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第八話 泡沫の王~ジャン前編~
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大公だったジャンは、国王として即位した。
甥ということになっている異母弟のマティユが麻薬の摂取が原因で突然死したからだ。
不貞の子どもだったアンリを処刑した後、マティユに子どもが出来なかったので、跡を継げる王家の血筋がジャンしかいなかったのである。
ジャンはマティユの妃であった公爵令嬢バルバラのことを考える。
正妃だった彼女に子どもはいない。
アンリは天才演奏家デジールが、ほかの演奏家との間に作って前王マティユに押しつけた子どもだ。
夫が亡くなって実家の公爵家へ戻ったバルバラは、今後再婚したとしても身籠ることはない。
愛人デジールの子どもを跡取りに据えたかったマティユに飲まされていた避妊薬の毒性が原因で、バルバラは子どもを望めない体になっているのだ。
酷い話だ、とジャンは国王の執務机に向かって溜息をつく。
ジャン自身も不幸な運命に翻弄されてきたが、少なくとも今は幸せだった。
国王になったからではない。
政略的な思惑から結ばれた結婚相手を心から愛し、彼女にも愛されているからだ。大公夫人から、いきなり王妃に立場が変わっても妻はジャンを支え続けてくれている。
(不貞で苦しむのは舞い上がっている本人達ではなく、その周りで懸命に生きている真面目な人間のほうだ)
秘書官と仕事を進めながら、ジャンは古い記憶を思い起こす。
手を抜いているわけではない。
国王としての仕事なんて学んだことはないはずなのに、まるで前にも体験したことがあるかのように仕事が馴染んでいるのだ。秘書官達が優秀なのもあるのだろうと、ジャンは感謝の気持ちを感じた。
そう、ジャンはこうなるまで国王としての仕事を学んだことはなかった。
むしろ権力から離されて生きてきた。
妻の実家は権威が強いものの、積極的に支配者になろうと望むことはなかった。だからジャンの結婚相手の生家として選ばれたのだ。大公という地位も名目だけ立派で中身は伴っていなかった。
ジャンはマティユの父親が学園在学中に、同級生の男爵令嬢との間に作った子どもである。
本人達は真実の愛などとほざいていたようだが、父親には帝国皇女の婚約者がいたのだからただの不貞だ。
祖父にはいつも、汚らわしい下賤の女の子どもと罵られていた。祖父がジャンを自分の子どもとして引き取ったのは孫への慈悲ではない。帝国に知られぬよう誤魔化すためだ。
八人兄弟の末っ子で唯一の女児である皇女は帝国で溺愛されていた。
年ごろになっても政略結婚を強制されることなく芸術の支援者として自由に生きていた彼女に、ジャンの父親との婚約をねじ込んだのが祖父だ。
祖父の妃、祖母は下位貴族家の令嬢だった。結婚に際してはいろいろと問題があったらしい。当時の祖父には高位貴族令嬢の婚約者がいたと聞く。
祖父の妃は、ジャンの父親を産んで亡くなった。
暗殺の噂もあるが定かではない。
妃の生家は娘を王家へ嫁がせるために陞爵されていたけれど、高い身分に溺れて問題を起こし続けたことが原因で、今は存在していない。
バルバラと違って理由は不明なものの、ジャンの父親の誕生後、祖父も子どもを生せない体になっていた。
後ろ盾のない息子のために必死に探し回っても良い相手は見つからず、途方に暮れた祖父は破れかぶれで帝国に泣きついたのだという。
このままでは国が亡ぶ、この国が滅びたら行き場のない民が周囲の国へ押し寄せて、その国々の平穏を脅かすだろう、と。確かにそれはあり得る未来だった。
皇女はこの国のため、世界の安定のために婚約を受け入れたのだ。
しかしジャンの父親のほうは王族としての責任感に欠けていた。
母妃を亡くしたことを憐れまれて、周囲に甘やかされて育った莫迦だった。だから真実の愛などと嘯きながら、帝国の顔に泥を塗るような真似が出来たのだろう。
甥ということになっている異母弟のマティユが麻薬の摂取が原因で突然死したからだ。
不貞の子どもだったアンリを処刑した後、マティユに子どもが出来なかったので、跡を継げる王家の血筋がジャンしかいなかったのである。
ジャンはマティユの妃であった公爵令嬢バルバラのことを考える。
正妃だった彼女に子どもはいない。
アンリは天才演奏家デジールが、ほかの演奏家との間に作って前王マティユに押しつけた子どもだ。
夫が亡くなって実家の公爵家へ戻ったバルバラは、今後再婚したとしても身籠ることはない。
愛人デジールの子どもを跡取りに据えたかったマティユに飲まされていた避妊薬の毒性が原因で、バルバラは子どもを望めない体になっているのだ。
酷い話だ、とジャンは国王の執務机に向かって溜息をつく。
ジャン自身も不幸な運命に翻弄されてきたが、少なくとも今は幸せだった。
国王になったからではない。
政略的な思惑から結ばれた結婚相手を心から愛し、彼女にも愛されているからだ。大公夫人から、いきなり王妃に立場が変わっても妻はジャンを支え続けてくれている。
(不貞で苦しむのは舞い上がっている本人達ではなく、その周りで懸命に生きている真面目な人間のほうだ)
秘書官と仕事を進めながら、ジャンは古い記憶を思い起こす。
手を抜いているわけではない。
国王としての仕事なんて学んだことはないはずなのに、まるで前にも体験したことがあるかのように仕事が馴染んでいるのだ。秘書官達が優秀なのもあるのだろうと、ジャンは感謝の気持ちを感じた。
そう、ジャンはこうなるまで国王としての仕事を学んだことはなかった。
むしろ権力から離されて生きてきた。
妻の実家は権威が強いものの、積極的に支配者になろうと望むことはなかった。だからジャンの結婚相手の生家として選ばれたのだ。大公という地位も名目だけ立派で中身は伴っていなかった。
ジャンはマティユの父親が学園在学中に、同級生の男爵令嬢との間に作った子どもである。
本人達は真実の愛などとほざいていたようだが、父親には帝国皇女の婚約者がいたのだからただの不貞だ。
祖父にはいつも、汚らわしい下賤の女の子どもと罵られていた。祖父がジャンを自分の子どもとして引き取ったのは孫への慈悲ではない。帝国に知られぬよう誤魔化すためだ。
八人兄弟の末っ子で唯一の女児である皇女は帝国で溺愛されていた。
年ごろになっても政略結婚を強制されることなく芸術の支援者として自由に生きていた彼女に、ジャンの父親との婚約をねじ込んだのが祖父だ。
祖父の妃、祖母は下位貴族家の令嬢だった。結婚に際してはいろいろと問題があったらしい。当時の祖父には高位貴族令嬢の婚約者がいたと聞く。
祖父の妃は、ジャンの父親を産んで亡くなった。
暗殺の噂もあるが定かではない。
妃の生家は娘を王家へ嫁がせるために陞爵されていたけれど、高い身分に溺れて問題を起こし続けたことが原因で、今は存在していない。
バルバラと違って理由は不明なものの、ジャンの父親の誕生後、祖父も子どもを生せない体になっていた。
後ろ盾のない息子のために必死に探し回っても良い相手は見つからず、途方に暮れた祖父は破れかぶれで帝国に泣きついたのだという。
このままでは国が亡ぶ、この国が滅びたら行き場のない民が周囲の国へ押し寄せて、その国々の平穏を脅かすだろう、と。確かにそれはあり得る未来だった。
皇女はこの国のため、世界の安定のために婚約を受け入れたのだ。
しかしジャンの父親のほうは王族としての責任感に欠けていた。
母妃を亡くしたことを憐れまれて、周囲に甘やかされて育った莫迦だった。だから真実の愛などと嘯きながら、帝国の顔に泥を塗るような真似が出来たのだろう。
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