちた二枚の絵を手に取って、近くの卓に載せました。

 絵から離れた指の先には絡み合う蛇の指輪があります。
 色を失った赤い瞳と鮮やかに輝き続ける青い瞳。
 今度の人生が一度目と同じになるとは思えません。もう随分と変わっているのですもの。それでも今すぐ死を選んでも時間は戻らないのではないかと感じています。

 私は私の人生を大切にして、三度目の人生に備えなくてはなりません。
 まずは弦楽器奏者について調べましょう。
 デジール様が彼と結ばれてアンリを育ててくださるのなら、それが一番良いことです。ああ、でもその人はちゃんとアンリを愛してくれるのでしょうか。そもそもアンリの存在を知っていたのでしょうか。

 弦楽器奏者がアンリを受け入れてくれたとして、陛下はそれを認めてくださるでしょうか。
 ご自身が恋人デジール様に裏切られて騙されていたことを飲み込んでくださるでしょうか。
 デジール様がアンリを陛下のお子だといつわる前に解決する方法があると良いのですが。

 鎮痛剤の効き目が切れたのか、焼けただれた腕に痛みを感じ始めました。
 自分の目が燃え上がりそうなほど熱く感じます。
 私は泣いているのです。私は両手で自分の顔を覆いました。もしあの子の命と引き換えに出来るのなら、こんな顔焼け落ちたとしてもかまいません。

「アンリ、アンリ、アンリ……っ!」

 どんな道、どんな運命を選んだとしても、私があの子の母親でい続けることは出来ません。
 当然です。
 こんな愚か者の私にはそんな資格はありません。

 あの子を愛するためにやり直した人生だというのに、どうして私はあの子を救えなかったのでしょう。
 最愛の王子様アンリからの愛情を享受するだけで、周囲に気を配っていなかった愚か者に母親の資格があるわけがありません。
 ああ、それでも愛しているのです。あの子の幸せを祈っているのです。……今度こそ、今度こそ。

 幼子おさなごのように泣きじゃくりながら、私は頭の中で冷静に計算を巡らせていました。
 場合によっては陛下に退位していただいたほうが良いかもしれません。
 学ぶことを怠った残念な一度目の人生でも、得た知識が無いわけではありません。

 一度目で陛下がお亡くなりになった後、新王となられたのは大公のジャン殿下でした。
 陛下の叔父ということになっていたジャン殿下は、本当は異母兄でいらしたのです。
 帝国の皇女殿下と婚約していたにもかかわらず、陛下とジャン殿下の父君は学園で男爵令嬢と恋に落ちたのです。帝国との関係を悪化させたくない陛下の祖父王陛下がご自身の子としたから、誕生時期がおかしかったのです。

「……ふふっ」

 よく似た親子でいらっしゃると、私は嘲笑を浮かべました。
 自分に対する自嘲の念もあります。
 帝国にいらした皇女殿下とは違い、私は陛下と同じ国にいたのです。公爵家の権威を使って陛下とデジール様を引き離すことだって出来ました。

 口を閉ざして見ない振りをすることが最善だなんて、どうして思ったのでしょう。
 ……本当はわかっています。
 私は傷つきたくなかったのです。嫉妬する姿を見せて婚約者に嫌われたくなかったのです。

 もっとも陛下とデジール様を引き離してしまったら、アンリとは会えませんでした。
 それに青い瞳の蛇が三度目の人生へ運んでくれたとしても、出発点は卒業式の演奏が終わった後です。
 学園でのおこないを変えることは出来ません。少しでも情報を収集して、より良い人生を選び取るしかないのです。ときにはだれかと戦うことになったとしても。

 金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様のために、私は涙を拭いて立ち上がりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のラリアは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするが、非力なラリアには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

邪魔者な私なもので

あんど もあ
ファンタジー
婚約者のウィレル様が、私の妹を食事に誘ったと報告をしてきました。なんて親切な方なのでしょう。でも、シェフが家にいるのになぜレストランに行くのですか?  天然な人の良いお嬢さまが、意図せずざまぁをする話。

真実の愛には敵いませんもの

あんど もあ
ファンタジー
縁談の相手に「自分には真実の愛の相手がいる」と言われて破談になってしまった私。友人達に聞いてもらって笑い飛ばしてもらいましょう!、と思ったのですが、話は予想外に広まってしまい……。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...