百年の愛

豆狸

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第九話 永遠を願って~ジャン後編~

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(父は真実の愛だとわめくだけで、相手がどうなるかなんて考えてもいなかった。自分が守らなくてはいけないという発想すらなかった)

 ジャンの母親の男爵令嬢はもういない。
 子どもを産んで亡くなったのだと言われている。
 暗殺の噂もあるが定かではない。

 祖父が殺したのではないかとジャンは睨んでいる。
 彼の妃と条件はほぼ同じでも、彼にとって自分の妃は特別な存在で、ジャンの母親の男爵令嬢は汚らわしい下賤の女でしかなかった。
 息子が自害をほのめかさなかったら、ジャンも殺していただろう。

(もっとも私が殺されていたとしても、父は自害しなかったに違いない。あの人は自分だけが大切で、傷つくことを嫌がる人間だったものな)

 妃となった皇女や彼よりも有能だと噂されていた嫡子のマティユへの嫌がらせ以外で父親に可愛がられた記憶が、ジャンにはなかった。
 ジャンに愛を教えてくれたのは、婚約者とその実家の人々だ。
 王宮でジャンを都合の良い旗頭にしようとして近寄って来た人間から与えられたのは愛ではない。

「……」

 父親と皇女が、すでに婚約者と結婚して大公となっていたジャンのもとへ現れた日の記憶が蘇る。
 マティユが学園を卒業する数カ月前のことだ。祖父は亡くなっていた。
 義姉ということになっている女性はジャンに即位を願いに来たのだ。

「ジャン陛下、どうなさいました?」
「すまない、思い出し笑いだ」

 皇女は夫になにも相談していなかったらしい。
 あのときの父親の面食らった顔を思い出すと、ジャンはいつも吹き出してしまう。
 彼女が夫に相談しなかったのは相手を軽く見ていたからではない。夫にいつも避けられていたからだ。本来の皇女は、きちんと根回しをして正当な手続きを積む人間である。

(それでも強行したのは……)

 愛のためだ。
 息子のマティユが天才演奏家のデジールと恋仲にあると知って、彼は国王となるよりも市井で芸術を極めたほうが幸せなのではないかと考えたからだ。
 自分を愛さない政略結婚相手との子どもでも、皇女はマティユを愛していたのだ。

(母も私を愛してくれていたのだろうか。それとも王子である父を操る道具に過ぎなかったのか……)

 思いながらジャンは筆を進める。
 今のジャンには妻も子どももいる。国王となったからには国民のことも大切だ。
 それでも人は、いくつになっても親の愛に焦がれてしまう。

 王位の継承はその場で決められるような軽微な話ではない。
 ジャンに考えてくれと――おそらく妻やその実家とも話し合って欲しいという意味で言って、皇女は茫然自失の表情を浮かべた夫と王宮へ戻っていった。
 そして帰路の途中で乗っていた馬車が事故を起こして亡くなった。

 公表されていないが、事故の原因はわかっている。
 馬車内でジャンの父親が暴れたせいだ。
 彼は自分が妻子を苦しめても、妻子に捨てられることはないと信じていたらしい。

(不貞を働かずに向き合っていたら、皇女殿下は愚かな父であっても愛してくれたし、父も彼女とともに幸せになれただろうに。……私の母も)

 でも、とジャンは思う。
 男爵令嬢に相応しい家の子どもとして生まれていたら、高位貴族令嬢の妻とは結婚出来なかったかもしれない。
 王妃の執務室から侍女とともに現れた妻に国王の署名が必要な書類を渡されて、ジャンは今の幸せを嚙み締めた。不幸な運命に流されず、精一杯足掻いてきたことで得られたものだ。

(たとえ時間が繰り返しても――)

 そんなことを考えるのは、あまりに国王と王妃の仕事に馴染んでいる自分達に戸惑っていたときに、妻に言われたからだ。
 何度繰り返しても構わないと思うほど今が幸せだから、初体験の苦しみを感じていないだけかもしれないわね、と。
 ジャンもそう思った。妻子と過ごすこの時間が永遠なら良いのにと、願わずにはいられなかった。

 願いながら、ふとジャンの胸に異母弟マティユの面影がぎった。
 彼は両親の死の理由を知っていたのだろうか。
 せめて皇女が息子を愛していたことだけでも伝えておけば良かったと、ジャンは悔やんだ。
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